第百十六話『年長者の意地』
クレンさんが一番最初に手に取ったのは直剣らしい。それは武器斡旋所で聞いた話だったが、その時のデモンストレーションはなにぶん一瞬だった。もちろんそれだけで分かる実力もあるのだが、キメラを前にして直剣で挑めるのかと聞かれると不安だと言わざるを得ない。
しかし、当のクレンさんは不安気な様子などみじんも見せていなかった。
「ミズネ様、どうぞ存分に射撃を。こちらのことは気にしないでかまいませんので」
「…………ああ、分かった。あなたの実力を信じることにするよ」
クレンさんの宣言に、ミズネもノータイムで首肯する。一見すると無茶な指示にも見えたが、ミズネはそれの意図をしっかりとくみ取っているようだった。
「おふたりも、常に自分の身には気を配りますよう。……バルレに、託されてしまいましたからね」
最後にちらりと俺たちの方を向いて、クレンさんは柔らかく微笑む。少し困ったような、手のかかる息子たちを見るような目は、いつもの飄々とした雰囲気から一気に大人びたように思えた。
「では……いざ‼」
そして、ついにクレンさんが直剣を手に一歩目を踏み込む。その次の瞬間、まるで幻のようにクレンさんの姿がその場から消えうせた。
「……器用貧乏の意地、見せてあげましょう」
とっさに視線を動かすと、いつのまにかクレンさんの姿はキメラたちの頭上にある。キメラたちもいきなりの高速移動に戸惑ったのか、その姿をとらえきれないでいた。それを脅威と認識したのか、キメラたちは視線を上下左右に動かしていたが――
「……あまりよそ見ばかりされると、乙女は傷つくものなのだぞ?」
クレンさんを探すキメラの意識を奪うかのように、四方八方から氷の弾丸がキメラへと飛来していく。サイズこそ小さくそれこそ岩の鎧で防がれてしまいそうではあるが、それでもキメラの集中力をそぐのには十分だ。
「……ミズネ様、完璧な援護です。……それを生かさなくては、連合の長たる示しがつきませぬとも」
キメラたちの頭上で長剣を大上段に構え、クレンさんは不敵に笑う。氷の弾丸にもまれる中でキメラたちがその姿を捉えるが――もう、遅い。
「……『ウィンドエッジ』‼」
剣が振り下ろされると同時、半透明な刃がキメラに向かって何本も放たれた。それに向かってキメラは回避行動を試みるも、それを阻む頼もしい魔術師が一人。
「……おっと、離れるなんてつれないじゃないか」
いつの間にかキメラの足元が凍り付き、楔となって回避行動を制限していた。簡素な作りの拘束は数秒しか動きを止められないだろうが、数秒保てば今は十分すぎる。風の刃が、キメラたちの無防備な体に届く――
「「ギャオオオオッ‼」」
苦しげな呻きが二重に響き、赤い血が夜の平原に飛び散る。剣の一振りとともに放たれた魔法の刃は、キメラの連携を完璧に上回っていた。
「伊達や酔狂で万能を名乗っていませんから。……まだ、終わりませんよ?」
痛みにもがくキメラの頭上で、クレンさんはなおも不敵に笑う。高度は十分、まだまだ魔法の刃は叩き込めるだろう。しかし、問題はキメラがそれをよけられるかどうかなのだが――
「問題ありません。……なにせ、今日は大盤振る舞いの気分でございますので」
上機嫌にそう言い残すと、空中で何かを蹴ったかのようにしてクレンさんの体が急加速する。まっすぐキメラたちへと急降下しながら放たれた一振りは、俺の動体視力では追いきれないほどに鋭かった。
「器用貧乏でも、特技の一つや二つ見つけられなければこの業界では生きていけないんですよ」
ひときわ多くの血が流れたことで、俺はクレンさんの一撃が命中したことをどうにか認識する。あの日みたクレンさんの戦闘が序の口に過ぎないことを、俺はここまでの戦闘で痛いほどに思い知らされていた。
本人は器用貧乏だといって見せるが、俺からしたらそんな言葉でクレンさんは計りきれない。もっと高いレベルで、クレンさんの戦闘スキルは完成された域にあるのだ。それは、際立った特技を持たない人が努力の末にたどり着く極致にも思えて。
「……バルレさん、こんなすげえ人と冒険してたのか……」
「……ええ。パパたちは、間違いなくこの街に名を残す強豪パーティなのよ」
俺のつぶやきに、ネリンが静かに、しかし自慢げに返す。クレンさんを深く知れば知るほど、いまだ謎に包まれたバルレさんの評価は上がっていくばかりだった。
超高速の斬撃をもろに受けたキメラの片割れは、力なく地面に頽れている。そりゃあれだけの出血をしてしまったのだ、何のダメージもないままでいられるはずはない。
むしろこれで死んでいないのがおかしいくらいの重傷を負った片割れに、もう一体のキメラが身を寄せるようにして立っている。それはまるで傷ついた相棒を目にして嘆いているような、そんな様子にも思えたが……
「……っ、何だ⁉」
突如、キメラ二頭が淡い光に包まれだす。暗闇の中で淡い光に照らされる二頭の姿は明確に浮かび上がって、そして――
「「……ウオオオーーーンッ‼」」
静かな平原に、二頭の遠吠えが共鳴する。それは一度ではなく何度も何度も、まるで会話をするかのように響き続けている。……どうしてか、俺たちはそれに手を出すことができなかった。
動けないまま二匹の咆哮が響き渡るのをぼーっと聞いて、一分くらいが経っただろうか。淡い光が止み、俺たちは金縛りから解放されたかのように思わず止めていた呼吸を再開する。何が起こっていたのか戸惑いを隠せない俺たちが、一斉にキメラへと視線を向けると――
「……なん、で」
――二頭のキメラが、まるで傷などなかったかのような様子で堂々と並び立っていた。
クレンも当然凄腕の冒険者ですが、キメラ側も一筋縄ではいきません!一見無敵に見えるキメラを四人はどう突破するのか、そして切り札の出番はあるのか!次回以降もお楽しみにしていただければなと思います!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!