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しあわせバトン

しあわせって遠くて近い

作者: 三稜 諒

 始めて二週間目になるコンビニのバイトもそろそろ慣れてきた。

 バックヤードでペットボトルの補充を済ませ、混み始めてきた店内に戻る。

「お待ちの方こちらへどーぞー」

 レジに入るとすぐ後ろで待っていた女性に割り込むようにおばさんがカゴを置いた。

「あちらの方が先にお待ちになっていましたので……」

 とりあえず注意はしてみたけど、舌打ちで返された。おいおいマナーがなってないな、おばさん。とっとと後ろへ並べ?

 すると女性は困った顔をしておばさんを優先するように手で促した。

 しょうがないので、軽く会釈をしてからおばさんの商品をとっととレジに通していく。「七百三十五円になります」

 おばさんは十円玉をジャラジャラ出した挙句、電気料金の払込書を出してきた。あぁもう、本当に面倒くさいな!


 やっとおばさんを送り出して、割り込まれた女性のお会計に取り掛かる。

 電気料金の支払いもあったせいで、当初の予定よりだいぶ遅くなってしまった。

「大変お待たせいたしました」

 すると女性はにこりと笑って首を振った。あぁ、いい人だ。

 ついでなのでレジ横に置いてある今日発売のチョコレートを薦めてみる。

「じゃあこれもお願いします」

 女性はチョコレートを一つとり、おれに手渡してきた。うーん、さっきのおばさんのあとなのでなんだか天使に見えてきた。

「で、拓くんは何時までお仕事なの?」

 ……はい?

 なんで名前知ってんだ?名札は苗字だけだよな?おれこんな可愛い子しらないぞ?

「あと三十分ですが……?」

 思考回路が完全に停止してしまったおれは、バカ正直に答えていた。

「そっか。じゃあ向かいのファミレスで待ってるから一緒にご飯たべよう?」

 気がついたらコクコクと頷いていた。




 それにしても──知り合いにあんな子いたか?

 ロッカーで着替えをしながら今までの人生ファイルを脳内検索していく。

 が、まったくヒットしない。

 そもそもおれは男子校出身で、大学に入ってからもサークルにも入らずバイトに励んでいるため女性の知り合いなんてほぼ皆無。

 同級生に女の子がいたのは小・中学生の頃だが、大学は地元ではないのでその可能性は低い。

 延々考えてもまったく正体の検討もつけられないまま、おれはファミレスへ向かったのだった。


「あ、拓くんこっちこっち」

 彼女が小さく手を振っている。

「……あの、」

 うん、もうしょうがない。潔く謝って聞いてしまおう。

「すみません、どこかでお会いしました、か……?」

 すると彼女はきょとんとおれを見た。

「え?もしかしてあたしのこと分からない?」

 えぇ全く。

 しかも、この口調分かって当然みたいな感じじゃないか?

「うそー!あたし、すぐに分かったのに……」

 ちょっと悲しそうな顔をしてすぐに「まぁ、しょうがないか」とつぶやいた。

「十年ぶりだもんなぁ。でも従姉の顔くらい普通覚えてない?」

 はい?

「拓くんのお父さんの妹の娘だってばー」

「亜衣子叔母さんの娘って……まさか、佳奈美姉ちゃん?!」

 あたりーと指差しながら、記憶上では三つ年上の従姉は笑った。

「で、拓くんは今何してるの?フリーター?」

「いや。大学生です」

 まだ若干信じられない心地で問われるままに答える。

 だって、佳奈美姉ちゃんって割と地味な印象だったはず。

 それがこんなに可愛い子に成長するか?あぁ、年上だっけ。でも女の子っていう範疇で全然おさまる雰囲気。

「で、その……佳奈美姉ちゃんは……」

「んー、姉ちゃんはいやだなぁ」

 サラダをつつきながら、ダメ出しされる。

「えぇと……じゃあ、佳奈美さん?」

「呼び捨てか、佳奈美ちゃんがいいなぁ。ついでに敬語も嫌だなぁ」

 と、二度目のダメ出しをされた。

「──佳奈美ちゃんは?ここで何してるの?」

「ふつーに会社員よー。そっかー拓くんは大学生かぁ。何年生?」

「四年生。だから、さっきのコンビニは三月まで」

 そう。就職氷河期真っ只中でつい先日まで就職活動で手一杯だったのだが、先月ついに就職先が決まって、空いた時間にバイトをするべく見つけたのが先ほどのコンビニなのだ。

 卒論も先週無事提出を終えたので、あとは卒業を待つのみである。

「そっかぁ。じゃあ三月まではちょいちょい顔合わすかもだねー。あたし、会社がこの近くなんだ。しかし拓くんかっこよく成長したねー」

 社交辞令としても、その形容は初めて言われたぞ。めちゃくちゃ狼狽えて箸を落としてしまった。うぅ、言われなれてないのバレバレ。

 佳奈美ちゃんは笑いながら新しい箸を手渡してきて「えーと、可愛い、の方が合ってるのかしら?」と意地悪く聞いてきた。くそぅ。




 それから宣言通り、佳奈美ちゃんは週二ペースでバイト先に顔を出し、その度おれをご飯に誘うのだった。

 しかし十年ぶりに会う従妹はもはや従妹とも思えず、普通に可愛い子とデートしている気でいた。

 そして二月のある日、佳奈美ちゃんは突然「転勤の内示が出たから、もうここには来れなくなるんだ」と言い出した。

「え、それは……いつ、から?」

「うーん、正式に辞令が下りたら来月からかなぁ」

 のほほんと告げる佳奈美ちゃんはおれと会えなくなることも何でもないような気配である。

「まぁでも、拓くんも来月でここのバイト終わりだからちょこっと早まっただけか」と笑う。

 いや、でもおれのアパートはこの近所だからバイト辞めても全然会える気でいた。

「どこに?」

「地元」

「は?!」

「いや、いい加減地元帰りたいなーと思って、前々から異動願出してたんだよねー」

 ちなみにおれの地元は神奈川で、ここは京都。叔母さんは神奈川から広島にお嫁に行ったので、佳奈美ちゃんの地元は広島だ。

 というか、佳奈美ちゃんは全然困ったふうでもないよな?てことは何。別に付き合ってたわけでもないってことか?

 毎週一緒にメシ食ってその後うちで過ごしたりしてたもんだから、すっかり付き合ってるものだと思ってた。

 従妹だから親に言いにくいなぁとか考えてた。

 あまりのショックに二の句を告げられないでいると、「さみしい?」と聞かれた。

「すごく」

「うーん、そうだよねぇ。あたしも異動願出した時はまさか拓くんに会うとは思ってもみなかったからさ」

 そう言って苦笑いをする佳奈美ちゃん。

 いや、どちらかというと付き合ってなかったって事実のほうがショックなんですけど。「まぁ従妹なんだし冠婚葬祭でまた会えるよ」と、佳奈美ちゃんはあっけらかんと告げた。──そりゃそうだろうけども!

 そして二週間後、佳奈美は地元に戻っていった。

 連絡先は特に交換していなかったので、十年ぶりの再会も一瞬で、ほんの数ヶ月のうちにまた親交は途絶えたのだった。






 ──ここで話が終わると思うなよ。


 それから数年後、おれは広島へ向かっていた。佳奈美がまだ未婚なことも彼氏がいないことも親から確認済みだ。

 突然何を聞くのだと訝しがられたが、母親同士が元々友人で常日頃から電話で近況を伝え合っている間柄だったので難なく情報は入ってきた。

 本当はすぐに会いに行こうと思っていたのだが、入社してから数年は仕事を覚えるのに必死であっという間に過ぎてしまった。そして気がついたら、佳奈美が地元に帰ってから六年も経ってしまっていた。

 でもその分、学生だと言えなかったことが言えるくらいの男にはなったはず。

 チャイムを押して、上がる心拍数を深呼吸で抑える。

 玄関のドアが開いて佳奈美が出てくる──わきゃない。そんなにドラマチックじゃないですよね!

 亜衣子叔母さんはおれの顔を見て驚き、「よく来たねぇ!」と満面の笑みを見せた。

 あぁ、もちろん事前に連絡は入れてるよ?じゃないと十数年振りの甥っ子なんか分かんないだろうし。

 ひとしきり叔母さんに近況報告を終えたおれは、佳奈美を呼び出してもらった。

「拓くん?!」

「久しぶり。ちょっと、出て話さない?」




 六年ぶりの佳奈美とは何やら視線が合わない。うーん、もしや迷惑だったか?

「佳奈美ちゃん?もしかして、おれが来たら迷惑だった?」

 ……あ。また直球放っちまった。

 これだけは年とっても変わんないな。

「い、いや。そういう訳じゃないんだけど……。拓くん、なんか変わった、ね」

「それはいい方に?悪い方に?」

「かっこよくなった、ような……」

 おぉ。好印象じゃないか!というか、前は同じセリフをツルっと言ってたぞ。

 てことはなに?照れてるってこと?まぁスーツ効果な気がしなくもないが。

「ありがとう。それでね、佳奈美ちゃん」

「う、うん」

「結婚を前提にお付き合いして欲しいんだけど」

「は?」

「とか言いながら、実はこんなものも、すでに用意してたりして」

 と、小箱を出す。

 ますます唖然とする佳奈美。そうだろうそうだろう。

「だって、六年分の片思いだよ?そりゃ指輪くらい用意するよ」

「はい……?」

「六年前はまだ学生で、何にも言えなかったからさ。で、返事は?」

「ちょ、ちょっといきなり言われても……」

「もう逃げられたくないし」

「に、逃げた覚えはないよ?」

「だって、付き合ってると思ってたのに突然地元に帰る、だし」

「付き合ってたの?!」

「いや、それは勘違いだってあの時わかったけどさ。おれはそのつもりだったってこと」

「……もう!拓くん、大人になりすぎだよー!あぁもう、テンパってきた」

 実際佳奈美はテンパってきているようで、両手で耳を覆い半泣きになりつつあった。

 あの余裕のあった佳奈美は一体どこにいったんだか。やっぱり大学生からみた社会人は大人に見えてたんだなぁ。

 まぁでも、そこはそれ。おれだってもう、あとには引けないし。

「そりゃもう大人だし」

 それにこの様子じゃまんざらでもないはず。

 ダメ押しで、もう一言。

「佳奈美、諦めておれに落ちて?」

 耳を覆っていた佳奈美の手を握って言うと、最愛のひとは真っ赤になって頷いた。

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