晩夏の祭
文芸部の部誌での作品です。今回は特に外部作品のネタとかはありません。
――夏休み。それは本来学生にとって序盤のみ楽しい大連続の休日だ。そんな楽しい時には果たして何をするのがいいだろうか。
俺の名は青山晴矢と言う。そして現在いる場所は俺の祖母の家である。何故かついて来ている友人数名と一緒にだ。
「なあ晴矢、アイス食うか?」
「夜だぞ?」
「そんなの関係ねぇよ」
友人の一人である松田裕也がゴリゴリ君ソーダ味を手渡してくる。当たりが出ればもう一本無料というアイスといえばこれという商品だ。
それはともかく、友人を連れて祖母の家に行くというのはかなり珍しく思う。アニメとかでは当然のように行っているが、実際のところそこまでのことは誰もしない。いや、少数派ではあるが当然のようにしている者もいるのだろうか。
「それで、どうする? 祭りに行くかすぐ横の森に肝試しか」
裕也の言う祭りか肝試しという選択肢は、ここに来る前に事前に何をやるかを計画していた時に決められなかったことだ。昼間はほぼスイカ割りやエアコンの効いた部屋でトランプなどをして過ごしていた。ちなみに言うと俺と裕也以外の友人二名はまだトランプをしている。
「だァー勝てない!」
「勝てないと分かって、なお挑み続けるのは何故だ」
「強者感出るなその言葉」
「強者感ですから」
「うんそうだな!」
トランプのスピードをしている二人。ずっと勝っているのが鈴木香奈で負けているのが弓田翔という名前だ。香奈は俺の幼なじみでこの集団の中で唯一の女子だ。
勝負に負けたことで再度勝負を仕掛ける翔だが、残念ながらそこまでだ。これ以上続けられると祭りか肝試しかを決められなくなる。
俺は食べ終わったゴリゴリ君のはずれ棒をゴミ箱に捨てた後に翔と香奈に割って入りトランプを中断させる。
「そこまで。今からどっちか決めるぞ。あと二時間で祭りか終わるから」
「ちょっと待て男の勝負を邪魔する気か?」
「またの機会に回せってことだ。今回ばかりは態々計画なんて建てたんだからそれに従って貰わないと困る」
「……仕方ないな」
「それじゃあ今回も私の勝ちってことで」
「煽ってんのか?」
香奈の言葉に翔がキレそうになるがとりあえず落ち着かせる。仲が良いのか悪いのかがいまいち分からないペアだ。
「それで、どうする?」
「適当にじゃんけんで負けた人二名が肝試しで勝った残りが祭りでいいんじゃないの?」
「じゃんけんだけで決まる罰ゲームか。中々面白そうだ」
「そんじゃ決まりだな。ってことで早速じゃんけんしようぜ」
じゃぁ〜んけん、という言葉と共に全員が腕を構え、ポンと言うと構えていた拳を軽く前に突き出す。
じゃんけんの結果はと言うと……、
「よしっ!」
「やったー!」
「……裕也よ」
「……ああわかってる。今からお前と手を繋げばいいんだよな」
「いや何勝手に言ってんだそんな縛りないからな!? 手を繋ぐなんてごめんだ!」
じゃんけんで負けたのは裕也と翔。勝ったのは俺と香奈だった。裕也はよっぽど負けたことが悔しかったのか、翔に対してわけのわからない行動をし始める。そんな楽しそうに遊んで何やってんだアイツら。
「ってことでお二人さん頑張ってねー」
「おいふざけるな俺らもそっち側に入れろ!」
「じゃんけんの結果でってことで同意したからそんな要求受け入れられませーん」
「この悪魔! 人でなし! クラゲ! 唐辛子!」
「まあそう言う……ん、最後の二単語は一体どういうことなんだ?」
なんだかんだで俺と香奈を置いて俺の祖母に裕也と翔は連れて行かれた。なんでも、昔からここに住む祖母からこの辺りに伝わる都市伝説や実際にあった怖い話を聞かされた後に森の中に入るのだとか。怖い系が心底苦手な裕也が心配だが、翔がちゃんとしてくれるはずだ。
それから香奈が持って来ていた浴衣に十分程度かけて着替えた後に家を出てお祭り会場へと向かった。
お祭りの会場までは大体徒歩五分と言ったところで特に疲れることも無く到着した。会場は既に人で溢れているが、田舎ということもあって大半がご老人だ。
「さすがはど田舎。子供がすくねぇ」
少なからず子供はいるもののとりあえず若い人達が少ない。一応この地域の一大イベントなんだけどなこの祭り。
「とりあえず適当にお店回ろ!」
「そうれもそうだな。どこ行く?」
「え、私が決めていいの?」
「別に特にここに行きたい店はないしな。香奈が行きたいところでいい」
「んー、わかった。じゃあまずは、あそことかどう?」
そう言って香奈が指さしたのは金魚すくいの屋台。正直金魚をすくって持ち帰るというのは手軽でいいのだが持ち帰ってからが問題だ。一応祖母の家は以前魚を飼っていたこともあって水槽などは揃っている。
まあいいか。祖父が亡くなった今、金魚の一匹や二匹いた方が寂しくもないだろうし。
そして俺と香奈は金魚すくいの店に行き店員に話しかける。
「すみません、二人分お願いします」
「あいよ、六百円……って、晴矢君か。僕のこと覚えてる?」
「覚えてますよ。毎年会ってんですから」
「いやぁ、日に日に大きくなっていく晴矢君を見てると歳をとってるなーって思うよ」
そんな話をしながら俺は手に三百円を持って残り三百円を持っているはずの香奈の方を向く。しかしそこにはやけに焦った様子で何かを探している香奈の姿があった。
……なんとなーくだが、何を探しているのかは予想がつく。この時に取り出そうとする物はただ一つ。
「……財布、忘れたのか?」
「えへへ、そうみたい……」
「落としてはいないのか?」
「うん。確か浴衣に着替えて残高の確認して、そこからお茶を飲んですぐに出たから」
「その時に持ち出し忘れた、と。何やってんだか」
「仕方ないでしょ。早く行くぞなんて言ったのは晴矢なわけだし」
「……はぁ」
俺は自分の財布からもう三百円を出して店員のおっちゃんに渡す。そして金魚すくい道具一式を貰う。
「まあなんだ、今日は俺が払うから気にすんな」
「ふぅー、中々いい雰囲気じゃねえかよー」
正直言うと店員のおっちゃんを今すぐに黙らせたい。だが、その発言に向きになれば余計向こうは調子に乗る。ここは無視案件だ。
それに、まだ後ろにも並んでいる人がいるから迷惑になる前に列からは離れたい。
「……ありがと」
「そういう事だ。早くするぞ」
「うん!」
気を落としていた香奈を立ち直らせ、金魚すくいの道具一式を一つ手渡す。そしてすぐ隣にある金魚が入った水槽を覗き込むようにしゃがみこむ。
「よーし、取るよ!」
そうだ、その笑顔がいい。こんなお祭りに来て悲しい顔なんてして欲しくないからな。祭りに来たとなればちゃんと楽しんで行って欲しい。
「ほら、晴矢も」
「はいはい」
少しぼーっとしていた俺に香奈が話しかけた後に俺は香奈一緒に金魚すくいを始めた。しかしなんと二人とも一匹もすくえないという結果で終わってしまった。
それからは射的や輪投げをしたり、かき氷やフランクフルトなどの食べ物系も買って食べていた。奢りということで俺の所持金も減っていくが、そこは気にしてはいけない。
「……そろそろか」
「ん、何が?」
「よし、ついて来てくれ」
「どこ行くの?」
「とびきりにいい場所だ」
そう言って俺は香奈の手を引いて目的地へと向かう。その間香奈はどこに行くのかとずっと聞いてくるが、それを答えては面白くない。
少し歩いて辿り着いたのは祭りをしている場所から少し離れた展望台。ほんの少しの街灯しかないため少し暗い。
「ここで何するの?」
「まあ見てなって。あと五秒……」
「――?」
五から香奈に聞こえるようにカウントを始めていく。そしてそのカウントがゼロになると同時に……
――爆発音と共に空で綺麗な花びらが散った。
「え?」
その光景を見た香奈は驚きを隠せなかった。あまりにも大きなその花は次々と現れ、そして消えていく。
「打ち上げ花火だ。今年から始めるらしくてな。と言っても、来年もできるかどうかはわかんないらしいけど」
「……綺麗」
こりゃ聞いてねぇな。まあ、花火の音で聞き取りずらいって言うのもあるか。
それにしても、こうやって花火を見るというのは何気に初めてかもしれない。俺が住んでいるのは都会で打ち上げ花火している場所なんて近くにないから。
「ねぇ晴矢」
「なんだ?」
「今日は色々ありがとね」
「どういたしまして」
「あー、やっぱり私って――」
その瞬間、再び何発か花火が上がる。香奈が何かを呟いているように見えるが、読唇術を使えない俺には何を言っているのかはわからなかった。花火の音が鳴り終わってから何を言っていたのかを聞いてみるが、何でもないよと返答された。何か重要そうなことを言っていた気もするが、まあ本人が言いたくないのならば無理に聞くべきではない。
花火が打ち上げ終わると、俺と香奈は元来た道を戻る。今回の祭りでかなり香奈にアプローチで来たとは思うが、果たして香奈は今日のことをどう思っているのだろうか。
そんなことを気にしながら、俺と香奈は祖母の家に帰って行った。
――一方肝試し組はというと……
「離せ今すぐその手を!」
「いやだ頼むから一人にしないでくれ!!」
「手はやめろ、せめて肩にしてくれ!」
「同じでしょうがああ!」
という感じで終始騒がしく暗い森の中を歩いていたという。あれだけ騒いじゃ幽霊がいても近づかないし近づきたくもないだろう。あの時じゃんけんで勝っててよかったと俺は心から思った。
彼氏彼女欲しいなーなんて思ってください