第百十八話『再生のからくり』
「……分かった、すぐ戻る!」
俺の突然の叫びに、真っ先に反応したのはミズネだった。今までは前に出て俺たちの方にキメラが来ないように食い止めてくれていたが、それをやめにして俺たちの方に大きく飛びのいてくる。それに続くようにして、クレンさんもキメラたちから大きく距離を取った。
「……悪いが、しばらく通行止めだ!」
そう言うと、両手を地面にたたきつけるかのように勢い良く振り下ろした。……その直後、高さ二十メートルはあろうかという高く分厚い壁が出現する。当然ずっとは保たないだろうが、俺たちが手に入れた情報を共有するくらいの時間は十分に稼げるだろう。
「……あのキメラのからくりが解けたのか⁉」
俺たちのもとにたどり着くなり、ミズネは驚いた様子で俺たちにずいっと詰め寄る。かなり息が荒いところから見るに、やはりキメラを食い止めるのはかなりの労力がかかっていたようだ。
「ああ。……二人とも、これを見てほしい」
そう言って、俺は図鑑からコピーした半透明の紙きれを差し出す。どうもこの図鑑は一度に何枚もコピーすることも可能なようで、わざわざ図鑑を見せなくてもコピーを見せれば済むようになったのがありがたかった。
「これは……『治癒術の基礎知識』……?」
「そうだ。……この中に、ちょっと気になる記述があってな」
俺は頷いて、二人が持っている紙きれの一部を指さす。……そこに書かれていたのは、『治療にかかる代償』という項目だった。
「治療には代償が絶対必要で、現在それは魔力ってのが通説だ。……だけどさ、この図鑑を見るとどうもいろいろな派生があるらしいんだ」
「派生……そうだな、魔力だけでなくいろいろな触媒を用いて回復を促進する術はないでもないが――」
そう言いながら記事に目を滑らせていたミズネの目が、とある一点に集中する。……きっと、俺の言いたいことはもう理解してくれただろう。
「ヒロト。……まさか、そう言うことなのか?」
「そう言う可能性もある、ってだけの話だけどな。魔物は回復魔法を使えないって原則に基づくなら、こう考えるのが一番自然なはずだ」
ミズネは戸惑いを隠せない様子だが、どうもその可能性がありうるというところには行き着いてくれたらしい。ネリンが見つけた記事をもとに考えた仮推理だが、どうも全くの的外れということは無くてとりあえず一安心だ。
「確かに筋は通りますが……まさか、それがキメラのからくりだとでもいうのですか⁉」
クレンさんも記事を見つけたのか、細めを目いっぱい見開いてこちらを見ている。クレンさんの知識の中ではありえないことらしいが、それでも俺は自信をもって断言しよう。
「……はい。……あのキメラは、お互いでダメージを共有することで傷を緩和していたんです」
『原始的かつハイリスクな方法ではあるが、術者が負傷者の傷を引き受けることで回復という形をとることも可能である』というのが、ネリンが見つけてくれた記事だった。それをキメラがやっていると仮定すると、あの時負傷が軽かったもう一頭のキメラが歩み寄っていったのも納得がいくのだ。
「確かに、キメラは軽傷程度ならばその再生力で傷を癒せる……つまり」
「お互いに回復できる程度までに傷を分け合って、その後に戦いながら自然治癒をしていたってことなのか……?」
俺の推論にクレンさんの知識が加わり、完全な結論として俺たちはキメラの秘密にたどり着いた。少々不完全な形ではあるが、図鑑が攻略に役立った形だ。
「もし仮にそうだとしたら、求められるのは二匹同時に致命傷を叩きこんでやることぐらいなわけだが……そうと決まれば、私たちの戦い方は変わって来るな」
「そうですね。……私が牽制をしましょう」
二人の中で意見の一致が起こり、二人の表情が鋭くなる。先ほどまであった苦しい空気はなくなり、一転反撃の雰囲気が俺たちの中に漂っていた。
「よし、希望は見えた。……二人とも、よくやったな」
「ええ、想像以上の貢献です。胸を張ってください」
すっくと立ちあがりながら、クレンさんとミズネは俺たちに向かって笑みを浮かべて見せる。『後は任せろ』と、そう言いたげな表情だったが……
「……ここまで来て、俺たちは見てるだけってのもなんか違うだろ」
「ええ。……あたしたちにだって、切り札はあるんだから」
耐えるだけの戦いならば俺たちは完全にお荷物だが、今となっては話は別だ。駆け出し冒険者の俺たちにだって、きっとできることがあるだろう。図鑑で調べるだけ調べたら後はお任せ、というのも後味が悪い話だしな。
「……頼りにして、いいんだな?」
「当然よ。あたしはいずれパパを超えるんだもの、こんなところでつまずいてちゃいられないわ」
ミズネの確認に、ネリンは迷いなくそう答える。いつもと変わらないその態度が、今はとても心強かった。
「……なら、四人で仕掛けましょう。若い芽を気遣うのもいいですが、程よく試練を与えなければ成長もありませんからね」
見守るのも大人の役目です、とクレンさんは笑って見せる。それを見て、ミズネも覚悟を決めたようだった。
「そうだな。……二人とも、無理はするなよ」
ミズネの念押しに、俺たちは大きく頷く。それが決め手になったのかは分からないが、ミズネはまっすぐキメラがいるであろう氷の壁の向こう側を見据えた。
「……さあ、いくぞ。ここからは、私たちの時間だ!」
「「「おおおおーっ‼」」」
ミズネの号令に、俺たちの声が揃う。……キメラとの戦いは、最終局面に向かおうとしていた。
次回、キメラ戦は最終局面に向かっていきます!キメラ討伐のために与えられた条件を四人はクリアすることができるのか、そしてヒロトとネリンは年長者二人の力になることができるのか!次回もお楽しみにしていただけると幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!