第百十二話『見たくなかった新事実』
「予想以上に速いんだな……もっとのんびり進むもんだと思ってた」
パカラパカラと軽やかなひづめの音が夜の街道に響き渡る。目的地までの道のりは、想像よりもはるかに快適に、そしてスピーディーに進んでいた。
「商人は時間勝負の側面もありますからね……当然割れ物なども運ぶわけですから、馬には安定感のある走りとスピーディーな走り、その両方が要求されるわけです」
「聞いた話だけど、大人になってから二年くらいかけて癖を修正していく馬もいるらしいのよね……」
厳しい世界よ、とネリンはうなるようにつぶやく。日本に例えるなら、運転免許を取るまでに二年以上は絶対にかかるという感じなのだろうか。……そう考えると、確かに気の長い話ではあるな……御者の腕もあるのだろうが、やはり馬が輸送の要になるのはどの世界も必ずと言っていいほど通る道なのだろうか。
「商人によっては私兵よりも専属の御者に金をかけることもざらにあるという。私も馬に乗ったことはあるが、少し乗っただけでも御者の苦労は分かろうというものだったからな」
遠い記憶を思い出しているのか、目を細めているミズネの表情はどことなく苦々しい。何事もそつなくこなす印象があるだけに、ミズネが乗馬に苦手意識があるのはかなり意外だった。一口に乗馬と言っても、やはり俺のイメージとは微妙に違うのかもしれない。
「この馬車はとある商会の方に出していただいたものなのですがね、ずいぶんと誇らしげでしたよ。なんでも、このあたりで一番の駿馬だそうで」
「駿馬……まあ、その言葉に偽りはなさそうだな」
ふと窓から外を覗いてみると、外の景色が飛ぶようにして後ろ側に流れている。自動車もかくやというスピードだったが、さすがにこれが異世界馬車の標準ではないようで一安心だ。もしこれがスタンダードとか言われたら、この先会うであろう聞き覚えがある名前に対しても警戒しなくちゃいけなくなるからな……流石にブタとか羊までも気を付けないといけないのは結構きつい。
「駿馬ばかりがいいというわけではありませんが、このスピードでこの快適さは高品質と言わざるを得ませんね……よほどいい緩衝材を使用しているのでしょう」
「これだけいい馬車があるなら、普段から人を乗せて行ったり来たりすればいいのに……そう言うのができない事情でもあるのかしら」
テレポート屋があるとしても需要はあるでしょ、とネリンは不思議そうな顔でクレンさんに尋ねる。中々的を射た質問だったのか、クレンさんは少し顔を曇らせた。
「その事業の展開は考えたことがあるんですがね……。どういう策を巡らせても、テレポート屋が目の上のたん瘤になってしまうんですよ」
「どれだけ馬が早かろうが点と点を直接つながれてはかなわないからな……冒険者向けにするにせよ観光向けにするにせよ、難しいことに変わりはないか」
クレンさんの悲痛な言葉に、ミズネが納得したようにうなずく。テレポート屋さんの万能さは、俺の予想のはるか上を行っているようだった。こうやって馬車が流行っている以上大荷物は輸送できないのだろうが、それがかえって馬車とのいい棲み分けにつながってるんだろうな……
「ま、今の事業で困ってないならいいんじゃない?アンタは考えるのが役目なんだから、失敗と化しても気にしないのが得でしょ」
「……そう、かもしれませんね」
少しどんよりした雰囲気を見てなのかは知らないが、ネリンはあっけらかんとそう言い放って見せる。クレンさんと関わりが古いからこそ言えることもあるのだろうが、それでもその言葉はなぜか真理をついているような気もした。どうやらクレンさんもその認識は同じなのか、どこか安堵したような笑みをネリンに向けて浮かべていた。
「……っと、そんなことを言っているうちに到着しそうですね、流石は駿馬だ。……それでは、軽い作戦会議と行きましょうか」
窓の外を軽く眺めると、クレンさんはおもむろにポケットから地図を取り出した。その瞬間、クレンさんの纏う雰囲気が冒険者のそれへと切り替わった。なんというか、穏やかな雰囲気がピリッといい感じに引き締まった感じだ。
「今回のターゲットは二匹で連携を取るというのは、事前にお伝えしたとおりです。今日にいたるまで商人たちが入れ替わりで観察をしているのですが、その中で一つ興味深い情報を発見いたしまして」
「興味深い、情報……?」
「……そう聞くと、いやがおうにも期待してしまうな」
クレンさんの切り出した話題に、俺たち三人は一気に色めき立つ。情報が無さ過ぎたところで突然新たな情報が下りてきたのだ、その反応は自然な話だと言えた。……だが、それを語るクレンさんの表情は少し不安げだった。
「今まで連携関係にあると思われていた魔物は、その実力関係が明確に序列化されていたり、実は利用関係であったりと、いろいろな裏があったものです。今回もそうだろうと、私たちは無意識のうちに考えていたのですが――」
そこまで言って、クレンさんは意味深に言葉を切る。……そんな切り方をされてしまうと、どうしても不穏な予想をしてしまうのだが……
「……まさか今回はそうじゃない、なんてことはないわよね……?」
俺の予想を代弁するかのように、不安げな声でネリンが尋ねる。それにどう答えたものか、クレンさんは目線をさまよわせていたが――
「……はい。私たちの前提は、今回初めて覆されました」
……と、意を決したような表情でクレンさんは俺たちに現実を突きつけたのだった。
ということで、クエスト開始は刻一刻と近づいてきています!新たな事実を前にヒロトたちは同対策を立てていくのか、今後ともお楽しみにしていただけると嬉しいです!
ここからは報告になるのですが、頂いた感想をもとにして行間に空白を追加するなど、読みやすさの改善をプロローグから順に全話において行っていく予定です。細かい違いなどもこの機会にまとめて修正を行っていくので、もしお時間があればその点も含めてもう一度読み直してみたりしていただけると幸いです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!




