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それでもキミに恋をした  作者: シェリンカ
第十二章 残したいもの 護りたい人

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3.本当の望み

「あれ? その絵、もうできたんじゃなかった? だからわざわざ持って行ったんでしょ?」

 

 病室に入ってくるなりそう問いかけるひとみちゃんに、俺は背を向けたまま答えた。


「あれとは別だよ……これは文化祭に展示してもらうために描いてんの」

「ふーん」


 近づいてきて俺の背中越しに、キャンバスをのぞきこまれる気配がする。

 

「綺麗な海……」


 歯に衣着せないひとみちゃんの感想だからこそ、その言葉が嬉しかった。

 

「本物に近づいてるならいいけどね……」

「……ここに行ったんだ?」

 

 あえて『いつ』とは言われない。

 でも俺がフェリーターミナルで倒れた時のことを彼女が言ってるんだってことは、わかってる。

 だから俺は聞き返しもしないで答えた。


「うん。綺麗なところだったよ……特に夜の星空は圧巻だった。この街じゃ全然見えないけど、空にはあんなに星があるんだって、生まれて初めて実感した……!」

「ふーん……」


 ひとみちゃんの相槌がなんだかちょっと不機嫌になる。

 真実さんと二人で過ごしたあの夜のことを彼女がどんなふうに受け止めているのかはわからないが、あまりいい感情を持っていないことは確かだろう。

 だから――。

 

「ひとみちゃんのほうはどう? 文化祭の絵……もうできた?」


 さり気なく話題を逸らす。

 

「もちろんよ! 誰かさんと違って、私は夏休みの間もずっと美術室に通ってたんだから……!」

「…………どうもすみません」

 

 フンと笑うと、ひとみちゃんは長い髪を翻して俺に背を向けた。

 

「今坂先輩の超大作の隣に並べるんだから……さっさと丁寧に仕上げなさいよ……!」


 なかなか難しい注文をつけながら、病室から出て行く。

 

「わかった……ありがとう」


 軽く手を上げた次の瞬間には、もうひとみちゃんはいなくなっていて、それを確認してから、俺は力なく腕を下ろした。

 

 ひとみちゃんには悪いが、彼女がいる間は必死に動かしていた絵筆がピタリと止まる。

 実際今朝は、彼女がやって来るまでは、大きなキャンバスの前にただ座って、俺はずっとこうしていたのだ。

 

 様々な色が入り混じった絵の中の海を見ていると、どうしても昨夜のことを思い出す。

 俺を呼ぶ真実さんの声が、耳の奥に残って忘れられない。

 

(真実さん!) 


 立ち止まって名前を呼びさえすれば、すぐに会えるくらいの距離にいたのに、俺はそうできなかった。

 そのことが辛かった。

 

(ほんのちょっとでいいから……顔が見たかったな……)


 彼女の呼びかけに応えて姿を現わすこともできないくせに、自分勝手にそんなことばかりを思う。

 

(俺を探してたってことは、絵には気がついてくれたんだよな……? 喜んでくれたかな? ……やっぱり反応が見れないっていうのは寂しい……)

 

 真実さんの嬉しそうな笑顔なら、これまで何度も何度も見てきたから、まだ頭の中に鮮明に焼きついている。

 それでもやっぱり、実際に見たかったと思わずにはいられない。

 

(無理だね……偶然バッタリ出会う確率なんて、俺がここにいる限りほとんどないんだし……)

 

 ――でも運命の神様はきまぐれだった。

 俺たちに故意にか偶然にか、再会の機会を与えてくれた。

 

 それは甘い雰囲気とはかけ離れた、苦しいものではあったけれど――。



 


 このまま窓際の椅子に座っていても、延々とどうしようもないことを考えてしまうだけで、きっといっこうに作業は進まないだろう。

 俺は無駄な抵抗を断念し、日課にしている散歩に、今日は朝から行くことにした。

 

 ナースステーションの看護師さんたちに一声かけてから階段を下りる。


「ちょっと散歩に出て来ます」

 

 俺に許されている一日一回、三十分限りの外出時間の中で、行ける場所といえば限られている。

 その中でもとりわけお気に入りの場所に向かうことにする。

 

 真実さんと出会ってから、俺は生まれ育ったこの街を、彼女と手を繋いで新鮮な気持ちで歩いて回った。

 その中で彼女が喜んでくれたり、活き活きとした表情を見せてくれたのは、やっぱり自然が色濃く残るような場所だったように思う。

 

 真実さんの故郷に実際に行ってみてよくわかったことだが、彼女はそういう豊かな自然の中で育った人だったのだ。

 時に優しく時に厳しい海と共に、生きてきた人だった。

 

 だから、そんな彼女がこの大きな街でどんなに息苦しかっただろうと、俺にだって想像ができる。

 偶然見つけるまだ自然が残っているような場所に、この上ない笑顔を見せてくれたわけも、今ならもっとよくわかる。

 

 真美さんお得意のお弁当を持って、二人で行ったこともある川原に俺は向かった。

 

 川岸に座りこんで飽きることなく真実さんが見つめていた水面を実際に目にしたら、俺の絵の中の海にも、もっと違う輝きが加えられるかも――と、そんなことを思っていた。

 

 長い土手の道をのんびりと歩いている時、黒い車が俺を追い越していった。

 思わずドキリとしたのは、その車があまりにも速いスピードで駆け抜けていったからばかりではない。

 なんだか見覚えがあったような気がしたからだった。

 

(誰だ……?)


 俺の知りあいで車に乗っている人物なんて、そう多くはない。

 そんな人たちとはなんだか違うような変な胸騒ぎを覚えて、俺は必死で記憶の糸をたどる。


(もしかして……?)

 

 すぐに一番行き着きたくない答えを見出した。


(……あの車!)

 

 まだ真実さんと出会って間もない頃、彼女を送って行った俺の目の前で、アパートの前に横づけされた車を思い出す。

 その車から飛び出して行って、彼女の部屋のドアを無情に叩いた大きな背中を思い出す。

 

 ――体中の血液が、一気に逆流するかと思った。

 

(まさかあの男が……?)

 

 大学を退学して、故郷の町に帰ったと聞いた。

 住んでいたマンションも引き払って、この街にあの男の居場所はないはずだ。

 

 安心できるはずの情報をいくら挙げてみても、俺はいつも本当には納得できなかった。

 あの男が真実さんをもう諦めただなんて、全然信じられなかった。

 

(だってあんなに! ……あんなに執着していたんだ……!)

 

 完全に自分を見失って、真実さんの部屋のドアを叩き続ける狂気じみた背中を、いつまでたっても忘れられない。

 それはひょっとすると、自分の中にも少なからず存在している感情だったからなのかもしれない。

 俺にはどうしても、安心できなかった。

 

 その思いが今、胸の中にまざまざと甦ってくる。

 

(どうか……どうか別人であってくれ!)

 

 祈りも虚しく、はるか前方で急ブレーキをかけて止まった車の運転席から降りてきた人影は、やっぱりあの男だったように見えた。

 

「くそっ!」 

 

 自然と歩く速度が速くなる。

 のんびりと散歩なんて、今となってはもうしていられない。

 

 自分にとっては、心臓の状態が即生死に関わるような今の状況で、無理は絶対にできなかったが、それでもあの男を放っておくこともできなかった。

 どこか不自然に、土手を駆け下りていく姿を目にすればなおさら――。

 

(まさか? ……そんなことはないよな?)

 

 半ば、もう駆けるような勢いで、見下ろした土手の下の川原で、あの男が真実さんに詰め寄っている光景を目にする。

 

 ざわっと全身が総毛だった。

 

(ちきしょう!)

 

 これは、いつか自分の手であの男を罰したいと願ったこともある俺に、与えられたチャンスなのだろうか。

 それとも命を掛けての選択を迫られているのだろうか。

 

 今無理をしたらいけないということはわかってる。

 じゅうぶんすぎるほどにわかっている。

 

 俺にもう次はない。

 これでもう、俺という人間の全てが終わるかもしれない。

 

(――でもそれでも!)

 

 俺は真実さんを守りたかった。

 本当はいつだって、全身全霊をかけて守りたかった。

 

 俺にできる方法でとか。

 できる範囲でとか。

 

 そんな制約もなしに、他の誰でもなく俺が守ってやりたかった。

 だからこれはやっぱり――。

 

(俺に与えられた最後のチャンスだ!) 

 

 思うと同時に駆け出した。

 これまで走ったこともない全力の速さで、思いのままに駆け出した。

 

 あんなに会いたかった人――どうしても守ってあげたい人の元へ。

 全てを捨てて、俺はなりふり構わずに走り出した。


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