第百九話『魔法使いへの第一歩』
「無属性魔法か……やっぱり属性を使うとなると難しいのか?」
「そりゃ少しはな。属性を付加する一工程が入る以上、少し難易度は上がってしまうだろう」
俺の疑問に、ミズネが軽く頷く。そう言うものなのかと俺が感心していると、ネリンが自信ありげな様子でこちらに前に進み出た。
「……この課題、別に一発クリアしちゃってもいいのよね?」
胸を張り、ふふんと笑って見せるその様子からは一切の気負いが感じられない。……そういやコイツ、初クエストの時に魔術を使ってたしな……あれが事前からの特訓のたまものなのかはさておくとして、魔力を扱うということに関して俺より慣れていることは間違いないだろう。
「威勢がいいじゃないか。……いいぞ、見せてみてくれ」
右手を一振りして、ミズネは氷の塊を作り出した。
「いいわ、よーく見ときなさい。……あたしは、魔法だって練習してきたんだから!」
高らかに宣言すると、ミズネがそうしたようにネリンもゆっくりと呼吸を整える。そして、おもむろに目を見開くと――
「……『バースト』‼」
ともすれば地上のカフェにまで響いていそうな、勇ましい詠唱が響き渡る。それに応えて、解き放たれた魔力は地面に穴をあけて……
「……って、あれ?」
そこから先の変化が何もなかったことに、俺は間抜けな声を上げた。
「あれ、なんで⁉」
ネリンにも予想外だったのか、その光景を見て素っ頓狂な声を上げる。確かに地面には穴が開いていたが、氷の塊には傷一つついてはいなかった。
「……言っただろう?これは魔法の入門に最適だと」
混乱する俺たちをよそに、ミズネは楽しげに笑う。そこから察するに、どうやらこうなるのはミズネの想定通りの様だった。
「どうしてうまくいかなかったの……?地面に穴は開いてるし、魔力の放出まではうまくいったはずなのに……」
地面をまじまじと見つめ、ネリンは首をひねる。その隣で俺も一緒にネリンがあけた穴を観察しているのを、ミズネは後ろから見守っていた。
「魔力量の差ではないからな?……ちゃんと、ネリンがうまくいかなかったのには理由があるさ」
悩んでいる俺たちに、ミズネはそんな風にヒントを投げかけてくる。どうやら自分で考えさせるタイプの教師の様だ。まあ、そっちの方が俺たちの身にもなるし助かるのだが……
「……そういえば」
今までネリンがあけた穴にばかり注目していたことに気づき、俺はふと振り返る。すると、そこにはミズネがあけた穴がはっきりと見えた。遠くからでも明確に分かるくらいに、その穴の規模は大きい。その原因は、確かに魔力の差にもあるのだろうが――
「もしかして、そういうことなのか……?」
俺の中にとある可能性が浮かび上がり、俺はミズネの開けた穴に走り寄る。それを見て、ミズネは満足げに頷いていた。
ミズネがあけた穴は周囲がかなり隆起しており、その威力の大きさを感じさせた。穴の直径もネリンのそれより大きく、その規模はネリンのそれとは比べ物にならない。……が、俺が着目したのはそこではなかった。
「……やっぱりだ」
俺の予想通り、ネリンが作った穴とミズネが作った穴には大きな違いがある。魔力の違いこそあるが俺が見つけたそれはそれに関わらないもっと単純な違いだ。……それこそ、二つを見比べればいやでも気づくというくらいには。
「……ミズネ、俺もやってみていいか?」
「……ああ、いいぞ」
俺の申し出に、ミズネは氷の塊を作り出す。そこそこの大きさではあるが、ミズネのやり方にのっとれば俺にも行けるはずだ……多分、きっと。
大きく息を吸い込み、目を閉じる。大事なのはイメージの強さだと、ミズネは強調していた。なら、俺には適性があるはずだ。図鑑でたくさんの現象や物の写真を見てきたことが、ここに来て生きるだなんて思いもしていなかったけどな。
いまするべきイメージの中で、最も似つかわしいものを探し出す。いくつかの候補が俺の中で浮上したが、その中でも最も明確にイメージがしやすいのは――
「間欠泉、だな」
あれくらい勢いよくバーッと噴き出てくる感じの方がイメージとしては最適だろう。そう自分の中で結論付けて、俺は目を見開くと――
「……『バースト』‼」
そう言うと同時、俺の足元から何かがあふれ出してくるのが分かる。力が抜けそうになるのをどうにか我慢して、集中とイメージを切らさないように努力する。すると、俺から流れ出してきた何かは地面の中を猛烈に駆け上がっていって――
「……おお、いいじゃないか」
ミズネの生み出した結果よりははるかにしょぼい光景ではあるが、俺の魔法は氷の塊に大きなひびを入れることに成功していた。
次回、ミズネたちによる答え合わせ回です!ミズネとネリンの間にあった違いとはなんなのか、皆様も予想しながらお待ちいただけると嬉しいです!
――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!