みかんはお好き?ヘタ食べる?白いとこ燃やす?
先に言っておきますが、ケーレさんが過去に何を食べたのかという描写があります。
絶対に試してはいけません。
危険です。
お腹を壊して病院に行きたくなければやってはいけません。
この物語はフィクションであり、この話の描写よりも更に凄惨な事態になる可能性があります。
再度警告しますが、過去にケーレさんが食べたモノを同じようにして食べてはいけません。
ケーレは戸惑っていた。目の前の少女が何語を話しているのか分からなかったのだ。いや、分かったのかもしれぬが、唐突過ぎて脳の思考回路が噛み合わなかったのだろう、彼女は口をぱくぱくする。
まず思い付いた言語を1つ。
「あ、あー、えー、へ、へろー?」
「…?」
英語は通じなかっ
「Well,you always speak English,don't you?」
通じたがケーレには理解の範疇を超えていた。まず第一、ケーレ自身が英語なんか使わんしー別にやらなくて良いしーとか言って何もしなかったのが悪い。外国人と何かあったら英語で喋るのが普通だろう。これでどちらも英語を理解できなかったら何もできぬいが、大抵の場合どちらかは喋れるだろう。片言であっても、国名を連呼すればその人の言語は分かる。そこから相互的な理解は始まるのだ。結論、ケーレは選択を誤ったのだ。
わたわたするケーレに少女は首をこてんと傾げる。そして、再びケーレへ話しかける。
「あー、と。…もしかしてドイツ語?」
「「「「「ふぁっ!?」」」」」
未知の言語と英語に続き、ドイツ語でも少女は話し始めた。バイリンガルかトリリンガルかベンガルトラかは知らんけど、それはそこの皆を混乱させるには十分過ぎた。
少女はぐぎゅるるぅぁるるるー、とお腹を鳴らし、しかし凛とした表情のまま言い放つ。
「私はパラーチ。生まれはロシア、育ちもロシア。肌の色は生まれつき、髪の色も生まれつき。最近の特技というか習慣は絶食にならざるを得なかった…食べていいんだよね?」
「「「あ、はい」」」
ばぁん!とポーズを決めて自己紹介する少女、改めパラーチ。聞いていないことをも話してくれるので、聞きたいことは大体分かってしまった。しかし空腹には耐えられず、盛大にお腹を鳴らして椅子に座る。
ではでは、と断りを入れてスプーンを持つパラーチ。その目は爛々と輝いており、目の前のスープを穴が空くほどに見つめ続けている。そしてさらさらとした液体を掬い、琥珀色の玉ねぎを口へ運ぶ。
「っ!」
瞬間、彼女の目は限界まで開かれ、弓のように身体をしならせて歓喜を表す。
「この玉ねぎの溶け具合、それによる香りととろみ、更にそれに上乗せされたレモングラスのさっぱりとした風味!久し振りの有機質が身体中に染み渡る!そして何より、身体の弱い病人に向けたかのような、火傷をせず飽きもさせぬ丁度良い温度!ナトリウムと塩分の不足を見越した少し過剰な、これは岩塩!全てが調和し混じり合って生まれたこの優しい旨味!」
一息で言い終わると、パンを摘まんで浸す。じわぁ、とスープをゆっくり吸っていくパンに仄かな温度が灯る。ぴちょん、ぴちょん、と数滴を滴らせながら、パラーチはその至高の一口を小さな唇の間へと滑り込ませる。
ちゅるん、と静かにパンが吸い込まれ、微細な雫が宙を舞う。飴色になった玉ねぎの甘味が空気へと溶け出し、部屋中が甘く包まれる。少ししょっぱい、それだけ彼女を想って作られた一品はパラーチの舌を滑らかに舞い躍り、歯にそれを拒まれて小麦の香りの汁を出す。軽く口の中で弄ばれると、パンは小さな舌で喉へと押し込まれてするりと流れ落ちる。
「ふわぁ…」
思わず恍惚の表情を出したパラーチに、周囲の心は1つとなった。
(((((((可愛いは正義)))))))
当然、異論は認められなかった。
ぺろりんちょと完食し、パラーチはお腹をさする。そんなに食べたわけではぬい、しかし満足感が凄まじいものだった。ケーレがお皿を下げようとすると、彼女は問いかける。
「このスープは君が?」
「え、あ、うん。私が」
「…君の名前を聞かせてもらおうっ!」
「ふにゃっ!?あ、どうもケーレです。よろしく」
「ドーモ、ケーレ=サン。パラーチデス。美味しかったよ」
時々謎のイントネーションを使って話を強調するパラーチ。どこかで聞いたことがある気がするが、ケーレは全く思い出せずにいた。両手をインドや東方の挨拶でするように合わせて料理に感謝すると、パラーチは妙に片言気味にしていたのを直してケーレに向き直る。
「で、ケーレ。お礼がしたいんだけど…もしかして私を助けてくれたのはケーレじゃなくてむこうの皆様?」
パラーチは自分にご飯を作ってくれたケーレだけでなく、自分を助けてくれた人にもお礼をしようと考えていた。しかしどちらもケーレであったと知り、うっ、と胸を押さえる。
「…これはもう、お嫁に行くしか?」
「ふぁっ!?い、いいいいや、いらにゃいよ!?私はどちらかと言えばお嫁さんになりたい!」
「冗談だ」
「ふにゃっ!?」
ケーレが中々にからかい甲斐を持つことを察し、パラーチは薄く頬を染めながら爆弾発言を落とす。周りのおばさま達はすぐに沸き立った。そしてワインをぐびり。酒の肴か。
百合畑が広がりそうになったり、その後パラーチが着せ替え人形になりかけたりもしたが、騒ぎは一通り収まって再びいつもの朝が過ぎ始める。ケーレは自室にパラーチを招き入れ、色々と事情を聞くことにした。
丁度そこにみかんがあり、パラーチに1つ渡して自分も1つを手に取った。みかんは良い。橙色の中に少し萎れたヘタがちょこんと乗っかっているのがなんとも言えぬ可愛さを孕んでいる。いつものようにヘタの裏のへその所に親指をぶちこむと、みしみしと微かに音を鳴らして皮を剥いていく。そしてざっくりと出てきたみかんの薄皮から白いとこを少しずつ剥いでいく。
パラーチは徐に手に取ったみかんを同じように剥き、皮を取り去った時点で一口で丸ごと口に押し込む。
「いやいや待って待って」
目の前で起こった摩訶不思議な事象にケーレは目を擦る。目を開けてパラーチの口を見ると、みかんが丸ごと1つ入っているかのように頬が膨らんで栗鼠みたいになっててかわいげふんげふん、大変遺憾に感じた。大体みかんを丸ごと食べるのは良いとしよう。そういう人もいる。
「しかし私としてはみかんの白いとこは取って食べなきゃダメなんですね!」
「いきなりどうした?」
大声を上げてみかんを掴むケーレ。目には光が存在せず、瞳孔も開ききっているように見える。
びしっ!とパラーチを指して叫ぶ。
「何で白いとこを取らんのだぁ!」
「もったいぬい」
「絶対に人生に要らんだろうがぁ!」
「いるかもしれぬい」
「お裁縫はぁ!」
「縫い縫い」
「みかんの白いとこはぁ!」
「食べる」
「ああああああ貴様ぁ!」
ケーレは頭を抱え、崩れ落ちる。何故白いとこを取ろうとしねぇんだこのロシアっ子!あれか、雪で白いのは慣れてんのか!許さねぇぞ!白いとこは取るしかねぇだろ!
じたばたしている彼女にパラーチがぽつりと呟く。
「…白いとこってさ」
「あぁ!?」
がるるるうっ!と唸るケーレ。ころころ転がってパラーチへと近寄る。
「維管束って言うんだよ、確か」
「それが!?」
下からくわっ!と目を見開いて叫ぶケーレ。額には青筋が浮かんでいる。お年頃の女子がしていい表情とは言えぬい。
「食物繊維が主成分なんだよね」
「で!?」
食物繊維といえばおいもとかキャベツとかである。なんならあれは消化しにくい多糖類なのでそこら辺の雑草でも効果はあるかもしれぬい。しかし変な植物を口にするのは危険なので、植物図鑑か専門家をお供にして漁ってもらいたい。ケーレは以前そこら辺の草を食べて、滅茶苦茶苦い上に排気ガスを吸って育ったからか気持ちが悪くなってしまい、げろりんちょをしたことがある。それ以来ケーレはちゃんと調べるようになったのだが。
「便秘改善効果とかあるかもね」
「そうですか!それで!?」
残念ながらケーレのお腹は銅で出来ているかの如く強靭である。しかし銅でも溶けることはあるので注意は必要である。大体ケーレがおかしいのには変わりぬいが、1度この子はバナナを皮ごと食べておトイレが大変なことになった。流石にこの時はバナナの皮は食べちゃダメだ、と分かったらしいが、その後、どうにかして美味しく食べれんかとかを数年に渡って考え続けている。この前は皮ごとバナナジュースを飲んで下痢になっていた。馬鹿かな。
「あと髪の艶が良くなる」
「わかった」
真顔になったケーレは剥いていたみかんから剥ぎ取った白いとこをざばーっと飲み込み、もっちゃもっちゃと噛んでごっくんする。
「いや、冗談だけど」
「てめぇ表出ろや?」
「嫌」
「このアマぁ!」
ケーレは乗せられやすい、そうパラーチは確信した。ケーレがパラーチのオモチャに決定した瞬間だった。
流石にバナナを皮ごと食べる奴なんか…
ケーレ「経験者は語る」
いますね。
パラーチ「君は馬鹿だね?」