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第百二話『父であり師匠』

「……そうか、そんな冒険をしてきたのだな……」


「ええ。……たくさんたくさん、いろんなものが見れたのよ」


 お茶をすすりながらのバルレさんの言葉に、ネリンが満面の笑みを浮かべて返す。バルレさんの表情は一見変わっていないようだったが、その口の端はかすかに吊り上がっていた。


――あの後、駆けつけたバルレさんも交えてしばらくはミズネへの質問攻めが敢行されていたが、それを見かねたネリンが「今日は宴席空いてたりしない⁉」と割って入り、一まずはその場はお開きに。ネリンの両親の仕事が落ち着いてから、各々お茶を片手に座談会をしているという寸法だ。


「ミズネさんも、いろいろと世話をかけたな。……迷惑を、かけてしまっただろう?」


 少したどたどしく、バルレさんがミズネへと視線を移す。そのぎこちない問いかけに、ミズネはゆるゆると首を振った。


「そんなことは少しもないですよ。……むしろ、私も多くのことを学ばせてもらっています」


「……そうか。それなら、安心だ」


「パパは心配し過ぎなのよ……あたしだってもう立派な冒険者なんだからね?」


「そうよ。あなたの現役時代とまではいかないかもしれないけど、十分にできる子なんだから」


 ミズネの回答に便乗して、ネリンが誇らしげに胸を張る。「……そうだったな」と、バルレさんもその姿に穏やかな笑みを浮かべた。


「それにしても、人の縁ってのは分からない物よねえ……まさかネリンの夢が叶うなんて。それも、こんなに早くに」


「あたしもびっくりしてるわよ……エルフの里、いいところだったわよ?」


 そう言えば、『エルフの里を見るのが夢の一つ』だなんて言ってたっけか。普段から好奇心旺盛だけど、あの時は一段と目がキラキラしてたもんな……。ましてやエルフと一緒に冒険をできるだなんて、確かに一か月前のネリンに話しても信じないくらいの奇跡なんだろうな。


「ここも十分にいいところですよ。……賑やかで、暖かい」


「……そう言ってもらえると、私もここを必死に切り盛りしてる甲斐があるわあ」


 少し照れ臭そうにミズネがそう言うと、ネリンのお母さんが感激したように手を口に当てた。


「私も長い間冒険者をしている身ですが、ここまで大きな宿に泊まったことは無くて……もしかしたら、仲間と一緒にいられることも大きいのかもしれません」


「……そうねえ。大切な誰かと一緒にいられる場所を、私はつくりたかったのよ」


 不思議そうな顔をしつつ、しかし微笑んでいるミズネをみて、ネリンのお母さんはしみじみとつぶやく。かつてこの宿に何があったかは分からないが、今の言葉はネリンのお母さんにとって一番の誉め言葉なのかもしれなかった。


「……いい仲間を持ったな、ネリン。……それは、どんな才能にも勝る財産だ」


 ちびちびとカップを傾けながら、バルレさんは諭すような口調でそう告げる。その眼は、何か懐かしいものを思い出しているかのように細められていた。


「冒険者としての一線を退いた今でも、仲間たちとの関係は切れていない。……いちど命を預けあった仲というのは、そう簡単に途切れるものではないからな」


「……そうね。パパの後姿を見てると、ほんとにそうなんだなって思わされるわ」


 バルレさんの言葉に、ネリンも目を細めながらそう返す。きっと、今ネリンの目に映るバルレさんは父親であると同時に憧れの先輩冒険者なのだろうなと、俺はぼんやり考えた。


「……俺は、クレンのように口が回らないからな。……背中で語れていたなら、良かった」


「大丈夫よ。……大事なことは、全部あたしの胸の中に刻まれてるわ」


 ネリンの手短な言葉に、バルレさんは安心した様子で目を閉じる。そこにあったのは、二人にしか分からない世界だ。……どんなことを学んできたのか気になりはするが、そこに俺らが踏み込むのは無粋ってものだろう。


「……三人は、カガネを拠点に冒険するつもりなのよね?」


「……そうね。しばらくはここにいるつもりよ」


 しばらくの沈黙が流れたのち、ネリンのお母さんがそんな質問を投げかけてくる。ネリンが代表して頷いて見せると、バルレさんが俺たちにぐるっと視線を送った。


「……それなら、俺の知り合いを頼るといい。……物件の借り手がいなくて困っていると、最近愚痴をこぼされてばかりでな」


 渡りに船の提案に、俺たちは互いに目を見合わせる。物件探しはしばらく苦戦するのも覚悟の上だったが、こればかりはバルレさんの人脈の広さに驚くばかりだ。ベレさんと言いクレンさんと言い、有力な冒険者ってのは自然と人脈も広くなるものなんだろうか……?


「……それじゃあ、その人のところに行ってみるわね。……多分、あたしの面識のない人じゃないでしょ?」


「そうだな。お前が最近冒険者稼業を始めたことも伝えているし、名乗ればすぐに話は通じるだろう」


 ネリンの確認に、バルレさんは頷く。こうなることが分かっていたかのような首尾の良さだが、物件探しが無事に終わりそうなのは俺たちとしてもとても大きな前進だった。


「三人とも、今日はここに泊まっていくでしょ?部屋も用意してあるから、そこでのんびりしていくといいわあ」


「一人前になるためにも、ほんとはあまり頼りきりになりたくはないんだけどね……ありがと、今日はママの言葉に甘えることにするわ」


 話が付いたところを見計らって、ネリンのお母さんがそう声をかけてくれる。軽く視線を交換して三人の意見が一致しているのを確認してから、ネリンが照れくさそうに笑ってそう答えた。


「……今日はゆっくりしていくといい。お前たちは、まだまだパーティとしても駆け出しなんだからな」


 俺たちのカップに飲み物を注ぎながら、バルレさんがそう声をかけてくれる。……そう言えば、昨日の夜は遺跡にいたんだもんな……いろんなことがありすぎて後回しになっているだけで、疲れはきっとたまっているのだろう。もちろん、それはネリンとミズネにとっても例外ではないはずだ。


「そうね……今夜は思いっきり、のんびりすることにするわ」


 言いながら、ネリンがゴロンと床に寝転ぶ。俺もそれに倣って……とまではいかないが、少し肩の力を抜くことぐらいは許されたっていいだろう。隣を見れば、ミズネもピンと張った背筋を少し緩めていた。今までどことなくあった緊張感は消えうせ、皆リラックスタイムと言った感じだ。


「ああ、遠慮なくそうするといい。……休めることも、冒険者の素質だからな」


 そんな風に少しだらけだした俺たちの空気感を見て、バルレさんが満足そうにうなずいた。

街の中を舞台にすると人と人とのつながりが明確に見えてきますね……書きたい関係性のペアが多すぎて、しばらくは番外編のネタに困らなそうです。余裕がある時にちまちまと出していきたいと思いますので、そちらもお楽しみに!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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