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第九十九話『カレスの美食』

――今更な話ではあるが、この街は本当に快適だ。町の見た目は中世ヨーロッパ風ではあるが、街の仕組みや提供されるサービス、衛生状態なんかは現代日本と比べても遜色ないくらいだからな。なんと都合のいい話だと思う一方、そこまで中世じゃなくて良かったと安心している俺がいるのもまた事実だった。


「……うんめえ……

 こうやって安心して料理に舌鼓を打てるのも、衛生状態が信頼できるおかげだからな

 俺が頼んだのはいわゆる『欲張り定食』のようなもので、焼き魚から肉料理、ご飯にいくつかの小皿に入れられた様々な汁物が所狭しとトレイの上に並んでいた。これだけ聞くとボリューム過多にも思えるが、どれもこれもちょうどいい量で提供してくるのだから大したものだった。


 よし、今度はこっちのスープを……うん、これもおいしい。例えるなら少し濃いめのコンソメスープのような感じだろうか?これはこれでパンに合わせたくなってくるな……。


「……やっぱりおいしいわね……肉料理のセンスは変わってなくて安心したわ」

「これは……里と変わらないくらいの鮮度だな……」


 舌鼓を打っているのは二人も同じなようで、俺たちは言葉も交わさずに黙々と料理を楽しんでいる。その様子を、アリシアは嬉しそうに見つめていた。


「うんうん、やはり君たちをここに連れてこられてよかったよ。ここのメニューはどれをとっても一流、加えてお値段も手ごろと来ているからね」


 ボクも食べたくなってしまったよ、なんて言って、アリシアも俺たちに続いて食器を手に取る。一口目を口に入れた瞬間、その顔が満足そうにほころんだ。


「どれとっても美味いってのが凄いよな……専門店って言われても納得するレベルだぞ?」


 これはあくまで俺の感想なのだが、この街の――いや、カレスという世界は料理のクオリティが軒並み高い。もちろんネリンの宿で出た飯も美味かったし、冒険用の保存食もしっかり食事を楽しめるおいしさに仕上がっている。このレストランだって、日本に唐突に出現しても普通に稼ぎが出るくらいのレベルは十分に持っていた。


「すげえ街だな、ここは……」


「ああ、そうだろう?この街は始まりの街でありながら、この世界でも有数の進んだ街だからね」


「この街の快適さに惹かれるあまり、ここを本拠地にするベテラン冒険者もいるって話だしね……テレポートを自前で使えるからこその荒業でしかないわけだけど」


「そんな話もあったねえ。まあ、元からこの街に根を張っているボクにはかなわないわけだが」


「アンタはもう少し外の世界を見る努力をしなさいよ……」


 アリシアの物言いに、ネリンが呆れたようにため息をつく。それを見たアリシアはツンと唇を尖らせて、


「今は書き入れ時だから仕方ないじゃないか。……それに、ボクに外はまだ早いよ」


「まだ早い……?」


「そうともさ。この街には毎日たくさんの人が現れるのに、その人らと関わろうとしないのは非常にもったいないだろう?だからボクはこの街の外に出向かず、新しい出会いを座して待っているという訳さ」


 オウム返しでの質問に、アリシアは大きく頷いてそう答える。それに俺が少し感心していると、隣からボソッとネリンの声が。えーと、なになに……?


「……いいこと言ってるみたいだけど、スタンスはもろ引きこもりのそれだからね?」


 ……確かに。ネリンの主張に対して、俺はぐうの音も出すことができなかった。


「人との出会い……か。これまでどんな人と出会ってきたんだ?」


「それはもうたくさんの人と、だよ。君たちのような組み立てのパーティやら、外の街から仕事をこなしに来た腕利きのパーティまで。ここから冒険に出るパーティはたいていボクのいる店へ立ち寄ることになるからね」


 本当にうってつけの環境だよ、と、ミズネの質問にアリシアはそう答える。確かにコンビニみたいなとこは会話も発生しやすいし、アリシアにとってはめちゃくちゃいい環境なのかもしれないな……


「これからもしばらくはあそこにいるつもりだよ。お金も稼げるし、いろいろな知見も広げられる。一石二鳥とはまさにこのことだね」


「……そういや、凄く堂に入った接客してたもんな」


 今の雰囲気とは似ても似つかない、丁寧な店員さんとしてのアリシアの雰囲気が思い出される。アレは実に見事なものだったが、当のアリシアは『ああ、それか』とそっけない様子だった。


「ここにいるためには必要だと、雇い主である母親に言いつけられていてね。あまり心地のいいものではないが、長年やっていれば慣れも来るというものだよ」


 どんなにいやいやでもね、とアリシアは締めくくり、料理を口へ運ぶ。こうしてしゃべっているうちにも、皆の皿の中はどんどん空へと近づいていた。せっかくのおいしい料理だもんな……のんびり話すのもいいが、しっかり熱いうちに食べなきゃ損ってもんだ。しかし、食べれば当然おいしい料理はなくなっていくわけで――


「……こんなに夢中で食べたの、久しぶりかもしれないわ……」


「私もだ。……うん、いいものを食べさせてもらった」


「ほんとにそうだな……来ようと思わなきゃこの店に来ることはなかったわけだし」


 しばらくした後、俺たちは満腹の状態でそう言葉を交わしていた。もちろん、全員完食だ。あんなおいしいものを前にして、残すなんて選択肢はハナから存在していなかった。


「満足してくれたようで何よりだよ。ボクも社会人だし君たちを誘った身だからね、ここは遠慮なくおごられてくれ……と、言いたいところなんだが」


 そんな俺たちを見回して、アリシアが財布を取り出しながらもにょもにょと言葉を並べる。何かを言い渋るようなその仕草は、今までのアリシアにはなかったものだった。……当然、それに真っ先に食いついたのはネリンだ。


「アンタらしくないわね。……何、お金足りなかったの?」


「あいや、そういう訳ではないんだ。少し、聞いていいものか迷ってしまっていたことがあってね……でもそうだな、そんな態度はボクらしくないか」


 ネリンの問いかけに首を振りながら、何かが吹っ切れたようにアリシアは拳を握りこむ。大きく息を吸って、そして俺たちの方を向き直ると――


「……君たちの話を、聞いてもいいかい?君たちがどう出会って、どういう経緯で今に至るのか。……自分で思っている以上に、ボクはこのことが聞きたくて仕方がないらしい」


 ……少し恥ずかしそうに、アリシアはそう言って両手を合わせた。

ということで、次回で第百話になります!毎日連載ということで比較的小さめの区切りにはなってしまいますが、ここまでヒロトたちの物語を綴ってこられたのはひとえに読者の皆様のおかげです!これからも頑張って書いていきますので、節目となる次回以降もぜひぜひついてきていただければと思います!

――では、また明日の午後六時にお会いしましょう!


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