Ep:4 片鱗 *
僕達は草原を走る。ふと後ろを確認すると、馬車の大人が追いかけて来ていた。
「はぁっ、はぁっ……」
息を切らしながら必死に走る。女の子も長い間走って無かったから疲れてる。
走り方は女の子に教えて貰って地下牢の中で鎖でも動ける範囲で練習した。だから少しは分かるけど、体力が持たない……。
「来てる……!」
僕はそう呟いて直ぐに倒れてしまった。
まだあんまり走れてないのに……直ぐに大人が追い付いて来る……。
「起きて! ねぇ!」
女の子が僕の体を揺さぶってるのが分かる……でも、僕にはもう走れる体力が無い……。
「早、く……逃げて……」
「駄目! 一緒にって約束したでしょ!」
そうだ……僕は女の子と約束したのを思い出して、ゆっくりと立ち上がった。
「う、うぅ……」
疲れて視界がおかしくなる。その時、後ろから大きな影が伸びているのに気付いた。
「そんな……」
女の子が怯えて尻餅をついた。
その瞬間、僕の右腕を大きな手が掴む。
「おい! 大人しく戻って来い!」
馬車の大人が追い付いてきていた。
強い力で腕を引っ張られて、足が宙に浮きそうな程持ち上げられた。
「痛い! 離して!」
僕は必死に抗う。
だったら――わざと跳んで、大人の顎に頭をぶつけた。
「あがぁっ……!」
大人は声を上げて手の力を緩める。僕は手から腕を抜いた。大人は持っていた斧を落として後退る。
僕は地面に落ちた斧に近付いた。これが危ない物だと言うのは分かってる。
「この……! お前! こんな事して只で済むと思ってんのか!」
大人の声を聞きながら、僕は斧に手を伸ばす。
「馬鹿か! ずっと地下牢に居たガキが斧なんて持ち上げられる訳――へ……?」
威勢の良かった声が突然腑抜けた声に変わる。
僕の首の痣が体を這う様に伸び右腕を包むと、僕は何故か斧を軽々と持ち上げられた……。
「どういう事……?」
女の子の声……。
「や、止めろ! 化物! ひぃぃっ!」
大人は腰を抜かして後退る。僕は斧を振り上げた。
「止めろぉぉ!」
僕は斧を振った。鈍い音がして紅い血が宙を舞い、飛び散った血が僕の右頬に付く。
斧は大人の首を断ち切っていた。血塗れの斧に、僕の顔が反射していた。
僕は頬に付いた血を拭う。
「死んだ、の……?」
女の子が呟く。その声で僕はふと我に返った……。
「え……? う、おえぇぇ……!」
僕は口を手で押さえて吐く。指の隙間から液体が垂れ、僕は慌てて走った。
近くの水場を探して走る。幸い、近くに川があった。僕はそこで手と口を洗って落ち着く。
「ひ、人を、殺し……!」
自分が怖い。何であんな事をしたのか……
そう考えていると、女の子が近付いて来た。
「大丈夫……?」
「こ、来ないで! 僕じゃない何かが……!」
僕は女の子から距離を取る。
「大丈夫。私達、凄く似てるでしょ? だから、私も多分、その何かを持ってるよ」
女の子はしゃがんで僕の右手を握る。
右腕を覆って伸びていた首の痣は、いつの間にか元に戻っていた。