異世界でよくあると思ったら普通に近所で起こってしまった出会い
どうもこんちは。
おかずにぴったりのお話となっております。
今、席から腰を浮かしたそこの貴方は心が汚れております。
ご飯の前に、是非どうぞ。
ドイツの某町。とあるマンションの一室から制服を着た女性が出てくる。扉に鍵をかけてから、彼女は階段を降りていく。
彼女はケーレ。少し背伸びをして髪を青く染めた彼女は、調理師免許を獲るために、専門学校で日々食材達と向き合ってきた。地元から出て都会に来た彼女は、未だにこの町の道を歩くときに心が踊る。
数日ぶりに休日を迎えた彼女は、町の近くにある森へと向かう。この町に惹かれた理由の1つがこの森であり、山菜や茸に慣れ親しんできた彼女にとっては気分転換にはもってこいの場所となっていた。尤も、気分転換がいつの間にか野草収集になるが。その時はその時で帰ってから美味しく頂くのが彼女の休日の過ごし方であった。
森林浴ということで歩いて森の中に入ると、すぐに早朝の小鳥の囀りが聞こえてくる。春には様々な小鳥がこの森へやってくることをケーレは町に来て早々に知った。初めの数週間はずっと森に入り浸っており、ホクホク顔で大量の野草を手にする姿がすぐに近所の話題になった。『野草姫』だの『青髪の採集家』だのと色々と言われたが、彼女の作ったスープを飲んだ近所のおばさま達は真顔になって教えを請いた。ケーレは自分の知る調理法を教えながら新しい料理を教わり、更に腕を上げていった。
そう、今日も、彼女は春の山菜を探しに行った。確かにおばさま達も、大きなカゴを手にしてスキップするケーレを見送った。
しかし、彼女は少女を背負ってすぐに町に戻ってきた。
何があった。
おばさま達は鍋やグラス、半分になったワインボトルなどを持って慌てて駆け寄る。朝からワインを飲むのか。ケーレの元へと数人が駆け寄ると、それを見た数人が集まり、そして数十名のおばさま達が集まってきた。早朝から謎のおばさま達の集会である。
ケーレが既にカゴの半分を草の新芽で埋め尽くしているのに驚きながら、彼女から話を聞く。
「この子が気を失って倒れてるのを見つけて、慌てて拾ってきました」
「「「「捨て猫かな?」」」」
少女を見ると、頬が痩けて肌も茶色く汚れてしまっている。服は破れ、意味を成さなくなる寸前となっており、右肩や背中に入っている切れ込みから山で迷っていた事が察せられる。互いに少女の顔を確認するが、誰1人として少女の顔を知る者がいぬい。
とりあえず少女をシャワーに入れさせることになり、近くの家の風呂場を借りることとなった。唐突に雪崩れ込んできた近所の主婦達に家族は2度見し、更に見知らぬ少女の姿に顎を外す。そして一切覗くことを禁じられ、目が点になった。
服を脱がし、少女の身体をシャワーの温水で流す。ボディーソープで身体に付いた泥や土を落とすと、少女の肌がビターチョコレートのような茶褐色であることが判明する。髪を洗い、こびりついていた汚れを洗い流すと、肌と全く異なる、綺麗な白髪が広がった。そのコントラストに皆が驚きどんな服を着させるべきかを一斉に相談し始める。勿論本人は気を失っているため意思の尊重など考えられてはいぬい。
バスタオルで水を拭き取ってドライヤーで髪を乾かし、とりあえず娘の服を借りて着させる。起伏の誇張が少々であった少女は部屋のベッドで寝かされて、彼女が起きるのを待つことになった。
ケーレはその様子を聞き、厨房を借りて簡易的な食事を作り始める。材料は勿論、採りたての新芽達と朝御飯の残りである。突然厨房に立って腕捲りをする青髪の少女に、家族は目を瞬かせる。
ケーレは思案する。恐らく少女はエネルギー不足だ、しかしいきなり重たい物を食べさせると消化器官が上手く働かぬいだろう。ならば、正解は雑炊のような柔らかく食べやすい物だ。丁度朝食用の白パンが数枚あるし、ちょっとばかし拝借して、新芽のスープを作って浸そう。昨晩の残りであろうオニオンスープをこの家の厨房主が出してくれたのでありがたく使わせてもらう。
まず、スープを弱火で温める。十分に温まるまでに新芽、野草を選別する。これは滋養強壮、これは香り付け、これはお茶に使える、これは…雑草だった。ぽいっ。
火を中火に変えて、選別した物を茎、葉脈の硬いものからスープへ入れる。ちょっとした香り付けに、そこら辺に自生してたレモングラスを入れる。後は何だろうか、たんぱく質として卵でも入れようか。卵を数個、片手で割って…いや待て。アレルギーがあるかもしれん…。とりあえずスクランブルエッグにでもして、食べれたら食べてもらう、で良いだろう。小腹用に自分で食べるのもありかな。
そうこう考える内にスープから泡が出てくる。味を見て、少々の塩を加える。胡椒まで入れてしまうと噎せるかと思って、岩塩を少し入れる。人参にお玉を重ねて軽く潰し、火の通り具合を感覚で確かめる。しかし沸騰中のために上手くいかず、結局1つを齧る。中々に良い柔らかさ、でももう少し煮込んでおこうかな。そう感じて火を弱火に戻してかき混ぜる。ことことと音を鳴らして腹の虫を突っつくかのような香りが漂う。さっきから見ていた周りのおばさま達は、冷蔵庫から振る舞われたソーセージをぽりぽりと食べ始めた。そしてワインをぐびり。だから朝っぱらから飲むな。
スープがしっかりと温まり、玉ねぎが半分程溶け込んできた辺りで火を止める。あまり熱すぎても舌を火傷するかもわかんぬい、じゃあまあぬるめにしておくのが良いだろう。白パンを切って一口サイズにしてお皿に並べる。とりあえず手でつんつんするとふにふにであり、柔らかく食べやすい物であると感じられた。これで準備は出来たかな?
スープが程よくぬるめになった所で、おばさま達からざわめきの声が上がる。恐らく少女が目覚めたのだろう。スープを器に盛り付けて、そちらへ向かう。すると、1人分のあどけなさそうな声が聞こえる。
「ん…ふぁあぁあ…」
起きたみたいだな、と確信を持ってテーブルに器を置き、ケーレは空気を読んでそこを退いてくれたご家族の皆さんに、すいません!とぺこりんちょする。気にしぬいで、と苦笑いをする皆さんにもう一度ぺこりんちょする彼女だったが、腰の作る角度がほぼゼロとなっていたため寧ろ皆さんは引き顔になっていた。柔らかいのはパンだけではなかった。
ふらふらと立ち上がった少女に周囲が心配の声をかける。恐らく本格的にエネルギー不足なのだろう。おばさま達は彼女に肩を貸してモノを食べられそうか、などを聞いていく。グッジョブではあるが、少女は眠たげな眼で首を傾げるのみであった。しかし鼻をひくひくさせるといい匂いが嗅ぎとれたのか、そちらへとてくてくと歩き出す。
少女はテーブルの前に立ち、湯気を仄かに立てる玉ねぎの香りのスープを凝視した。
「…どうぞ?」
ケーレが手を出してにこやかに微笑むと、少女は椅子を引いて座り、答えた。
「…СПАСИБО」
「「「「「にゃっ!?」」」」」
最初にケーレ達の前に立ち塞がったのは、言語の壁であった。
なお、このお話に出てくるお料理は(ほぼ)全て作者が適当に作ったモノです。
もし作ってみたという方がいらっしゃいましたら、感想欄でレシピと改良点を載せて下さい。
機会があればこの子達に食べさせますので。
何だか妙に楽しい。