異世界で勇者と妹と母親と。
「勇者と魔王様は相打ちになったらしい」
男はカーテンを閉めながら、そう呟いた。
それを聞いた女は首を振る。
「いえ、あの子は生きているわ。死ぬわけがない」
「相手は魔王様なんだぞ」
「そうね、でもあの子は勇者だから」
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少し前、名もない農村で「勇者」のスキルを持ったものが産まれた。
「勇者」は10才になるかならないかの内に、世界を闇に陥れている魔王を討つ為に旅立った。
勇者は魔王を倒しに、魔界まで追っていき行方不明になった。
瘴気は消えたから、魔王と相討ちになったのでは、という噂が流れた。
魔族は統率を失い、各地に散り散りになった。
それから、女は勇者である我が子を待っている。
生きている、と信じているのだ。
夫はといえば、魔族の一人と戦って死んでしまっていた。
その隙を狙う男が女の家に入り込んでいた。
男は魔族だったが、女に強く惹かれるものがあったのだ。
女は何故か男を拒まない。
「ふふふ」
ふと笑う女を男が抱きしめる。
「何故笑う?」
男の当然の疑問に、女は首を振る。
「いえ、ただね。あの子の弟か妹がほしいかな、と思って」
「それはおねだり、という事かな」
「ふふ、そうよ」
女はそれから程なくして可愛い女の子を産んだ。
魔族の男はもちろん自分の子なので可愛がった。
それからさらに数年が流れた。
ある日、女の子が魔族に向かって光魔法を放った。
突然の事で、魔族には反撃する間もなく浄化され消え去った。
魔王というわけでもなかったので、圧倒的な光の魔法の前には存在できなかった。
今まで、光魔法を使わなかったから分からなかったが、女の子は「聖女」のスキル持ちだったのだ。
「お母しゃん、お兄たんを連れてくるね」
「よろしくね。お弁当はこれよ」
勇者の妹は、小さい手に弁当を持って旅だった。
数日のうちに魔界の魔王が住んでいた神殿に辿りつく。
神殿の床には、傷だらけの勇者が横たわっていた。
最後の力を振り絞ったのか、光るバリアのような繭で全身が包まれている。
力を使い切って動けないのだろう。
勇者の妹はどうしたらいいのか、分かっていた。
小さい手を勇者に向かってかざすと、みるみるうちに勇者の傷がふさがるのだった。
勇者は目を覚まし、自分の妹と手を繋いで魔界を後にした。
そして母親は、帰ってきた我が子たちを抱きしめることができた。
女は我が子がいれば満足だった。
女は村のはずれに住んでいて、変わった男しか寄ってこない。
名もない農村では、その女のスキルは誰も知らない。
母親だけが分かっているスキルは、「聖母」のスキルだった。
読んで下さってありがとうございます。時々、こういう淡々とした話を書きたいので書きました。