a feeling that a time in the past was good, and the activity of wishing that had not changed
疲れてしまった。
ほんとうに、疲れ果ててしまった。
街はあまりにうるさくて、それを躱していくだけの空き容量も残っていなくて、もうほんとうに、疲れて果ててしまった。
でも、全てを投げ捨てて走り出すことはできない。走り出すにはあまりに歳を取りすぎてしまった。
ほんとうは、この歩道橋の上から、携帯も、家の鍵も、許されるなら現金だって、投げ捨てて走り出したい。
でも、それは出来ない。職も立場も生活すらも投げ出して、それでも欲しいと願うものなんて、もう何も残ってはいない。
疲れてしまった。
ほんとうに、疲れ果ててしまった。
だから、歩いている。行き先は、知らない。
帰るべき道を外れて、曲がるべき角を無視して、知らない場所へ行きたかった。イアホンも外して、スマホの電源も切って、誰も知らない場所へ、誰にも知られない場所へ行きたかった。
でも、狭い東京、そんなことはできない。
誰かがどこかで見ている街、誰かの思い出が残る街、何処かへ行くには東京はあまりに狭い。
山手トンネルの換気塔の横まで来て、大きく息を吸った。都会の匂いがした。
もう一度息を吸った。苦しさも、楽しさも、懐かしさも、全部混ざった味がした。
懐かしい街に来ていた。嬉しい楽しい苦しい寂しい全て混ざって渦を巻いた街。
吸い込まれるようにベンチに倒れ込んだ。
山手通り沿いの歩道で仰向けになって、靴も靴下もジャケットも脱いだ。周りから見れば変な人でしかなかったが、心地良くて、このまま寝てしまってもよかった。
でも、それは出来ない。
街は不自然なくらい静かだった。
タクシーのテールランプが縦に歪んで見える。
ぐにゃぐにゃになって、溶けていってしまう。
思い出は優しい。いつまでも溺れていたい。
でも、それは出来ない。
大きく息を吸って、吐いた。
頭が痛くなる、排気ガスの匂いがした。古い観光バスみたいな、笑ってしまうくらいひどい匂いがした。
いつもと同じ、東京の匂いがした。
紫色になりかけた空は、再び灰色を帯びてきた。
靴下を履いて、靴を履いて、靴紐を固く結ぶ。
さっきぼんやりと歩いてきた道を、早足で戻る。
歩道橋を駆け上がると、すぐに新宿が見える。ビルが建ち並び、あっという間に飲み込まれてしまう。
東京はほんとうに狭い。
だから、歩いている。




