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第百二十一話『前を向いて』

 大きく大きく打ち上げられた岩は俺たちの方向をそれ、背後の草原に轟音とともに着地する。渾身の一撃を防がれたキメラは、即座に次の攻撃を装填しようとするが――


「……残念でしたね」


 その集中を、超高速で落下してくるクレンさんの斬撃が阻止する。とっさに回避行動に切り替えられたため致命傷にはなりえないが、これではとても俺たちの方向に攻撃を向かわせる暇などありはしなかった。


「一度きりの好機を、アナタたちは不意にした。……その時点で、勝負は決まっているんですよ」


「……ああ、その通りだ」


 不敵な笑みとともに放たれた言葉に、俺たちの後ろから凛とした声が応じる。魔力に疎い俺たちでもはっきりわかるほどに、空気がびりびりと震えていた。


「……皆、待たせたな」


 強大な魔力を伴って、ミズネが俺たち二人の前に立つ。待ちに待った真打が、その準備を万全で終えていた。


「魔物たちの連携、実に興味深かった。私一人では……或いはここにいる誰もが、一人ではお前たちを倒せなかっただろう。……だが」


 膨大な魔力を纏って、一歩一歩ミズネはキメラたちに近寄っていく。それに気圧されたのか、キメラたちは吠えることすらできずに立ちすくんでいた。


「……今回ばかりは、相手が悪かったな」


 事実上の勝利宣言とともに、ミズネの周りの空気が爆発したかのような錯覚に襲われる。……まさか、さっきまでの状態でも魔力を抑えてたのか……?


「…………『アイシクルロスト』」


 静かな詠唱の直後、ミズネの背後からキメラたちに向かって氷の牙が伸びる。四方八方からキメラたちを囲い込んで凍り付かせるそれは、まさに絶対脱出不可能な氷の監獄だ。


「す、げえ……」


「これが、エルフの本気ですか……やはり、とんでもない」


 超大規模な魔法を前に、俺とクレンさんはあっけにとられるばかりだった。いくら魔力の操作にたけたエルフとはいえ、これだけの規模の魔法を最初から使えるわけがない。これは、今までのミズネの積み重ねの証でもあるのだ。


 氷はキメラたちの周囲を侵食しており、その足元は既に氷漬けにされている。最早逃げ道はなく、かといってキメラたちに勝ち目もない。時間を稼いだ価値は、この魔法を見れば十分すぎるくらいにあった。何とか足掻こうとキメラが咆哮するが、何をしてもその現状は覆らなかった。


「……では、そろそろ幕引きと行こうか」


 そう告げてミズネが腕を振ると、さらに数本伸びた氷の刃が上から覆いかぶさるようにキメラたちを囲んで着弾する。その瞬間、キメラの全身が氷に包まれた。瞬間冷凍という言葉ですら足りないほどの時間で、ミズネはすさまじい範囲を氷漬けにして見せたのだ。


「氷漬けにされた命はその中で終わりを待つほかなく、檻の中の命が尽きるとともに氷はゆっくりと自然に還る。……その後には、何も残らない」


 身動きの取れないキメラたちを見つめて、ミズネはきっぱりと言い放つ。キメラたちが生き残るルートは、もう完全に断たれたのだ、と。


「……だからこそ、この魔法の名は『アイシクルロスト』だ。……エルフの里に伝わる、もっとも穏やかな殲滅魔法さ」


「もっとも穏やかな、殲滅魔法……」


 話すことはもうないといわんばかりにくるりと背を向けたミズネに、ネリンの呆然としたつぶやきが届く。それは、あまりにもあっけなく、そして圧倒的な決着だった。


「……期待以上でしたよ。まさかあなたが、これほどまでにすさまじい魔法術を持っていらっしゃるとは」


「それほどでもないさ。詠唱に時間がかかる以上、そうやすやすと打てるものでもないからな」


 真っ先に我に返ったクレンさんの賛辞に、ミズネは苦笑しながら返す。


「エルフの里に行けばもっとこの魔術にたけた者もいるし、もっと強い魔術師もいる。……今回私がとどめをさせたのは、三人の活躍に他ならないさ」


 ミズネはクレンさんに向かって頭を下げ、牽制の役割を果たしてくれたことに対して感謝の意を示す。そうだよな……クレンさんからの依頼だったとはいえ、クレンさんがいなければ俺たちは確実に無事では済まなかった。それに引き換え、俺たちのやったことと言ったら……


 なんて、俺が自分の働きの少なさに申し訳なさを感じていると。


「……ヒロト、お前もだ。……存分に、胸を張ってくれ」


 いつのまにかうつむきがちになっていた頭にミズネの手が置かれ、優しい言葉が降ってくる。それに気づいてふと見上げると、優しく笑うミズネと目があった。。


「この中の誰が欠けていても、私たちは無事ではいられなかった。働きの大きい小さいなんて、全員が無事であったなら考える必要はないさ」


「その通りです。あなた方がいなければ、私たちは甚大な被害を受けていたかもしれません」


「そうよ。『全員無事なのが何よりの報酬』って、パパに何度も言われてきたし」


 三人からの怒涛のフォローに、俺は思わず驚いてしまう。俺が一番力が足りないのは分かっていたし、何ならもう少し働けと怒られることすら覚悟していたのだが――


「……あたしたちと、対等でいたいんでしょ?」


「……っ!」


 戸惑う俺に、ネリンがそう声をかける。……そうだ。俺は、俺なんかよりもはるかにすごい二人と対等でいたいから、歯を食いしばれたのだ。俺一人じゃ、間違いなくあの勇気は出てこない。そう言う意味でも、俺はまだまだ冒険者として未熟なわけで……。


 うじうじとした考えが俺の中を回っていると、ネリンが一歩俺の方に近づいてきた。


「なら、まずアンタが前を向きなさい。あたしたちが目を合わせようとしてんのに、アンタがうつむいてちゃ一生目なんか合わないでしょうが」


 その言葉に、はっとする。ネリンの言葉は全くもってその通りで、それでいて優しかった。なんというか、肩に手を当てられながら諭されたような気分で――


「…………ああ、そうだな」


 俺が辺りを見回すと、そこにあるのは笑顔ばかりだった。一つ大きなことを乗り越えたのだという、満足げな顔。誰一人怪我無く終われたそれは、間違いなく最高の結果だ。それを改めて確認すると、俺の顔にも自然と笑みが浮かんできて――


「……ええ。これにて、クエスト完了です‼」


 タイミングを見計らったかのようなクレンさんの宣言とともに、俺たちパーティの大歓声が夜の草原に響き渡った。

ということで、キメラ討伐ついに決着です!ヒロトたちパーティが一皮むけるための試練という形でしたが、いかがでしたでしょうか。次回からはゆるりとした雰囲気が帰ってきますので、引き続き楽しみにしていただけると嬉しいです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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