できそこないロボット
四月一日。
とうとうウチのクラスにも、『できそこないロボット』がやってきた。
コイツは何ができるかって言うと、実は何もできない。
無機質な真っ白ボディに、所々配線が剥き出しになった胴体。人間を真似て、手や足なんかがついてるけれど、モーター駆動で鈍臭くて、常にゆっくりとしか動けない。走るスピードはカタツムリより遅くて、顔についている『模様』はのっぺりとしていて気持ち悪い。およそ誰にも好かれないようなデザインをしている。
何でそんな、できそこないのロボットを作ったかって?
そりゃあもちろん、『できそこないロボット』の目的はただ一つ。
いじめられっ子の代わりに、『いじめられる』ことだ。
人間が、人間をいじめるのは問題だと言うことで、代わりにロボットをいじめるようになった新世紀。この『ロボット』を生贄にすることで、実際人間同士のいじめは極端に減ったらしい。ロボットには『心』がない。『人』権もない。だからやりたい放題だ。例えば学校で、生徒たちの間で何かトラブルがあった時は、この『ロボット』が割って入ってサンドバッグになってくれる。
残酷?
だけどそれは、外から見てるから言える言葉だ。
いじめられている当人はとにかくこの孤立無援で四面楚歌、罵詈雑言に誹謗中傷の日々を抜け出せるならば、藁でもロボットでも、何にだってすがりたい気分なのだ。
僕もそうだった。
ゴミ捨て場で、肘の関節を逆方向に曲げられ、『ジジジジ……』なんて機械音を飛ばしている『できそこないロボット』を見下ろして、僕はホッと胸を撫で下ろした。
もし『できそこないロボット』がいなかったら、こうなっていたのは僕の方だった。
僕もポンコツで『できそこない』の部類だったけれど、僕より『できそこない』がやって来てくれたおかげで、いじめのターゲットは『ロボット』に移った。
本当に、ありがとう。『ロボット』には感謝の気持ちしかない。
それなのに、僕の両目からは、なぜかポロポロと冷たい涙がこぼれ落ちた。嬉しい時に泣くだなんて、やっぱり僕も『できそこない』には違いないのだろう。
だけどそんなシアワセな日々も……残念ながらそう長くは続かなかった。
そのうちいじめっ子たちは、『できそこないロボット』に飽きたのだ。
いじめってのは大体、相手の反応を見て愉しんでいるところがある。
いじめる相手が泣き出したり怒り出したり、何もできずにオロオロしている様を見ては悦んでいるのだ。
その点『できそこないロボット』には、『心』がなかった。
殴っても顔色一つ変えない相手では、殴りがいが無くなってしまったのだろう。そんな訳で、再びいじめのターゲットは反応の良い人間に戻った。
『ロボット』を開発していた大人たちも何とか状況を打開しようと、『できそこないロボット』に電気信号の感情表現をつけた。これがまずかった。今度は泣き叫ぶ『ロボット』を見て、『ロボットが可哀想』と主張する人たちが現れた。
『ロボットにも人権を!』
……こうして『できそこない』だった『ロボット』たちは強化され、どんどんスタイリッシュになっていった。誰にでも好かれるフォルム。ジェット噴射で誰よりも早く飛び、万が一攻撃を受けたら防衛する機能もしっかり整備された。例えば学校で、生徒たちの間で何かトラブルがあった時は、この『ロボット』が割って入ってトラブルを解決する。『できそこない』から一転、彼らはいじめに立ち向かう英雄にまで成り上がった。
だけど忘れちゃいけないのは……『ロボット』の『心』は、あくまで数字の上での話だってことだ。
相手の心拍数がどうとか、サーモグラフィーの数値がどうとか……彼らの判断基準は、計測した値が全てなのだ。ある一定の基準を超えてしまうと、『ロボット』は容赦無く攻撃態勢に入る。横断歩道で、どれだけ歩くのが遅い老人がいても、時間がくれば無慈悲に信号が青から赤に切り替わるのと同じだ。それを許可したのは、他ならぬ人間だった。
こうして僕らは、『心あるロボット』の機嫌を損ねないように生きざるを得なくなった。信号が青から赤に切り替わらないように、みんなロボットの目を気にしながら過ごしていた。
そうして、明くる年の四月一日。
とうとうウチのクラスにも、再び『できそこないロボット』がやってきた。
『ロボット』が人間を制裁するのはやはり問題だと言うことで、『ロボット』にやられる用の『できそこないロボット』が開発されたのだ。
『ロボット』が『ロボット』をいじめる時代の幕開けである。
僕はゴミ捨て場で、肘の取れた『できそこないロボット』の横に腰を下ろして、真っ青な空を見上げた。青い空を見上げる僕の両目からは、あいにくもう何も溢れて来やしなかった。悲しい時に涙の一つも出ないだなんて、やっぱり僕も『できそこない』なんだろう。だけど『できそこない』にも、できることがひとつあるとすれば、それは『できない』ってことだ。僕はやっぱり、このロボットをこのまま見殺しにはできない。できないってことに関しては、『できそこない』の右に出るものはきっといないだろう。
やがて西の向こうからやってくる、夕焼けの紅に空が染まりきってしまうその前に……僕は壊れた『できそこないロボット』を何とかゴミの山から引っ張り出し、彼を引きずりながら家路に着くのだった。