第百十七話『アンロック』
傷が消えているわけではない。しっかりと赤い筋は体に浮かんでいるし、まだダメージがあるのか足元は少しふらついている。……だが、先ほどまでの致命傷は影も形もなかった。
「回復……?いや、魔物がそんなものを使えるのか⁉」
「考えるのは後だ、攻撃が来るぞ‼」
戸惑いを隠せない俺たちの中で、真っ先に冷静さを取り戻したのはミズネだった。号令とともに氷の壁を作り出すと、跳んでくるであろう攻撃を予見して大きく飛びのいて俺たちを誘導する。
「……アレ、いったいどうなってるっていうの⁉」
氷の壁に退避して一まずの防御態勢を整えたところで、ネリンがそう声を上げる。それはここにいる誰もが感じている疑問で、そして突破しなければ勝利はありえない魔物が持つからくりだった。
「魔物は基本回復魔術を使えないはず……少なくとも、キメラがそれを使うといった情報はないはずだ」
「ミズネ様の見解の通りです。……アレは、異常事態と言わざるを得ません」
年長者の二人でも、目の前で起きた光景は不可解以外の何物でもないらしい。ただ、事実として目の前でキメラが回復したのは事実だった。
「そもそも、アレは本当に回復なのか……?何か仕掛けがあってのそれだと考えることは、出来ないのだろうか」
まともに考えてもらちが明かないと感じたか、ミズネは少し視点を変えて考察を始めたようだった。回復魔術、あるいは魔法を使わないで回復を実現する方法……まるでなぞかけかとんちのようだが、それを突破しなければキメラたちの討伐も撃退も無理な話だ。俺たちが何をやっても、回復されては無意味に終わってしまうのだから。
だからこそ考えを止めてはいけないわけなのだが、戦場はそんなに待ってはくれない。
「……皆様、キメラが来ます!」
「迎撃する!二人は下がっていろ!」
クレンさんとミズネの鋭い声が届き俺たちはとっさに距離を取る。見れば、キメラが二体がかりで氷の壁に向かって突進してきたところだった。
「……あれ、二人でしのげるの……?」
「二人を信じるしかねえよ。……あそこに俺たちが行っても二人の気を散らすだけだ」
そうなるくらいだったら、ほかにやるべきことがある。そうネリンに伝えると、俺は図鑑を呼び出した。
「あの魔物を調べるつもり……?クレンが言うには新種って話なのよ?」
少し場違いにも思えるその行動に、ネリンが疑問の声を上げる。その意見はごもっともとしか言いようがないが、俺が今回調べるのはそこではないのだ。
「……あった、ここだ」
図鑑をめくって『治療法の歴史』という見出しを見つけ出し、その項目にパラパラと目を通す。薬草を使った傷の治療から民間療法、そして治療魔術の類までが一目でわかるそれは、キメラの再生のヒントを得るには十分だ。
「治癒魔術とは、『傷口の再生力を高める』か『そもそも傷自体をなかったものとして扱う』かの二種類に大別することができる……か」
治癒に魔力が絡むことについて書かれた項目にたどり着き、俺は一層注意深く一文一文に目を通す。その後ろでは、ミズネとクレンさんがキメラの進撃に抗っているような音が聞こえていた。
「ヒロト、もっと急げる⁉そうじゃないと、からくりを見つけても……‼」
「できる限りの最高速だよ!ああクソ、一人じゃ手が足りねえ!」
懸命にやってはいるが、速読にもある程度の限界がある。……くそ、図鑑の記事をコピーできればネリンと手分けして記事を焦ることができるのに……‼
……と、俺が内心嘆いたその時だった。
『所有者の強い願望を確認。記事複製機能、アンロックします』
……図鑑にはありえない、機械的な文章が突如ページに浮かび上がった。それに、記事の複製……?まるで図鑑が、たった今俺の要望に応えたかのような……
「いや、んなことはどうでもいい!それならこの項目の完全コピーを頼む!」
都合がよすぎることへの疑問はいったん置いておくとして、俺は図鑑に向かって乱暴にそう叫ぶ。すると、図鑑が淡く光り輝いて――
「……なに、これ?」
半透明の紙束が、図鑑からポンと吐き出された。それを戸惑いながら手にしたネリンに、俺は夢中で呼びかける。
「たぶん俺が読んでるページと同じ奴だ!ネリンも読んでくれ、何かしらのヒントがあるかもしれねえ!」
「……ええ、分かったわ!」
俺の指示に戸惑いこそしていたが、ネリンは俺の言葉に力強く頷いて見せた。実質二倍のスピードで、俺たちは図鑑の一部を読解していく。……頼む、何か手掛かりがあってくれ……‼
「……‼ ねえヒロト、これって!」
俺が祈りながら読み進めていると、ネリンが横からコピーされたページの一つを差し出してくる。まだ俺が確認していな過多そのページに、俺はざっと目を通して――
「……お手柄だ、ネリン‼」
そのページに書かれていた情報に確信を得て、俺は夢中で立ち上がる。そして、今も前線で戦ってくれている二人に向かって――
「……二人とも、いったん帰ってきてくれー!あのキメラのからくり、分かったかもしれないぞー‼」
ありったけの大声で、再びの作戦タイムを提案するのだった。
ということで、図鑑にも新機能が登場しました!これから先図鑑がどのような機能を得ていくのか、それも期待していただければなーと思います!図鑑が武器になったりなどの直接戦闘特化の方面に進化していくルートだけはないのでそこはご安心ください!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!