とある深い森の中で
どうもニリとんです。
唐突に思い付いたので忘れぬうちに何話か作っておきます。
このシリーズはご飯要素を上げていきたいです。
静かな森に、轟音が響く。
金属の打ち合う音が鳴り、森の一部が薙ぎ倒される。
豪、と地を揺らして、紫色の光線が伸びる。
木々の合間から鳥達が飛び立ち、音の主から離れていく。放射状に広がっていく鳥の群れは、巻き込まれないように可能な限りに遠ざかる。
そして、中心から闇色のドームが顕れる。
やがて闇が晴れると、そこで紫焉色の大蜥蜴が尾を振るった。
木々は薙ぎ倒されて吹き飛ぶが、鈍く光る鱗は傷1つついていぬい。
咆哮を上げると、蜥蜴は大口を開ける。
深紅の舌の上に淡い闇色の光が収束していき、数秒も経たずに蜥蜴の顎から球が溢れそうになる。
蜥蜴は大きく身体をくねらせると、目の前に向けて紫焉乃崩壊光を放出する。立ちはだかる全てを灰塵と化す破壊の一閃は、森林を大きく穿った。
その痕から、小さな影が飛び出てくる。
白髪を靡かせ、ソレは蜥蜴に向けて跳躍する。
おおよそ尋常なモノでぬいその跳躍に、蜥蜴は太い腕を伸ばして対向する。迫る鉤爪をソレは蹴り飛ばし、勢いを増して蜥蜴の尾へと突貫する。尾の付け根に程近い箇所に大穴を開けられた蜥蜴は、憎々しげにソレを睨み付け、唸る。
『…私に挑んでくるとは舐められたモノだと言った。しかし取り消そう、貴様は我の敵だ。改めて、排除させて貰おう』
紅い瞳を煌めかせて、蜥蜴はソレへと迫る。その速度は今までの比では無く、青白い皮膜の張られた翼で滑らかに、かつ高速で空を動く。
蜥蜴が腕を振りかぶると、ソレは右肩を前に出して足を止める。
『…私には、蜥蜴は、家畜にしか見れぬい』
ソレは口を開き、蜥蜴を青色の瞳で見据える。褐色肌の、まだ少しあどけない顔立ちに蜥蜴のどす黒い紫の体液がへばり着き、何処か妖艶に見えた。
ソレは蜥蜴の腕を見た。
いや、視た。
『…ひれ伏せ。重瞳、解放乃壱』
ソレの右肩の、縦長の切れ目から重瞳が顕れる。
通常では有り得ぬ位置に生じた眼球には瞳が双つあった。ぱっくりと割れたその右肩から覗く重瞳はぎょろぎょろと周囲を見回し、寸前に迫った鉤爪を見据える。瞬間、蜥蜴の腕から粉が吹き出す。
違う、そうではなく、蜥蜴の腕がぼろぼろに崩壊しているのだ。
『ッ、貴様!』
蜥蜴は腕を引き、そして警戒を高めてソレを睨む。
『その力、そしてその右肩、我はそんな理を無視する能力など…』
蜥蜴が言葉を詰まらせる。
『まさか、貴様…!』
蜥蜴は一気に後退すると、翼を広げてソレへと全力で紫焉乃崩壊光を放つ。
ソレは表情も無く右肩を前に出して歩き出す。その様子は正しく王であった。
『ん、Хорошо…。でもまだまだ』
流暢なロシア語を口にし、ソレは蜥蜴の放つ光線へと歩を進めた。
右肩の寸前まで光線が至った瞬間、ソレに肉薄していたその光線は霧散した。
ソレが蜥蜴の姿を確認しようとするが、既にそこに蜥蜴の姿は無かった。
静かに空を滑って蜥蜴はソレに迫り、背後からゼロ距離で息吹を放とうと口を開ける。
『まだまだ、だって。サヨナラ』
振り向きもせず、ソレは呟いた。そして背中の服をずらす。
その背中からは大きな割れ目が覗いており、そこには蜥蜴をじっと見つめる大きな瞳がある。その2つの瞳の奥に見える底知れぬ深淵は蜥蜴を呑むように存在している。
嗚呼、このような人智を越えた圧倒的なまでの恐怖は今までに感じたこと、聞いたことすらぬいであろう!
讚美せよ!畏怖せよ!崇拝せよ!狂信せよ!
そうだ!
さスればおマエも!
我々 二 ナルノ ダ!
蜥蜴の脳は、流れ込む腐敗したかのような超越的汚染洗脳に汚され、思考、そして全身の感覚が一瞬刈り取られた。
最期に残る朦朧とした意識を振り絞り、蜥蜴はソレに、自分を染め上げた少女の風貌の化け物に正体を尋ねた。
『貴様、その重瞳…。最期に、名を聞かせてもらいたい』
ソレは、変わらずに無表情で伝えた。
『…処刑人』
自らを下した重瞳の主の名を聞き、蜥蜴は鼻で嗤う。
『処刑人、か。冗談にしては下手だが…、まあ、良いだろう』
蜥蜴はアメジストの太く鋭い角をそちらに向け、パラーチへ告げる。
『我が力、貴様に託そう。上に挑むなら、それが最適だ』
蜥蜴は闇となって空へと消え去り、宝石の角で出来たネックレスが残る。蜥蜴の金色の血管が皹のように走り、装飾品として申し分の無さそうな一品だった。
パラーチは右肩の眼を閉じ、服を整える。そして、戦場だった場所に腰を下ろして溜め息を吐いた。
『…上って何なの…変なもの託されたし…』
腕試しに来ただけだった彼女はそう呟くと、正面から倒れる。周囲へと唸り声のような音を響かせ、パラーチは呻く。
目の前にあるネックレスを見て、一言。
『…食べれるのかな…?』
ガリガリと音を立ててネックレスに齧りつくパラーチ。一心不乱な形相に、戦闘を伺いに来た周囲の動物達は一様に後退りした。その後ろ足が枯れ枝をへし折り、乾いた音がパラーチの耳へと入る。枝を踏んだトナカイは顔を青くして硬直した。
『…にく…。…たべほーだい…ヴァイキング…ちなみにここはシベリア…そんな人々は存在してにゃい』
冗談を言いながらアメジストを欠片も残さずに完食したパラーチが立ち上がる。ゆらりと亡霊のように立ち上がった彼女は、トナカイを見て疾走する。
『頂きます』
再び森が騒然とした。トナカイ達が一斉に逃げ出す。処刑人は涎を撒き散らして彼等を追いかけ、突撃の声を上げる。
『Урааааааааааа!』
このあと、トナカイ達は数匹も残らず平らげられた。
どうでもいいですけど、この蜥蜴君はオリジナルクトゥルフシナリオのボスです。
名乗らずに最期まで蜥蜴だった彼の名前は<虚の破壊龍ジャヴァウォック>です。
…蜥蜴?