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第百十三話『決戦を前に』

「前提が……つまりそれって、今回戦う魔物は平等に連携を取るっていうこと⁉」


 クレンさんの言葉を一番最初に理解したのはネリンだった。どうもかなり重大な新事実だったようで、目を丸くしてクレンさんの方をじっと見つめている。


「そうです。利害関係でもなく、互いに代償を払いながらの共生関係でもなく。……ただ純粋な友情から連携を取っているしか思えないというのが、一週間ほど奴を観察した末での結論でした」

「友情で……それはまた、稀有な例だな」


 ミズネも驚いた様子で、クレンさんの報告に耳を傾けている。この中で間違いなく一番経験が豊富なミズネにすら、友情から連携を取る魔物の存在は珍しいようだった。


 ……まあ、地球にも友情から共生を始める生き物なんていないだろうからな……。少なくとも、一般的な図鑑に記載されている範囲で心当たりがないのは事実だ。


「稀有な例ですよ。それこそ、研究者たちがこぞって寄り付くぐらいにはね。……ですが、私たちにアレを生け捕りにするだけの余裕はありません」

「そうだな。商人の生活と学者の研究、どちらが優先されるかは悪いが明確だ」


 神妙な面持ちのクレンさんに、ミズネも力強く頷いて同調する。確かにレアケースではあるのだろうが、明確に弊害が出ている以上、倒す以外の選択肢はないだろうというのは俺にも納得できる話だった。


「彼らの連携が友情によるものである以上、どちらか片方を討伐すればもう片方は逃げるだろう、という考えは捨てなくてはなりません。弔い合戦、という言葉がありますからね」


 その注意喚起に、俺たちはごくりと息を呑む。魔物たちなりの友情がある以上、それは仕方のないことなのだが……


「どちらかが戦えなくなるまで、終われないってことだよな……」


 今までいろいろな冒険を乗り越えてきたわけだが、生身の魔物と戦うとなれば初クエスト以来のことだったりする。迷いの森では植物型が多かったし、遺跡で戦ったのもゴーレムばかりだ。……それに、あの時は二人にほとんど任せてしまっていたからな。……なんだかんだ、知識ではなく物理で戦うことに関してはこれが初体験といってもいいくらいの経験値なのだ。


「互いに有益な形があればいいんだけど、一週間もそこにいるってことは住み着く気満々だものね……戦うってなってもしょうがないわ」

 

 俺の表情から何かを察したのか、ネリンが俺の方を見て声をかけてきた。


「……まあ、そうだよな……」


 頭ではちゃんと理解しているのだ。そいつらがいることで商人の生活が成り立たないのだから、冒険者としては魔物を倒すことが正しい事だと思う。……だけど、やっぱり気は引けるよな……


「もちろん、二匹ともがどこかに逃げてくれるなら深追いする気はありませんとも。魔物を街道から退けること、それが私たちの目的ですから」

「そうだな。無用な殺生は冒険者として望ましい事ではない」

 

 クレンさんなりの気遣いなのか、俺たちをぐるっと見まわしてそう宣言してくれる。ミズネがノータイムで賛同してくれたのもあって、その言葉には不思議な安心感があった。


「撃退するにせよ討伐するにせよ、まず私たちが優位を取らなければ始まりません。……なので、あらかじめ作戦図を用意してまいりました」

 

 空気が少し和らいだところで、クレンさんがもう一枚地図を取り出した。地図自体は一枚目と変わらないが、その中にはいくつかのバツ印が書き込まれている。クレンさんはまずその中の一つを指さして、


「まず、ここが魔物たちが定住している場所です。ここの周囲を特に強く縄張りとして認識しているようで、その中に踏み込む者に対しては容赦がありません。実際、誤って縄張りに踏み込んだキヘイドリは全滅しています」

「キヘイドリが……」

 

 あまりいい思い出がある魔物ではないが、キヘイドリも連携がしっかりと取れていた記憶がある。数でも勝るだろうそれを全滅させるほどの縄張り意識……相当ヤバいだろうなということは理解できた。


「私たちが彼らのテリトリーに踏み込むことは危険です。なので、まずはミズネ様の魔術で外から奇襲を仕掛けます」


 魔物の立ち位置を中心にぐるっと円を書き、その中をデッドゾーンとして赤く塗りつぶす。その外に書かれたバツ印の一つから、ずいっと一本の線が延ばされた。


「なわばりの外からの攻撃なら、しばらくは彼らの反応も鈍いでしょう。その間にミズネ様の攻撃でペースを握り、私がそこに追撃を加えます」


 今度は違うバツ印からスーッと線が延ばされる。いつの間に見つけていたのか、クレンさんは大きめの弓矢を傍らに置いていた。


 知ってはいたことだけど、本当にクレンさんはいろんな武器を扱えるんだな……初めに見た時は片手剣しかもってなかったはずだが、アイテムボックスにどれだけの武器をしまい込んでいるんだろうか。


「おふたりには後方からの支援をお願いします。『バースト』の魔法も覚えたということですので、私たちに向けて使うように指示することがあるかもしれません」


 残った二つのバツ印から、クレンさんとミズネの位置に向かって矢印が伸びる。クレンさんの真剣なまなざしに、俺たち二人はゆっくり頷くことで応えた。


 クレンさんとミズネに比べれば俺たちに任されたことは軽いのかもしれないが、それでも俺たちのことを信じて任せてくれたのだ。それは途轍もなく嬉しいし……同時に、すっげえ緊張する。


「さて、そろそろ目的地です。……駆け出しのパーティには重荷に感じるかもしれませんが、それは私からの期待分だと思ってください。……お三方のことを信頼して、私も精一杯のことをやらせていただきますので」

 

 その言葉と、馬車のスピードが落ち着いていくのが偶然重なる。それと反比例するようにして、俺の緊張は増すばかりだ。胸に手を当てればその鼓動の速さが分かるはずだが、俺はあえて知らないふりをした。


「……さあ、行きましょうか」


 ぎいっという音を立てて馬車が止まり、御者の手によってドアが開かれる。そそくさと荷物をまとめる三人を見ながら、俺もあわててそれに続いた。


――異世界生活が始まって数日。……俺にとって過去最大の戦いの始まりが、刻一刻と近づいてきていた。

次回、ついに戦いが本格的に始まります!今までとは毛色が違う戦いを前にして、ヒロトたちパーティはどう立ち回るのか!かなり規模の大きな戦いになると思いますので、楽しみにしていただけると嬉しいです!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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