Ep:3 脱走 *
冷たい石畳が足の裏に当たる。初めての外、これから逃げ出すとしても、少し楽しみだな……。
いつも聞いてる軋む音がして、目の前の扉が開かれる。扉の向こうには階段があり、僕は初めて段差を上った。
階段を上ったそこは小さな建物の中で、ここも薄暗い。
「ここから外だ」
大人がそう言って建物の扉を開ける。その瞬間、眩しい光が扉の隙間から差して来た。
「うわっ……!?」
思わず目を手で隠す。目の奥が痛い……。
「何だ、眩しいのか? そりゃそうか、十三年間も地下牢に居たら目が衰えるな」
目が開けられない……でも、時間を掛けて次第に慣れてきた。目から手を外し、ゆっくりと開ける。
「明るい……これが外……?」
僕は呟いて上を見上げた。普段は薄暗い天井しか見えないけど、そこには青く広がる大きな世界があった。
「これが、空……」
僕は空を見て、周りの緑を見て、見た事の無い建物を見て、色々な物を眺めた。
「早く来い」
その声で我に返り、僕は慌てて付いて行く。
女の子と大人が居るそこには、僕達人間以外の動物が居た。その動物は荷台を引いている。
「もしかして、これが馬……?!」
「そう! これが馬車! これに乗って行くんだよ!」
僕にとっては何もかもが初めて見る物。この大人達には普通かも知れないけど、僕は知らない物ばかりだった。
「ほら、早く乗れ……!」
そう言われて腕を引っ張られる。そのまま僕は馬車の荷台に乗せられた。
「街までは馬車で半日掛かる。それまでそこで大人しくしてろよ」
僕は女の子の隣に座る。この一週間、女の子と沢山作戦を立てた。
街はこの町よりも発展している。だから入るには荷物の確認と、町よりも高い通行税が掛かる。
街に入るのを待ってる他の馬車や大勢の人達が居るから、その隙に逃げる。そう言う寸法。
暫くして、馬の鳴き声が聞こえて馬車が揺れる。幌の隙間から外を覗くと、馬車が動き出していた。
もう長い間走ってるけどまだ着かない。
ふと外を覗くと、青かった空が赤く染まってきていた。
「ねぇ、空が赤いよ……!」
「あれは夕焼けって言うの。空を明るく照らしていた太陽が沈んで、その時に空を赤く照らすの」
「そうなんだ……」
僕はずっと夕焼けを見る。
「静かにしろ、もうすぐ街に着くぞ」
大人がそう言うから、僕は今度は前を見る。
前には僕達以外の馬車が何台も停まっていて、列になって道の先まで伸びていた。その一番後ろで僕達の馬車は停まる。
「そろそろだね……」
僕が囁くと、女の子は小さく頷く。
そして、僕達は静かに馬車から降りて走り出した。
馬車の御者の男が、後ろから微かに物音がするのに気付いた。
「ん、何だ……?」
男は荷台を確認する。そこに忌み子二人の姿は無く、空しくも他の荷物だけが残っていた。
「くそっ! 大人しいと思って油断した! 逃げやがった!」
男は馬車を道端に寄せ、御者席を降りる。
少し離れた草むらを二人の忌み子が駆けている。
男は荷台から薪割り用の斧を手に取り、二人の忌み子を追い駆けた。