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第百一話『二日ぶりの帰宅』

「……そこそこの距離があるはずなのだが、あっという間についてしまったな」


 ネリンの家である宿の前に到着すると、アリシアは口惜しそうに苦笑する。活動的な性格ではないのもあってか、なおさら自分が抱く感想に驚いているようだった。


「時間ってのは不思議なもんよね……多分皆アリシアと同じこと思ってるわよ」


 ね、と言わんばかりに向けられる視線に、俺とミズネは頷きを返す。それを見て笑うネリンの表情は穏やかで、げっそりしていた少し前の面影は微塵もなかった。


「まだまだ聞きたいことはたくさんあるのだがね……時間も時間だし、ボクはここでお暇させてもらうことにするよ」


「それがいいわ。……そう心配しないでも、またあの店に立ち寄る場面はあるでしょうし」


 くるりと背を向けるアリシアに、ネリンが小さめの声でそう告げた。いつもより早口だったことから見ると、どうもその言葉を言うまでにはそこそこの葛藤があったようだ。


「……本当、かい?」


「アンタ相手に嘘はつかないわよ」


 ついたところで見抜かれて終わりだしね、とネリンは悪態を一つ。しかし、振り返ったアリシアの表情はそれを気にしている様子もなく、


「…………ありがとう、ネリン。君は、ボクにとって無二の親友だよ」


「ただの腐れ縁だっての」


 少し瞳を潤ませながらの告白に、ネリンはそっぽを向きながら短く返す。しかし、その顔は夜の中でも分かるくらいに真っ赤になっていた。どこまで行っても素直じゃないやつだ。


「……じゃあ、また会おう。その時は、たくさん話を聞かせておくれよ?」


「……ええ。アンタが度肝を抜かれるような話、持ってきてやるわよ」


 アリシアの問いかけに、ネリンが胸を張って頷く。そのやり取りを最後に、アリシアの後姿は遠ざかっていった。それがほとんど見えなくなったのを確認してから、俺はボソッと一言。


「…………お前、ほんとはアリシアのこと大好きだろ」


「はあっ⁉アンタ、いきなり何言って……」


「私もそう思うぞ。うまく表現はできないが、二人の間に友情があるのは私にも分かる」


「ミズネまで⁉」


 腕を組みながらうんうんとうなずく俺たちの姿に、ネリンは焦りを隠しきれない様子だ。俺たちとしてはもう少し掘り下げたいところではあったが、


「アイツはただの腐れ縁なの!二人とも、分かった⁉」


 というネリンの気迫にあふれた問いかけを前に、俺たちの追及は一まずここで打ち切られた。


「それにしても、予想以上に遅くなっちゃったわね……ママたちが忙しくない時間ならいいんだけど」


「宿屋の仕事は不安定だろうからな……まあ、その時は玄関で待つさ」


 不安そうな声を上げるネリンの背中を追って、俺たちは以前も訪れた通用口へと回りこんでいく。ミズネからするとこんなに大きな宿は珍しいのか、終始宿を見上げて息をついていた。そんなことをしていたら転びそうな気もするが、そこは流石ベテラン冒険者と言った感じだ。


「ただいまー!ママー、パパ―、今大丈夫ー⁉」


 ほどなくして通用口にたどり着くと、ネリンはドアを開けながらそう叫ぶ。ほどなくして、「ごめんね、少し待ってて頂戴ー!」と奥から声が聞こえてきた。時折聞こえる音からするに、何かを焼いている途中だったりするのだろうか……?


「まあ、この時間帯はどうしたって忙しいからね……むしろ前すぐ出てこれたことのが珍しかったのよ」


 しかし気にする様子もなく、ネリンはあっけらかんと言ってのける。その証拠と言わんばかりに、ドアの先からはガチャガチャと食器がこすれる音が聞こえてきていた。


「ここがネリンの実家か……賑やかなんだな」


 その様子すら珍しいのか、ネリンは興味深そうにドアの奥をのぞき込んでいる。人との付き合いが少なかったって自分で言うくらいだし、カガネの街はミズネにとってすべてが新鮮なんだろうな……


 なんてことを考えながら、俺がぼんやりと時間を持て余していると――


「待たせてごめんねえ。おかえりなさい、ネリン」


 そう言って、エプロンをつけっぱなしにしたネリンのお母さんが顔を出してきた。


「ただいま、ママ!二日帰れなくてごめんなさい……」


「いいのよ、冒険者なんて二日三日返ってこれないのがざらだし。パパも現役時代はそうだったからねえ……」


 しおらしい表情を浮かべるネリンの頭を、お母さんがグジグジと撫でる。その笑顔はとても穏やかで、娘の成長を喜んでいるようだった。


「ヒロト君も、娘と仲良くしてくれてありがとうねえ。……そちらのお姉さんは、新しい知り合いの方かしら?」


 俺にも柔らかい笑顔を見せたのち、不思議そうな顔でネリンのお母さんはミズネへと視線を向ける。未だに目を輝かせて厨房の景色を見ていたミズネがそれに気づくと、


「……お初にお目にかかります。私はミズネ。娘さん――ネリンとパーティを組ませてもらっています」


 綺麗な所作でお辞儀をして見せるミズネに、お母さんは目を丸くしている。そして、わなわなと震えだすと……


「あなたーーーーーー⁉ネリンが、ネリンが新しい仲間を見つけてパーティを組んだわよーーーー⁉」


 感激のあまり叫びながら、お母さんは厨房の中へと走り出していった。


――その後、駆けつけてきたバルレさんも加わって更なる大騒ぎになったのは言うまでもない。

あれだけエピソードが出ておきながら、ネリンの母親の名前をいまだに出してないんですよね……いつか出したくはあるのですが、今更名乗らせるのが不自然なのもまた事実。何とかして自然な形を作りたいなーとは思っていますので、その点もひそかに注目していただければと思います!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!

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