人間のクマ
「あの時の甘木さん、全然楽しそうじゃなかったですよ」
顔なじみのバーテンダーに言われる。
ノイリー・プラットとスター・オブ・ボンベイのビン越しに彼女を眺めながら、バーテンダーというのは、つくづく食えない人種だと考える。さらにそれが女だとしたら、なおさらだ。
妻と一緒にそのバーに行き、その翌週に別の女とカウンターに座っても、彼女は眉一つ動かさない。若干わざとらしい笑顔を見せて「今日は、観劇ですか?」なんて話しかけてくる。
いや、バーテンダーの笑顔が、わざとらしくなかった事などないか。
楽しそうじゃなかった、彼女が言うのだから、それは確かにそうだったのだろう。
「すごく疲れた感じだったし」
いや、疲れてなんかいなかったし、楽しかったよ、あの時は。第三者、しかも女に自分の色事を批判されることほどイラつく事はない。放っておけよ、といつも感じる。
「目の下とか、灰色でしたよ」
ちらっと彼女を見てから、よく冷えたギブソンをなめる。
目にクマ?そうか、確かに疲れていたのかなあ、自分では幸せな気持ちでいたけど。
クマ、クマ、と口の中でつぶやく。
そういえば「ゴジラ対イヨマンテ」って映画があったな。いや、あれはビオランテか。沢口靖子が昇天する謎のラストシーンは頂けなかったけど、ビオランテの造形は良かった。
いや、違う。クマの話だ。イヨマンテ。
捕らえた小グマを飼育して、祭りの日に放すんだよな。で、放したところを矢で射て殺すんだっけ。
殺すんだったら放すなよ。着るんやったら脱ぎなはんな。
大体、クマってアイヌの中では神様なんでしょう。神様を捕らえて、監禁して、解放した上で殺すって大概だろ。どういうつもりだ。
あ、しかしそう言えば。
昔一度だけ読んだ、アイヌに伝わる民話みたいなものを思い出した。
だいたいは小動物が主役で、で、最後にその小動物が潰れて死ぬんじゃなかったっけ。
あれ読んだときには「なんだこれ」と思ったけど。
つまりアイヌの中では、死というのが必ずしもネガティブじゃない、何か特別なものなのかな。そういえば仏教でも「輪廻の輪の外に出る」的な事を言うよな。
死はある種の解放、というのは確かにそうなのかも知れない。
小グマを捕まえて、アイヌは神を手に入れる。
人間のクマだ。
人間はクマにいい餌を与えて、大事に育てるけれど、神は人間のものであってはならない。
だから放すんだ。人間のクマが、人間から解放されて、ただのクマ、自由な神になる。
そこで人間はクマを射殺す。言わば「究極の解放」をするんだ、神に対して。
それが、アイヌにとっての神に対する敬いなのか、そういう事か。
パール・オニオンの刺さったカクテル・ピンを指でくるくる回しながら、ここまで考えた。
「なに考えてるんですか?」
そういう質問は、バーテンダーとしてどうなんだろう。
「いや、あの時のことを」
「はあ……」
呆れた顔をされる。確かに、自分の元を去った人のことをいつまで思っても仕方ないことではありますよ。
結局、彼女は、僕から「解放」されたのだ。




