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第7時限目 運命のお時間(2/2)

「うわ、結構広ーっ」

 お風呂の扉を開けた直後、片淵さんが感動混じりの声を上げる。

「あまり銭湯とか行かないですか?」

「いやあ、行かないねー。……あー、えっと、ほら、お母さんがあまり銭湯とか好きじゃないからねー」

 私の言葉に対し、片淵さんが突然言い淀んだので不思議に思ったけれど、

「……ああ、そういえば……」

 ああ、“あの”お母さんか、と言い方は酷いけれど納得してしまった。偏見かもしれないけれど、あの何でも決めつけて話をするお母さんなら銭湯に行くなんて! とか言い出しそうな雰囲気はあるかもしれない。

 銭湯の中は休みだからなのか、普段からこんなに多いものなのかは知らないけれど、結構盛況だった。

「んー、4人空いてるところ……あ、あった」

 きょろりきょろりする岩崎さんが、足早にシャワーを4つ確保して、

「ほら、3人共! 早く!」

 と少しぴょんぴょんとテンション高く、そして色々と隠さずに私たちを呼ぶ。

 ま、まあ女同士としてお風呂に入ってるから仕方がないのだけど、もう少し色々隠して欲しいなって思う。女同士だとこういうものなんだろうか。

 私は岩崎さんの隣に座り、シャンプーをしようと備え付けシャンプーを探す。

「あれ? ……あ」

 視線を左右往復した後、隣の人が丁度使用中だったようで、足元に置いてあるのが見えた。

 うーん、シャンプー中に悪いけれど、取らせてもらおう。

「すみません、シャンプーお借りしても良いですか?」

「ん? ああ、勝手に取ってってく……お?」

 シャンプーで頭をわしゃ繰り回しながら泡を立てていた隣の女性が、目にシャンプーが入らないように片目でちらりとこちらを見て、言葉を止めた。

「なんだ、小山じゃねーか」

「え?」

 疑問符を隣に送ると、シャワーで髪を流した女性がこちらに向き直った。

 ……ん? 誰?

 眉毛が極端に少し細めではあるけれど、素朴系美少女というか、少し粗野な感じの口調とやけに反発し合う感覚。

 見覚えは……うーん、ないようなあるような。

「何だ、メイク落としたら分かんねーってか? この前も寮で見たばっかりだろ」

「ん……? あれ、もしかして大隅さん?」

 顔だけでは、私の脳内にある人物像比較機能では類似率30%程度の人が数人当てはまっていたけれど、ようやく口調と声色、そして話の内容から1人のクラスメイトに特定できた。確かにこの前一緒にお風呂に入った後、メイクを落とした顔を見たっけ。

 うーん、大隅さんはメイクしなくても結構可愛いと思うけれど、彼女には彼女なりの考えがあるんだろうなあ。ちょっと勿体無い気がする。

「おうよ。……ってお前何で視線背けんだよ」

「い、いや……」

 私の言葉に同意の言葉を返した瞬間、大隅さんがぐいっと胸を張ったものだから、ただでさえ自己主張の激しい2つの山が更に主張していて、もちろん少しも隠していないから、思わず視線がそちらに向いてしまって恥ずかしかったからなんだけど、そんなこと言えるはずもないので、慌てて大隅さんの顔に視線を向けて誤魔化す。

 そういや、中居さんに裸を見て恥ずかしがりすぎ、と指摘されていたけれど、未だに治らないし、治る気がしない。

「そ、そんなことより、何でここに大隅さんが?」

「いや、そりゃこっちのセリフでもあるんだが。お前、何でこんなところに居るんだよ」

「え、ええっと……正木さんとか岩崎さんたちと遊びに来てて……」

 複雑な女性同士の友好関係を考えつつ、でも私が素直にそう言うと、大隅さんも笑いながら答えた。

「なんだお前もか。あたしも中居と2人で遊びに――」

 大隅さんの言葉を遮るようにして、

「こやまさーん、後でサウナに――」

「ほしっちー、髪留めちょ――」

 私の、大隅さんとは逆隣から岩崎さんの顔が、そして大隅さんの背後から中居さんが現れた。それも同時に、あまり宜しくないタイミングで。

「げっ、中居……と大隅!」

「ありゃ、こやまんじゃーん? どったの、こんなところで?」

 実に嫌そうな声が漏れ出た岩崎さんとは対照的に、私を見つけてすぐに後ろから抱きついてきて、そのまま私の作り物の胸を揉みしだく中居さん。

「ちょ、ちょちょっ! 中居さん!?」

「中居! 何してんの! 小山さんに!」

「えー? 良いじゃん、ただのスキンシップだしー」

 この中で、唯一私を男だと知っている人物が1番無闇にスキンシップを図ってくるのだけど。後、貴女、全力で当ててますよね。

「何、岩崎もやりたいならやればいいじゃーん?」

 にひひ、とちょっとお下品な笑い方で中居さんが言う。

「ふん! 別にそういうのじゃないし」

「じゃあ、どうゆうのー?」

 からかうように言う中居さんにそっぽを向いて、岩崎さんがシャンプーを始める。それを見て、

「で、こやまんは何でここに居る系?」

 と話を続けた。

「えっと、遊びに来た系」

「マジかー。こやまんも遊びに来た系だったかー。だったらジャングルプラネット来ればよかったのに」

「あ、2人は行ったの?」

 あの噂の。

「行ったぞ。っつーか、あれでびしょ濡れになったからここに来たんだがな」

 体を洗いながら大隅さんが答える。

「そうそう。バリヤバだったよ、アレ。星っち、敵倒すの失敗しまくるし」

「いや、あれはお前があたしの邪魔ばっかするからだろ」

「えー、星っちも結構外しまくってたじゃーん? 目の前に来たのを外すとかまじありえんてぃー。急に敵が来たので、みたいな?」

「お前が後ろの撃ち漏らしてばっかりだったからだろ!」

 大隅さんと中居さんが掛け合い漫才みたいなテンションで話をしているけれど、なるほどこれなら確かに2人してやられても仕方がない気がするなあ。ちょっと見てみたかった気もするけど。

「あれ? でもこやまんたちはジャンプラじゃなかったん?」

「うん、フラワーリバー? とかいうアトラクションで濡れちゃって」

 私の言葉に、くりくり目で顔を見合わせて大隅さんと中居さんが首を傾げた。

「え? あれってただ川下りしながら花見る系アトラクションじゃなかったっけ?」

「だよな? あれで濡れるってどういうことだよ」

 ああ、なるほど。この2人もこのテーマパークのことは知ってるんだ。いや、もしかすると私みたいに知らない方が珍しいのかもしれないけれど。

「確かにそうなんだけど、途中で大きな蜂に襲われて、皆逃げ惑ってたらボートが転覆して……」

「あちゃー、そりゃガチしょんぼり沈殿丸だわー」

「マジかよ。良く生きてたな。いや、実はもうゾンビになってるのか?」

 のんびりと反応する中居さんと、割りと真面目に心配してくれているのかやっぱりふざけているのか良く分からない大隅さん。

「あっはっは、星っちゲームに毒されすぎじゃん?」

「うるせー。晴海だって良く分からん例えばっかするだろ」

「うははー」

 何、その笑い方。

「で、それはさておき……髪留めって、お前ココ来たときには持ってただろ」

「いやー、髪留め何処置いたかなーって」

「は? お前、置いた場所を忘れたのかよ」

 呆れた口調で言う大隅さん。

「ジャンプラでおしおき放水受けたときに1回外したんだよねー。で、その後どうしたかわからんてぃー」

「いや、それは完全にそのジャングルプラネットで置いてきたとしか……」

「マジぽよ? うわー……ま、いっか。どうせ100均で買った髪留めだし」

「ったく、とりあえず風呂上がってから探すぞ」

「ラジャりた! んじゃ、先にお風呂入ってるー」

 ひょこひょこと足取り軽く浴槽に向かう中居さんに、自分の髪の水滴を落とし終えた大隅さんが立ち上がる。

「ちょい待て、あたしも行く。んじゃ小山、またな」

「うん」

「まあ、どうせこやまんも浴槽ですぐに会うぽよー」

 怒涛の会話を済ませて、大隅さんと中居さんを見送ると、

「……小山さん」

 即座に左から不満そうな声が聞こえたから、私はしまったと思いつつも作り笑いを貼り付けつつ、振り返る。

「え、ええっと、ほら、クラスメイトだから……ね」

 そういえば岩崎さんから、あの2人とは仲良くしないほうが良いって言われていたのに、あの2人と目の前で仲良くしているのを見たら、一言物申したいのも確かに分かると思う。

 私は何と言い訳すべきか悩み、やっぱり何も言い訳しないほうが良いだろうと思って素直にそう言ったのだけど、意外にも岩崎さんの口から転がり出てきた言葉は別物だった。

「タメ口」

「……え?」

「小山さん、あの2人とはタメ口なのに、あたしたちとは敬語だよね」

「え、あ、そう……ですね」

 大本の原因は、大隅さんがタメ口にしろ、って言ったからタメ口を使うようにしただけで、そもそもはあまりタメ口を使う方では無かった。だから、正直なところタメ口なんて使う方が珍しい方ではあるのだけど。

「じゃあ、小山さん……いや、準。今から敬語禁止」

「え? えええ?」

 突然、むすっとした表情の岩崎さんがそんなことを言い出した。

「準、良いよね?」

「え、えっと……」

「良 い よ ね ?」

「はい、あ、じゃなくて、うん、分かった」

 有無も言わせない岩崎さんの口調に、私は素直に頷く以外の手段を取る方法は無かった。

「良し! ……で、早く体まで洗ってお風呂入ろーよ」

「そうだね」

 頭からシャワーを浴びた岩崎さんが、私の隣でじっと私の一挙手一投足を見ながら待っている。

「……え、ええっと、何?」

「んーん。何でもない」

「ええ?」

 な、何だろう。凄くやりにくい。

 岩崎さんを気にしないようにして、私がシャワーを浴びていると。

「小山さんってさ」

「へ? あ、うん」

 岩崎さんに声を掛けられて、私の手が止まる。

「思ってたよりも、結構体しっかりしてるよね」

「そ、そうかな?」

「そうそう。スポーツ選手っぽいっていうか、何ていうか。あたしも割りと部活ほとんど毎日やってたときとかは結構筋肉付いてたけど、小山さんほどがっちりしてなかったし、部活無くなって運動しなく鳴って少しお肉付いたから、羨ましいなーって」

 そう言いつつ、私の二の腕とか背中とかお腹とかを遠慮なしに触ってくる。もしかすると、中居さんのスキンシップに対抗しているんだろうか。

「うーん、身長も高いし、羨ましいなー」

「身長高いと地味に大変なことも一杯あるんだけどね」

「服が無いとか?」

「それもあるけど、普通サイズで買った布団が小さくて足が飛び出すとか」

「うわ、確かに地味ぃに嫌」

 地味に、のところをやや強調してそう言う岩崎さん。

「親の実家の鴨居に頭をぶつけたことは何度もあるよ」

「ああ、よく聞くよね。でも、見つける側からすると見つけやすくて助かるんだよね。人混みで探しやすいし」

「そう、だからその分、色んな人から見られるんだよね」

「……あー、確かに大きい人見ると、ついつい見ちゃうよね。身長高いのも大変なんだ」

 岩崎さんがそう笑う。

「何ー? 身長の話ー?」

 私と岩崎さんが話をしているところに、タオルを持って現れた片淵さん。浴槽へ入る準備が完了したから声を掛けに来たのかな。

「え? あ、ええと、うん。そうかな?」

 曖昧な表現で返す私に、

「なるほどー……って準にゃんがタメ口になってる?」

 と片淵さんが眼をぱちくりさせながら首を傾げる。多分、少し前まで大隅さんと中居さんが居たのは岩崎さんしか気づいてなかったんだろうなあ。

「そうそう。さっき準と話して、もう友達なのに敬語だったから、そろそろタメ口でも良いんじゃないって」

「なるほど、うん、良いんじゃないかねー。それで、身長がなんだって?」

 いや、正確には身長の話をしようとしていた訳ではなくてね? と言おうか悩んだけれど、いちいち訂正するほどのことでもないかな。

「ああ、いや。準って結構身長高いけど、体もしっかりしてるし、いいなーって」

「あー、そだねー。最初会ったときとか、男の子と間違えたし」

 いえ、それは間違ってない……って指摘しようかと思ったのと同時に、やっぱりそうも見えるんだと何処かで安堵の心が生まれた。

 まあ、今更になってバレたら困るから、そのときに思っただけで済んで良かったのか、むしろその時点でバレておいた方が良かったのか。今になっては分からないけれど。

「何の話ですか?」

 正木さんも体にタオルを巻いて現れた。重要な部分は隠していたからちょっと安心したような、残念な……い、いや、残念ではないよ!

「小山さんの体って良いよねって話」

「段々、意味が変わってきてない!?」

 若干、卑猥な感じになってしまっている気が!

「じゃああれかなー、準にゃん良いよね、って話」

「そうですね」

「更に変わっ……えっ」

 片淵さんの言葉に対し、ほぼ間髪を容れずに正木さんがそう答えてくるから、私の突っ込みが掻き消されてしまった。いや、ちょっと正木さんもノリが良過ぎませんかね!?

「ってその話はさておきー。準にゃんはお風呂入る準備出来たー?」

「え? あ、すみません、まだです」

「あ、まだ頭だけしか洗ってないとか?」

「いえ、まだ何も」

 喋る方に夢中になっていたから仕方がないのだけど、まだ入ったときから何も変化がない状態。

「えー? しょうがないなー。よし、アタシが頭を洗ってあげよう! あ、紀子ちんは小山さんの体洗ってー」

「はい、良いですよ」

 そう言いながら、丸出し戦法の片淵さんと隠匿戦法の正木さんが勝手にシャンプーとボディソープを取り、私の頭をくしゃくしゃにしたり、体をわしゃわしゃし始める。

「あー、あたしも参加したい」

 私が「あー」とか「うー」とか言って、どう角を立てずに拒否しようか悩んでいるところで、岩崎さんが仲間外れに不満を言うのだけど、

「だったら早くシャワー済ませないとねー」

 とニヤニヤ顔の片淵さんに返される。

 ……って、いや、私も自分で出来るんですがね?

 それにね? 前後からわざとではないと思うのだけど、色んな感触があってね?

 とても やわらかい なにかが ふれてます。

 更に言うとね? さっきまでタオルで隠していた正木さんのグラマラスボディが、私の体を洗い始めてからは貝の中から生まれたヴィーナスみたくはだけて隠さなくなってしまっていてね?

 ええもう、本当に、目の刺激が激しすぎます。男だとバレないように、女の子の裸から目を逸らさないようにしろ、って中居さんには言われたけれど、それなりに気がある女の子が、一糸纏わぬ姿で献身的に体を洗ってくれているなんて、それはそれはもう。

「あ、あの、自分でも出来――」

「いえいえ、大丈夫ですよ。小山さんはじっとしていてください」

 私、こんなに意思の主張が弱かったかな、と自分自身首を傾げてしまうくらい、正木さんの即答に対して言葉を引っ込めてしまい、

「あ、えっと……うん、お願いします」

 シャンプーが終わった片淵さんも、そのまま引き続いて私の背中を洗い始めてくれたお陰で、本当に私はメイドが全てしてくれるお嬢様気分で手持ち無沙汰になってしまったのだけど、これは仲良くなるための女子特有のスキンシップの一環だと考えることにして、私はじっとその状況が終わるのを待つ。もちろん、目の前のたわわな果実をたまに……たまに? 視線に入れてどきどきしながら。

「はい、オッケー。じゃあ、シャワー掛けるよ」

「ええ、お願いします」

 ……結局、目の前のエデンの園の果実にくらくらしていて、結局どれくらいお姫様タイムをしていたのかは覚えていないけれど、私は悪くないと思う。

 既に頭が色んな理由からぼんやりしていたけれど、

「よっし、行くぞー」

 岩崎さんの討ち入りみたいな声と、

「おー」

 と脳天気に答える片淵さんの声で、ようやく現実に帰ってきた。ただいま戻りました。戻りたくなかった……気もするけれど。

 相変わらずと言うべきか、岩崎片淵ペアが先頭を切って湯船に向かい、私と正木さんがその後を付いていくというおなじみのパターン。

 ただ、あの観覧車の一件以降、今の体を洗ってくれるときもそうだったけれど、やけに正木さんの距離が近い気がする。物理的にも、精神的にも。

 いや、気がするどころか、割りと歩くスペースがあるのに、歩を進める度に腕が触れ合うくらいを歩いている。近い、近すぎる。

 もちろん嫌ではないのだけど、ようやく桃源郷から戻ってきたばかり。再度足を踏み入れたら戻ってこれないような気もするので、控えていただきたいとも思う。

 もしかして、幼気いたいけな青少年に対して過剰なスキンシップで……ああ、そうだった、今は青少年ではアリマセンデシタネソウデシタネ。

 うう、嬉しいような悲しいような。

「ふぁー、生き返るー」

「だぬぇー」

 湯船に浸かった直後に蕩け状態になった岩崎、片淵ペアに遅れること数歩で、私と正木さんも浴槽に浸かる。んー……思ったよりも温めだったけれど、これはこれで気持ちが良いかな。

「あー……疲れた」

「そうですね、疲れました」

 伸びをした私の隣で連鎖反応のように伸びをする正木さんのぐいっと押し出されたお山をあまり凝視しないように気を付けつつ、私がそう答えると、

「明日からどうするー?」

 ほんわり笑顔のままで片淵さんが誰に回答を求めるとも決めずに言う。

「そういえばそうだね……」

 今日の予定すらも割りとギリギリに決まっていたから、まだその先は考えていない。でも、ゴールデンウィークもそんなに長いわけではないからいつまでも遊んでいられないし、考えたくはないけれど勉強もしなければならない。

「お金も無いし、頻繁に遊びに行けないなー。あー、もっとお小遣いあればなー」

 頬をふくらませる岩崎さんが浴槽の縁に頬を乗せて言う。

 確かに今回は優待券が有ったから助かったけれど、お小遣いもそんなに自由に使えるほど多くはないから、節約は必要。

「うーん、時間を潰すっていうとまたボーリングとか?」

「いやー、時間潰すだけならカラオケの方が潰せるんじゃないかなー。フリータイムのドリンクバーとかだったら良いと思うよー」

「あー、それ良いね。ま、休みだから人多そうだけど」

 片淵さんと岩崎さんの話を少し困った表情で聞く正木さんに気づいて、私は声を掛ける。

「どうしました?」

「い、いえ……その、あまりカラオケは得意じゃないので……」

 控えめなトーンで正木さんが言うと、

「いや、紀子は歌自体下手ではないんだけどね。曲のレパートリー少なすぎるから……最近の流行りの曲とかも覚えた方が良いよ」

 と言いつつ、岩崎さんが続けて私の方を向く。

「小山さん……ううん、準はどう? カラオケとか行く?」

「えっと……あはは、行ったことは小学校くらいのときに1回くらい行ったかな、って程度です……あ、程度かな」

 まだ岩崎さんも私も、お互いタメ口に慣れてないからたまに名字呼びとか敬語が混じったりするぎこちない会話をする。その内に慣れるかなあ。

「え? ……準ってホント真面目っ子だったんだね」

「だねー。こりゃ、色々遊びを教えてあげないといけないね、いっひっひ」

「ですなあ、ふっふっふ」

 呆れ顔だった岩崎片淵コンビが、今度は悪巧みボイスを出す。何をさせられるんだろうか、ちょっと不安。

「んじゃま、明日はカラオケでも行こっかねー。紀子っちもまあ、たまには良いんじゃない?」

 片淵さんの言葉に、少しだけ眉をハの字にした正木さんだったけれど、

「……そうですね。たまにはいいかもしれないです」

 こくり、と頷いた。

「よーし、明日のことも決まったし……あっ、塩サウナあるじゃん! 行ってみようよ」

 岩崎さんがややテンション高めに壁に掛かった看板を指差すけれど、聞きなれない言葉に私は首を傾げる。

「塩サウナ?」

 普通のサウナはもちろん知っているけれど、塩サウナって何だろう。

 私のそんな疑問について、即座に答えてくれる正木さん。

「塩サウナというのは、体に塩を塗って入るサウナです。普通のサウナよりも温度が低いことが多いですが、体の表面に塗った塩が毛穴に詰まった皮脂を出してくれることから、普通のサウナよりもお肌がつるつるになる、らしいです」

「そうそう。というわけで行こっ」

 言いながらざばんとお風呂から上がり、岩崎さんが足早にサウナへ向かう。行動が早いなあ。

「んじゃあ、アタシたちも行こっかねー?」

「そうだね」

「そうですね」

 先に行った岩崎さんはサウナの扉の前で仁王立ちして待っていた。だから隠して……いや、いいか。

「塩は中にあるよー」

 そう言いつつ、岩崎さんが扉を開けると、

「あーつーいーぽーよー」

「うるせえな。普通のサウナも駄目だって言うからこっちにしたんだろ。なら最初からサウナ止めとけよ」

「えー、でも美肌でつるつるっしょー? だったら、我慢するー」

「じゃあ黙って我慢しろよ」

 と何か聞き覚えが有る声……というかさっき聞いたばかりの声が。

「……まさか」

 岩崎さんの視線がこちらに向く。どうやら岩崎さんも思い当たる人物が居るみたい。多分、想像している人物は同じだね。

 果たして、サウナの中には茶髪女子高生2人が四肢を投げ出しながら横になっていた。

「やっぱり……」

「んあ? ……なんだ、岩崎、とその仲間たちか」

 上半身だけ起こして、私たちに視線を放り投げる大隅さん。もちろん、こちらも男気溢れるノーガード。

「……ありゃあ、居たんだねー」

 太田さんと遭遇したときの表情とどちらが嫌そうかは比較してみなければ分からないけれど、少なくともクラスメイトを迎え入れる顔とは思えない表情の片淵さんと、

「…………」

 言葉は無くても不満そうだということはひと目で分かる表情の正木さん。

 ああ、この人達は全く……!

 意外と塩サウナの方は人気が無いのか、それともたまたまそのときは人が居なかっただけなのか、とにかく私たち以外にお客さんは誰も居なかったお陰で、大隅さんたちは野生感ゼロで日向ぼっこ中の家猫みたいに全身を伸ばしたまま長椅子に寝転がっていた。流石に他の人が居たら……やらないよね?

 機嫌の良し悪しでは間違いなく悪い方だけれど、この2人に会ったからと引き返すのが癪だったのか、岩崎さんは2人と離れたところに、とすん、と音を立てて不満アピールしながら座る。

「おー、こわ」

 鼻で笑うような大隅さんに、盛大な睨みつけ行為を行う岩崎さんだったけれど、

「あー、そだそだ。こやまんさー、ちょっと体に塩塗ってくんない? 汗で結構流れちゃったからさー、塗り直しちょーめんでぃーなんだよねー」

 体を起こした中居さんが、相変わらずの能天気ボイスで両手を広げ、全受けのポーズでニヤニヤしながら言う。

 ……いや、面倒なんじゃなくて、単純に私をからかいたいだけでは?

「ほらー、早くしてちょー。頭から足まで、全部しっかり塗らないと意味ないしー」

 海辺でサンオイルを塗って、的なノリで言う。

 えっと……中居さんの発言からすると、全身に塩を塗らないといけないということは、すなわち全身を隈なく触ることとも同義ってことだよね?

「え、ええっと……」

 状況把握をしたお陰で逡巡する私に、

「はーやーくー」

 駄々っ子みたいな催促をする中居さん。

 それを横目に見ていた岩崎さんは、

「準、相手にしなくていいよ」

 ふんっ、と鼻息荒く視線を逸したまま言う。

 そうすると、黙っていないのが大隅さんで、わざわざ対抗するかのように、

「おい小山。晴海が終わったら、あたしもよろしくな。そういや、小山って女の癖に他人の裸に全然耐性ねーって話だったし、今の内にあたしらで慣れとけよ」

 とようやく全身を起こして言う。

 そうすると、今度はこだまみたく、

「小山さん、そんなことより私たちに塗って貰えませんか?」

「そうそう、準にゃん。折角だし、アタシたちに塗って欲しいんだけどなー」

 なんて正木さんと片淵さんが。ああもう!

 私が困惑しているのを尻目に、

「何だよお前ら。あたしたちが先に小山に塗ってくれって言ってたんだぞ」

「そうぽよー」

「あんたたちみたいな不良人間に小山さんは渡せないだけだし」

「んなことはお前が決める話じゃねーだろ。小山がどうしたいかだ」

「いやー、準にゃんは優しすぎるから、無理やりされた命令でも素直に従っちゃうんだよねー」

「んだと? あたしたちが無理やり命令してるってのか?」

「そうですよ」

「あん? 正木まで、てめーら……!」

 という感じで言い合いがヒートアップ、しっちゃかめっちゃかしていた5人だったけれど、大隅さんが怒りに任せて立ち上がったところで、

「いい加減にしてください!」

 私が最大音量で怒鳴ると、5人がぴたっと動きを止めた。ああ、この場に私たち以外、誰も居なくて良かった。

 全員が私の声に驚愕して思考停止しているのを確認して、私はゆっくりと5人を見回し、大きく深呼吸してから言う。

「大隅さんたちと正木さんたちの仲が悪いのは分かっています。そして、私を取り合っているのは、取り合われている側としては嬉しい面も無いわけではないです。ただ、目の前で露骨に喧嘩されるのは非常に不愉快です」

 全力ストレートで私がそう言うと、

「うっ……で、でもこの2人が……」

 岩崎さんがすぐに言い訳しようとするから、

「問答無用です!」

 私は再度ぴしゃりと言い放つと、岩崎さんはまた静止した。

「仲が悪いのは悪いで結構ですが、このままでは後から入ってきた他の人にも迷惑が掛かります。なので――」

 怒り顔で私は指をコキリと鳴らし、

「――全員まとめて相手します。文句は聞きません」

 と言い放った。

 実に横暴だと思ったけれど、ここまで言わないとこの5人はいつまでも言い合いを続けるだろうから、こうでもするしかない。

 私は盛ってあった塩を掴み、

「中居さんから塗りますよ」

 と言いつつ、中居さんの隣りに座って、肩を掴む。

「…………あ、あー、うん、分かったじゃん?」

 一時的に幽体離脱していたのか、気のない返事をした中居さんだったけれど、

「よし、こやまん、来るがいい!」

 何故か、悪の幹部とかラスボスみたいな感じで待ち受ける中居さんの首筋から順番に塩を塗り込む。

「あ、こやまん。あんま強く擦ったら痛いから駄目だかんね。あくまで、かるーく塗る感じでよろぴくー」

「うん、了解」

 そう言いつつ、私は少し躊躇いながらも2つの丘陵にも手を伸ばす。

「そーそー。胸もちゃんと塗ってよ?」

「分かってる、よ」

 唯一、私を男だと分かっているのに、こういうことに1番積極的な中居さんは実はマゾ……というかこういうのが好きなんじゃないかと思ってしまう。普通、単純にからかうためだけにここまで体を張れるかと自問してみても、私の脳内からは「NO!」と即答されるし。

 うーん、考えれば考えるほど不思議な子だと思う。

「ほら、こっちも」

「うっ……」

 そのまま中居さんが私の手を導いていくのは下半身の方。正直、こちらの方がデンジャラスなゾーンが沢山あるのだけど、中居さんはわざと私の手をじっくりねっとり動かして楽しんでいるような気がする。やっぱりこの子、ヘンタ……いやいや。

 そして、色んな所に触れる度に演技がかったあられもない声をいちいち出すので、その度に私の手が止まるから、

「相変わらず肝っ玉のちっさい奴だなー」

 と大隅さんからジト目を貰う。いや、それよりも言うべき言葉、言うべき人が居ると思うよ?

「だからこその練習じゃん?」

 いや、1番の原因は貴女なんですけどね?

 結局、中居さんの声と行動に翻弄されながら、私は中居さんの隅から隅まで制覇した、いやしてしまった。

「あーい、お疲れさーん」

 中居さんの言葉に私は大きく安堵の息を吐いたけれど、私に安寧の時間は訪れない。

「おい、小山。休んでないでさっさとやってくれよ」

 そう、まだ1人目が終わっただけ。既に大隅さんは私の方に背中を向けて待っている。

 うう……やっぱりそうなるよね、知ってた。

「う、うん」

 中居さんのときと同じように、背中から順番に塩塗りしている指を進めていく。

 大隅さんの背中は思ったより小さく、失礼を承知で言えば、喋り方はやや粗野だけれど、大隅さんも女の子なんだなあって思ったくらい。身長はそんなに低くないはずなのだけど、スリムだからかな?

「あ、こやまん。胸に塗るときは、今度は背後からやってみよー」

「へ?」

 大隅さんの背中に塩コーティングが塗り終わる辺りで、そんなことを中居さんが手をわきわきさせながら提案してきた。

「後ろからわしっ! とこんな感じで」

 私の横から大隅さんの豊かな2つの丘を両手で持ち上げて、そのまま両手でもにゅもにゅと実演する中居さん。

 見てる側はうわあ! なのだけど、触られている本人は全く動じる様子が無く、

「いや、揉んでるだけで塩塗れてねーじゃん」

 と何処吹く風。やっぱり、女同士だとそういうものなのかもしれない。

「いやいや、先に塩を満遍なく塗って、最後に擦り込む代わりに揉めば1度に2度美味しいじゃん?」

「何がどう美味しいんだよ」

「こやまんが星っちのこのスイカを堪能できるぽよー」

「スイカ言うな、後さっさと揉むのやめろ。おーい小山、さっさとやってくれ」

 中居さんをひっぺがし、私に向かって背を向け、両手を広げる大隅さん。脇の下から手を入れろ、のポーズ? だよね?

「じゃ、じゃあ……」

 中居監督の指示の下、主張の強い2つの肌色半球へ、まずは既に湿気を吸って若干固まりつつある白い粉というか白い塊を優しく広げる。

「丁寧過ぎじゃん?」

「そんなちんたらやってたらいつまで経っても終わんねーぞ」

「そ、そうは言っても」

 中居さんのときでもドキドキしたけれど、やはりボリューム感が半端ない訳で。刷り込むにも下から重力に逆らって持ち上げなければならないと事実だけでくらくらしているのに、サウナで後ろから鷲掴みにしているなんて事実と改めて直面すると、正直健全な青少年には刺激が強いとかいう次元の話ではない。

 よし、無心無心。女同士のいちゃつきの延長線上だから……。

「……小山、何か触り方がヘンタイっぽいぞ」

「ええっ!?」

 煩悩と誘惑を振り切って、無心で塩の塗り込みをしていたはずなのだけど、大隅さんにそんなことを言われて慌てて両手を離す。

「へ、ヘンタイっぽい触り方って何?」

「いや、何だろうな。良く分からんが、何となくそんな感じだった」

「こやまんはシスコンでロリコンでヘンタイだったかー」

「違うからね!?」

 何か増えてない!?

「いや、別に嫌じゃねーんだが……とりあえずもう胸は良いから、さっさと他やってくれ」

 大隅さんがそう次を急かすから、名残り惜し……くないけれど、手をそのままお腹周りに進めていく。

「ふははははっ、くっ、くすぐってえよ!」

 どうやら大隅さんの弱点なようで、お腹の上で手を滑らせると、その都度いつものやや男勝りな声が体と共にひっくり返って、随分と女の子らしい声になる。

「ちょ、ちょっとじっとしてて!」

「しっ、仕方ねーだろ。くすぐったいもんはくすぐったいんだよ」

「じゃあ、自分でやった方が良いんじゃ?」

「いや。ここまでやったら小山に最後までやらせる」

 キリッ、とキメ顔で言うのだけど、とどのつまり、人にやらせたいだけなんじゃ?

 とりあえず、その疑問は脇に置いておくとして、私が大隅さんの想像以上に柔らかい体中をおっかなびっくりなぞり、下半身へ手を伸ばそうとしたところで、

「わぶっ!」

 大隅さんの顔に白い何かが降ってきた。

 その何かが、相撲の土俵入りみたいにひとつかみ分くらいファサーッと投げられた塩だと気づいたのは、

「……岩崎、てめーっ!」

 と大隅さんが真っ先に気づき、激高していたからだった。

「あんたにはそんな扱いで十分でしょ」

「もう我慢ならねえ! ぶっ飛ば……ひゃん!」

 いきり立って岩崎さんに襲いかかろうとした大隅さんがいかがわしい声を上げて座り込んだ。理由は、私が背後から捕まえたから。

 ……そのときにたわわな果実を両手で再び掴んでしまったのは、別にそこに固執しているわけではなくて、単純にたまたま立ち上がった大隅さんとそれをとどめるべく中腰だった私の適度な身長差により、伸ばした手の延長線上に非常に弾力のある2つの山がたまたま重なっていたのに気づかず、勢いに任せて大隅さんを捕獲しまったからであって、別にそこに固執しているわけではないことを再度強調して私は言いたい。

「こっ、小山っ! 突然っ、触んなっ!」

 自分が変な声を出してしまったことに対する恥ずかしさからなのか、背後の私を振り払った大隅さんの頬には、サウナで上気したからというのとは別な赤さが広がっているのが分かる。

「こ、ここは公共の場ですので、喧嘩は駄目です」

 さっきのは事故、とても幸ふ……不幸な事故だから、と自分に言い聞かせつつ、努めて冷静に言う。

「だけどなあ!」

「それと、岩崎さん」

「は、はいっ!」

 大隅さんの食って掛かる言葉を防ぎつつ、私は声のトーンを出来るだけ下げて言うから、岩崎さんもシャン! と背を伸ばして答える。

「後で、覚悟しておいてくださいね」

 敢えて敬語を使うようにして、凄みを出していくスタイル。

「ひ、ひいっ!」

 視線と声で岩崎さんがすくみ上がって、一回り小さい片淵さんにガタガタしながら掴まる。

「まー、自業自得だから仕方がないねー」

「そうだよ、真帆。幾ら何でも塩を投げつけるのはやり過ぎだよ」

 頭を撫でてあげながらも、口では結構突き放した言葉を岩崎さんの頭にぐさぐさ突き刺す片淵さんと、その横でやっぱりフォローではない言葉を入れる正木さんを横目で見ながら、

「というわけで大隅さんも座って」

 と私は新たな塩を手に掴んでから言う。

「う……わ、分かったよ」

 振り上げた拳を下ろす場所が無くなったからか、私の前にすとんっ、と素直に足を揃えて腰を下ろした。

「やっぱ、小山って変わってんな」

「そう?」

 見た目以上に柔らかなお腹からデンジャラスな下半身ゾーンへ。ここまで来たら、もう逆に役得と思うことにして、優しく塩を塗り込んでいく。

「フツー、ケンカしたときでも身内には甘いだろ」

「そういうもの?」

「ああ」

 まあ、確かに友達同士で注意すると、その後ギクシャクしちゃうこともあるから出来ない、というのも分かる。多分、転校したばかりの私だったら、確かに岩崎さんにも大隅さんにも注意できず、あわあわしてただけかもしれない。

 ……いや、でも今目の前で正木さんと片淵さんも、岩崎さんに言いたいこと言ってるよね? 案外、大隅さんが言っているような人の方が実は少ないのか、私たちが本当に変わっているのかは分からないけれど、

「私は岩崎さんを信用しているからこそ、思ったことはちゃんと言うかな」

 そう私は言った。

「ふーん? 仲の良いことで」

 物言いたげな目で私を見る大隅さんだったけれど、

「まー、でも大抵ケンカの原因は星っちが作ってること多いから、ケンカしたら星っち原因じゃなくても大体怒られる系だよね」

 とサウナの暑さでぽやぽやしながら言う中居さん。

「まあ、それは日頃の行いだから仕方がないかな」

「おい、ひでえな!」

 私の身も蓋もない言い方に声を上げる大隅さん。

「ほら、信頼してるから思ったことはちゃんと言っちゃう系だし」

「早速フラグ回収すんなよ!」

 そんなやり取りをしつつ、きっちり大隅さんの全身を隈なく塩まみれにする仕事を完遂した私は、

「さて……」

 ちらり、と先程の相撲式塩撒き犯人を見やる。

「…………」

 視線どころか、上半身まで回転させつつ、私の視線から逃げようとするので、背中を向けたところで大隅さんと同様に背後からがっちりとお腹周りをホールドした。

「あんぎゃー!」

「お仕置きです!」

 怪獣みたいな悲鳴を上げる岩崎さんを羽交い締めにしつつ、私は岩崎さんの引き締まったお腹をくすぐるようにしながら塩の塗り込みを進める。

「ひ、ひゃははっ! ちょ、ちょっと、まっ、待ってこや、ひや、じゅ、準っ! あはっ! あーはーっ!」

 頑張って私から逃れようとする岩崎さん。

 スポーツウーマンな岩崎さんとはいえ体格差は覆せず、私の手で一頻ひとしきり精神をトリップさせていた岩崎さんだったけれども、私が手を止めたことでようやく肉体に精神が戻ってきたようだった。

「ちゃんと謝って」

「…………」

「い・わ・さ・き・さ・ん?」

「わ、分かった、分かった!」

 今度は前から私が肩をガチッと掴んで睥睨するものだから、ようやく岩崎さんも白旗を揚げた。

「ごめん」

「やだね」

「…………」

 岩崎さんの言葉に拒絶を即答した大隅さんに向かって、私がわきわきさせた手を見せると、

「わ、分かった分かった! 許してやるから、その手をわしゃわしゃすんのやめろ!」

 緑豊かな……いや肌色豊かな山肌を覆い隠すように腕で抱えた大隅さんも、私の言葉でようやく素直になった。

 全く、この2人は世話が焼けるなあ。

「じゃあ、岩崎さん、続きするよ」

「う、うん」

 改まってそう言った私がそう言うのだけど、さっきのことがあるからか、やけに体を固くして身構えている岩崎さん。

「……大丈夫ですよ、ケンカしなければ」

 笑顔で私がそう言うけれど、どうも岩崎さんとしてはまだ安心が出来ない様子。

「何というかお母さんって感じだよね、準は」

「あー、ケンカはダメよ! みたいな感じの肝っ玉オカンかもしれないねー」

 岩崎さんのそんな反応に、片淵さんも乗っかる。

「そうかなあ」

 張本人である私自身にそんなつもりは無いのだけど、外から見るとそう見えるのかな?

「ああ、そうだな」

 思いもよらぬ……いや、良く考えれば思い至るけれど、大隅さんからもお墨付きを貰った。えー、本当に?

 兎にも角にも、何だか色々ありすぎたお陰で一周回って落ち着いた私は、

「……岩崎さんって思った以上に腕細いね」

 なんてことを、桃色天国を目の前にしても言える余裕が出来てきた。良くやった私。

 ……いや、本当に良いのかな?

「そ、そうかな?」

 言われた岩崎さんは自分の腕をぷにぷに摘んでみたり、親指と中指の輪っかでサイズを簡単に測定したりする。

「私はそう思うけど」

「準も結構細いし、同じくらいじゃない?」

 もにゅもにゅ、と私の二の腕を揉んでくるから、私も塩を優しく擦り込みつつ、岩崎さんの二の腕を揉み返すけれど、そのまま私はお腹の方へ視線を移す。

「結構ウエストは締まってるね」

「まあ、陸上部でずっと走ってたからね。部活やめてから、ちょっと太ったけど」

 岩崎さんはそう言いながら、自分のお腹の、肉とも言えないほぼ皮部分を掴んで、

「ほら」

 と私に見せる。

「ほぼ皮だから全然問題ないと思うけど」

「いや、体重計は素直だからね」

 やっぱり数百グラムとかが気になるお年頃なのかな。気にしたところで仕方がない気がするのだけど。

「準は……あれだね、思ったよりはくびれ無いね。結構全体的に筋肉質なのに」

「ああ、まあ……そうかな」

 男だからね、って言うわけにもいかないけれど、事情を知らない岩崎さんが精一杯気を使ってくれた言葉に苦笑いを返す。

「岩崎さん、太ももは結構細いね」

「そうかな?」

「と思うけど。長距離選手だっけ?」

「ううん、短距離」

 塩塗りしていない方の足を上げたり下ろしたりして、岩崎さんがそう答えた。

「短距離なんだ。長距離は何となく細いイメージあるけど、短距離でも細くなるのかな?」

「どうなんだろ。あたしも良く知らないけど、うちの学校の陸上部は結構皆細いなあ。あまりガチな練習しないからかも?」

「そうなんだ」

「だから陸上部、弱いんだけどね。準が後1年早くうちに来てくれてればなー、間違いなくレギュラーだったのに」

 あー勿体無い、と溜息を吐きながら岩崎さんが笑いながらそう言い、

「……って、準の足って結構太いね。だから、あれだけ足速いのかな。部活は何もやってなかったんでしょ?」

 そう続けて岩崎さんが私の太ももと自分の太ももを比べながら言う。

「うん。あ、でも中学とかくらいまでは結構運動も好きで、部活の助っ人とかはやってたことがあったよ。バドミントンとかバレーボールとか」

「あー、バレーとか身長高いから、準にゃんなら強そうだよねー」

 胡座をかいていた片淵さんが、いつものにゃはは笑いしながら言う。

「でもそれ以降は全然ですね。……っと、はい、終わったよ」

「ありがと」

 私の終わりの合図で、岩崎さんはぎゅっと伸びをする。

「それじゃあ、次は――」

「はいよー」

 私が言い終わる前に、先に片淵さんが私の前に。

「都紀子、先でいいの?」

「いいよー、ってかほら、最後は準にゃんの相棒というか嫁というか、そっちの方がいいじゃんねー?」

 ちらりと流し目の片淵さんの言葉に、思わず私は目を白黒させた。

「よ、嫁っ!?」

「あっはっは、いやー、別に言葉通りの意味ではなくてねー」

 いつもの快活な笑い声を上げながら続ける。

「ほら、なんていうかさー。紀子ちんと準にゃんってさ、こう、パパとママっぽさがあるっていうか、紀子ちんとか準にゃんが褒められたりすると即座に乗ってくるし、旦那が褒められたときの嫁みたいな感じがあってねー」

「そ、そうですか? そんなことなかった……と思います……けど」

 しどろもどろで正木さんが答えるけれど、確かに思い返してみると、そういう話題のときの正木さんは即答で私を褒める方に回っていたような気はする。

「ま、というわけで大トリは紀子ちんに任せて、先に私が行かせてもらおうじゃないかー」

 そう言って、頭の上で腕を組む。これは悩殺ポーズのつもり……ではなく「さあやっちゃって!」的な待機状態だよね?

 塩を掬ってから、片淵さんの体にも塩化ナトリウムの洗礼を。

「いやあ、皆みたいに起伏のある体じゃなくてごめんねー」

「いえ、これはこれで需要はあるかと」

「ということはメインの需要はあまり無さそうってことかねー」

「い、いや、どうかな? 私も良く分からないなー、あはは」

 最後の1文を付けて無理やり誤魔化したけれど、実際のところはそれぞれの人の趣味に依ると思うので何ともとも。外的要因で判断するのはそもそも宜しくないと思いますので私自身どう判断するということもないわけですが、何で私は誰ともなくそんな言い訳をしているんですかね?

「準にゃん」

「はい?」

 今までの3人とは打って変わって、大人しく塩塗りされていた片淵さんだったけれど、身長差分だけ私を見上げながら、突然言葉を発した。

「敬語やめたけど、アタシたちの下の名前で呼ばないんだねー」

「え、うっ・・・そ、そうだね」

 敬語をやめるのはそんなに難しい話ではないけれど、お互いを下の名前で呼ぶのは随分と距離が近い感じがして、少し気恥ずかしさを感じてしまう。女の子同士ならそれほど気恥ずかしさは無いのかもしれないけれど。

 でも、その原因を深掘りされても困るから、

「下の名前で呼び合うとか、したことがないから、ちょっと、まだ、慣れなくて」

 とややぎこちなく誤魔化すように言うと、

「はあ……小山、お前ホント前のガッコでは友達居なかったのな」

 大隅さんが隣りに座って、何故か肩に手を回してきた。

「え、あ、まあ……いや、別に友達が居なかったというか……うーん……そうだね、うん、居なかったかな」

 大隅さんの、傍から聞いていると結構酷い台詞も、よく考えると正しいから頷くしかなかった。

「前のガッコで何があったかはちょっと聞いたが、お前はもうちょっと言いたいことは言えよ」

「うん……」

「ねえ、準」

 私の言葉に被せるようにして、岩崎さんがすぐに隣に座って言う。

「な、何?」

「前の学校の話、私たち聞いてないよ」

「あ、ああ、そうだね。大隅さんたちには寮に泊まったときに話したけど」

 そういえば、そのときもお風呂だった気がするなあ、なんてことは言葉に出さず思うだけに留めておいたけれど。

「教えて」

 否応なしの岩崎さんの目が私を見る。

 いや、岩崎さんだけではなく、正木さんと片淵さんの目も同じ。

「え、ええっと……」

 あ、コレは拒否できないな、と思っていたら、とどめとばかりにずずいっと岩崎さんが急接近してくる。

「聞きたい、準のこと。というかあたしたち、あまり準のこと知らないし」

「あー、アタシも聞きたいねー」

 温泉に入るカピバラさん的に沈黙を守っていた片淵さんも、

「私も。教えてください」

 岩崎さんの逆隣に座った正木さんも、真剣トーンの声でそう言う。

 四面楚歌……ではなく三面楚歌の私は、別に隠す必要もないからと素直に身の上話をした。もちろん、内容は大隅さんたちに話したことと内容は変わらないけれど。

「そうだったんだ……」

 聞き終わった岩崎さんが沈痛な面持ちで言うから、

「もう、大丈夫だよ」

 私が慌てて両手を振って否定するけれど、

「なるほどねー、準にゃんは準にゃんで大変だったんだねー、よしよし」

 そんな私の頭を撫でる片淵さん。い、いや、ちょっと……くすぐったいというか恥ずかしいというか。

「大丈夫です、私たちは友達ですから」

 正木さんも私をしっかり見据えてそう言うし、後ろの方で大隅さんがうんうん、と何やら頷いている。

 ……でも、その先に見えている中居さんの吹き出す顔が見えているのが凄く気になる。色々分かっているからだと思うけれど。

「あ、準にゃん。ちょっと手、広げて」

「え? うん、良いけど……」

 言われた通りにすると、片淵さんが抱きついてきた。

「え、ちょっと……?」

「大丈夫だかんねー」

 片淵さんが母性を使いこなしつつ、そう抱きつく。多分外から見たらお母さんに抱きつく子供みたいに見える気がするけれど、片淵さんなりの心遣いなんだと思う。

 ……と、思っていたら。

「……で、そうすると紀子ちんが嫉妬する、と」

 振り返りつつ、ニヤリと口角を上げながら片淵さんが言う。

「えっ?」

「へっ……あ、いや……」

 言われた正木さんが左右を見る、というか大隅さんや私の顔を見て、

「ち、違います違います!」

 と再度正木さんが盛大な反応を見せる。う、嬉しいけれど、正木さん反応しすぎです。

「にゃっはっは! じゃあ、最後、紀子ちんだねー」

 そう言って、場所を譲る片淵さん。でも、今のさっきで正木さんと向かい合うのはちょっと恥ずかしい。

 どうやら、それは正木さんも同じだったみたいで、

「あ、あの…………」

 しばらく沈黙の後。

「おっ、お手柔らかにお願いします」

 深々と頭を下げるから、私も思わず、

「い、いえいえ、こちらこそ」

 と謎の反応を返す。

「何がこちらこそだよ」

 後ろから見ていた大隅さんがそんな反応を私の後頭部に投げつけるけれど、でも私自身そう思う。

「じゃ、じゃあ行きますよ?」

「ええ、お、お願いします」

「何か新婚さんみたいじゃん?」

 にへらと笑う中居さんが煽るから、わたしたち2人は思わず視線を逸してしまう。ああ、これじゃあ全然始まらないし、進まない。

「……よしっ」

 自分で自分に活を入れつつ、塩化ナトリウムを掴む。

 とまあ、正木さんwith塩化ナトリウムが始まったのだけど。

「何か、手つきがやらしいじゃーん?」

 怪しげな笑いと共に中居さんがそう言ってきたり、

「何だ、岩崎とか片淵よりも正木みたいな巨乳好きか」

 大隅さんがニヤリとしたり、

「紀子には何か優しくない?」

「だねー」

 岩崎、片淵コンビも疑惑の視線(とは言いつつ、片淵さんは笑っているけれど)を投げかけてくる。

「い、いや、別にそんな……」

「そ、そうですよ。特別ではないですよ」

 私と正木さんがそう反応すると、

「同じことを言うのがますます怪しい」

「だな」

 犬猿の仲の岩崎さんと大隅さんがどちらも頷く。

「まあ、でもうちのクラスは他にも揉むの好きなヤツも居るしな」

「い、居るの!?」

「ああ。自分もでっかいの持ってんのに、人のばっかり揉んでるな。自分の揉んどきゃ良いのに」

 大隅さんが思い出すように言うと、

「あー、桝井ね。いやー、他の子のぽよぽよを触るのが良いぽよ」

「ぽよぽよ言うな」

 いつも通りの大隅・中居コンビなのだけど、勝手に話が進んでいくのが非常に困る。べ、別に大きければ良いという訳じゃないんだからね! ってそういう問題ではないのだけど。

 脳内でセルフツッコミをしていると、

「だ、大丈夫ですよ。気にせず、続けて、くださいね」

 当事者Bである正木さんが豊かな2つの山を差し出すので、

「え、ええ、そうですね」

 当事者Aの私はあまり恥ずかしがらないように努めつつ、それでも手に返ってくる柔らかな弾力にドキドキしない訳もなく、サウナによる暑さだけではない鼓動の早まりを意識しながらも、目一杯冷静なつもりで手を正木さんの肌の上で滑らせる。

 時間配分を上半身の前3割、後ろ7割くらいで、2つのお山に執着していませんよ、ともう遅い気はするけれど、態度で示していた私が、

「じゃ、じゃあ、今度は下半身を……」

 と正木さんの危険が危ない場所に、手を伸ばすと、

「……っ」

 正木さんがぴくっ、と反応するから、私は慌てて手を引っ込める。

「あ、す、すみません」

「いえ、こちらこそすみません」

「いえいえ、こちらこそ……」

 私が思わず手を戻してしまったことに対して、正木さんが謝るのだけど、むしろこちらもこちらで頭を下げてしまい、謝り合戦が始まる。

「あ、えっと、続けてください」

 謝り合戦を切り上げたのは正木さんが先だった。

 それでは、と言いながら私は手を伸ばすけれど、体のそこここに触れる度、正木さんが声を上げるから、私もその度に手を止めてしまう。

 結局、岩崎さんや片淵さんの1.5倍くらい時間を掛けたけれど、別にそういう訳ではないですよ? と何処かに対して言い訳をしつつ、

「はい、終わりました」

「……ふぅ」

 私の終了宣言と上気した様子の正木さんの溜息で、全て終了した。

 後はサウナを――

「よし、んじゃ次は小山だな」

「……えっ?」

 大隅さんの言葉に、私が疑問符を付けて投げかけると、

「折角の塩サウナなのに、お前まだ塩まみれになってねーだろ」

 とのこと。ああ、なるほど、確かに。

「んじゃー、皆で小山さんに塩を塗ろうかー」

 これ幸いというわけではないけれど、

「お、良いじゃねえか。あたしもやり返さないといけないとは思ってたんだよ」

 目を光らせた周りのメンバーが、

「よし、準にやり返すチャンスだ!」

 逆に手をわきわきさせ返しつつ、

「んじゃ、こやまんの小山こやまを頂くぽよー」

 周囲を囲まれた。逃げられない!

 にじり寄る大隅、岩崎ペアから避けようとすると、正木さんと片淵さんが左右を囲う。

 そして。

「さあ、皆で好きにするじゃん?」

 後ろから勢い良く、私の偽モノの半球をがっちり掴んだ中居さんがそう叫ぶと、

「おっしゃ!」

「さあ、準。覚悟してね!」

「にゃはー」

「す、すみません」

 それぞれ強弱はありながらも、楽しそうな声で言いながら迫ってくるから、

「ちょ、ちょっ……あー!」

 好き放題されつつ、私は皆に塩まみれにされていく。

 そんな中で、突然の耳打ち。

「こ、こやまん」

「ど、どうしました?」

 背後から小さく中居さんの声が聞こえて、私も小さく返すけれど、

「こやまんのぽよぽよって……外れるの?」

 と、控えめに尋ねてくる。

 しばらく言葉の意味が分からず、首を捻っていたけれど、なるほど胸元のそれの話をしているということにようやく気づき、サウナの汗とはまた別の汗が流れ始めた。

 そ、そうだった。この作り物の女の子変身セットはちょっと熱めのお湯で接着剤が溶けてしまうから、危険なのだけど、すっかり忘れていた。それだけ女装慣れして……いや、そういう話ではなくて!

「は、外れます……」

「ヤバイじゃん?」

 触っているのが中居さんだったのが救いだけれど、何故今更突然外れるようになったのかが分からない。

 もしかすると、温度だけではなく、湿度……水分も影響があるのかもしれない。サウナ自体は直接水に触れているわけではないから大丈夫だったけれど、汗をかいてしまったから浮き上がって……ってそんな原因調査をしている余裕もない。

そして、こういうときに限って、

「よし、小山。随分、あたしのを触ってくれたからお返しだ」

 などと大隅さんが私ににじり寄ってくる訳です。貴女、分かっててやってるでしょ! と心の中で叫んでいたり。

「い、いや、基本的には塩を塗り込むのが目的で……そ、それに最後のアレは不可抗力と言うか」

「問答無用だっ」

 私が言った言葉を返すように、大隅さんが私の上半身に付いている2つの偽山に手を伸ばすけれど、

「こ、これは触っちゃ駄目ってゆーか!」

 腕で覆い隠すようにして、事情を知っている中居さんが援護してくれる。

 でも当然事情を知らない側の大隅さんの次の質問は、

「ん? 何だ晴海、何で触っちゃいけねーんだよ」

 となる訳で。自明の理。

「えっと……あー、アレだよアレ、こやまんのコレは、えっと、アタシのっていうか……いや、そーゆーのと違うんだけど」

 などと手榴弾級の話題を肩に担ぎかけた中居さんが、慌てて否定しながらごにょごにょと言い淀む。何ですかね、この女の子グループの子たちは話題暴発系女子ばかり集まってるんですかね。

「は? 何だ。小山が大きいの好きなら、お前は小さいの好きだったのかよ」

「ち、違うぽよー」

 疑惑の視線を送る大隅さんと必死に否定する中居さん。

「違わねーだろ」

「そうじゃなくて、こやまんのコレはその……」

 言葉に窮していると、

「だー、うっせ。とにかく! お返しだ!」

 そう言いながら大隅さんが、中居さんの手を払い除けて、私の胸のそれに掴みかかり――

「あっ」

 ポロリ、と取れた。

 ……取れて、しまった。

 ああ、終わった。これで全てが終わってしまった。小山先生の来世をご期待下さい!

 脳内で『小山転生~女装男子が生まれ変わって本当の女の子に!?~』などという現世転生系小説の題名が脳裏に浮かんだ辺りで、

「…………小山」

 大隅さんが私をめつけてきたから、現実に引き戻される。

「あ、あの――」

「そんなに胸、小さいこと気にしてたのか……」

 深い溜め息と共にぽんぽん、と肩を叩かれた。

 ……あれ?

 私の想像していた反応と違いますね?

「準、仲間だから大丈夫だよ!」

 岩崎さんも、いつの間にか私の手を掴んで、がっちり握手を交わしているし、

「いやー、ほら。控えめなのはステータスだと思うから、気にしちゃ駄目だよー?」

 片淵さんも目を細めてそんなことを言っているし、

「わ、私も小さくても好きですから!」

 正木さんに至っては、やっぱり謎の爆弾発言をしているし。

 ……ああ、そっか。

 もしかすると股間の方のはまだ張り付いているから、単純に上半身が真っ平らなのを気にしている系女子だと思っているのかもしれない。下着型だったことが救いだったのかも。

 つまり、助かった、と?

 いや、でも本当に気づいていないの?

 あんぐりと口を開けていた中居さんは、わたわたと話を合わせる。

「しかし、晴海。お前がさっきこの胸があたしのだとかなんだとか言ってたのは、お前の嵩増し用のパッド渡してたのか?」

「ち、違うじゃん! このこと知ってたから、隠してあげようと思っただけだし。うーん、でも……」

 ニヤリ、と良いことを考えついたみたいな中居さんは、

「こやまん、胸がコンプレックスだって気づかれちゃったんだから、折角の機会だし、サイズアップブラとか買いに行こうじゃん?」

 なんてことを提案してきた。サイズアップブラ?

「お、何だ、面白そうだな。あたしも混ぜろよ」

「いやいやー、星っち考えてみなよ」

 話をしながら冷静を取り戻したらしい中居さんは、大隅さんにチッチッと指を振る。

「なんだよ」

「何でこやまんがこんなの付けてたか考えてみそ」

「ん? そりゃあ……」

 言いにくそうに私の表情を伺いながら、

「小さいからだろ」

 と鼻息と共に言葉を吹き飛ばした。考えた割には随分とストレートですね。

「いやあ、結構ストレートに言ったね、星っち」

 どうやら同じ感想だった中居さんは、こほん、とわざとらしく咳払いして、言葉を続けた。

「それだけ胸を気にしているこやまんが、ブラを選ぶところを星っちとかのりぴーとかみたいに大きいコたちの横で選ぶ悔しさ、考えたことある? アタシに謝るべきじゃん!」

「お前にかよ! ってかお前もそういうもんなのか?」

「いや、アタシは別にどーでもいいけどさー。こやまんみたいな気の小さいコはそういうもんなの! 星っち、デリカシー無さすぎじゃん!」

 大隅さんが、悪いことをしたという表情をこちらに向けてくるのだけど、もちろん言うまでもなくそんな気は一切ない。

 ただ、そういえば岩崎さんが正木さんと一緒に下着を買いに行くときに気にしているみたいな話をしていたから、やっぱり女性同士でもそういうのあるのかもしれないので、

「あ、あはは……ま、まあ、そういうのも、無いわけでは……」

 と誤魔化し笑いをしておいた。

 ……というかのりぴーって正木さんのこと?

「ということで、こやまんはアタシと買い物に――」

「ちょっと待ったーっ!」

 大仰な動きで待ったを掛けたのは、件の控えめサイズを気にしているから正木さんと一緒にブラ買うの気にしちゃう系女子の岩崎さん。

「準とブラを買いに行こうって話をしてたのはあたしが先なんだから」

「何、明日買いに行こうって話してたん?」

 中居さんが私を見るから、素直に首を横に振った。

「べ、別に明日とは約束してないけど、準と一緒に買いに行こうって話はしたよね!?」

 私の肩を掴んで、岩崎さんが激しくがくがくさせるので、

「う、うん、それ、は、話、を、した、よね」

 言葉がコマ送り動画の音声みたいになっていたけれど、そう答えた。

「ふーん? じゃあ、一緒に行くー?」

「何で一緒に行かなきゃいけない訳?」

 食って掛かる岩崎さんに対し、

「えー? どうせ買い物行くなら一緒でいいじゃん? どうせなら片淵も行く?」

 とにっこりスマイルで余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の中居さんは、話を片淵さんにも振る。

「んー? ……ああ、準にゃんが良いなら、別に良いよー」

 話を振られた片淵さんは私の方をちらりと見てから、こくりと1度小さく頷いて答えた。

 うーん。前から薄々感じてはいたけれど、サウナ入ったときの片淵さんの表情と言葉も含めて考えると、片淵さんもあまり大隅さんと中居さんに良い印象は持っていないようだから、無理強いはしない方が良い気がする。

 ……でも、むしろこれをきっかけに仲良く出来るかもしれないとも思うし、悩みどころかな。

「良い、んじゃないかな」

「だってさ。んじゃ、ぺったんズでブラ買おー!」

「ぺ、ぺったんズ?」

 拳を突き上げた中居さんの、また新たな造語に私は戸惑いの声を出すけれど、私の困惑など意に介さない様子で、

「じゃあ、駅前10時集合でー、よろー」

 と勝手に話を進める。

「ちょっと、それ遅くない?」

 中居さんの提案に真っ先に反論した岩崎さん。

「いやー、アタシって起きられないじゃん?」

「いや、知らないし」

「寮だったら良いけど、アタシんち遠いから10時じゃないと間に合わない! だから決定!」

「おい、勝手に話進めんなよ」

 ハブられた大隅さんがそう言うけれど、

「大きい組は大きい組で、別で買った後の合流は認めるぽよー。ただし、買ったものを見せびらかしたらこやまんに揉まれるの刑だから」

 と何故か私に飛び火しているし、そのお陰で大隅さんがまた2つの大玉饅頭をぎゅっと隠しながら私をジト目で見るし。いや、私はしないよ!?

「ってか大きい組て……幼稚園児じゃねーんだぞ」

「星っちはおっきいのりぴーと仲良く、大きいことの悩みを勝手に打ち明けあっとけばいいんじゃね! そうじゃね!?」

「やっぱり怒ってんじゃねーか」

「怒ってないしー」

 おちゃらけた中居さんはそう言って、

「んじゃ、そろそろサウナ出るー。てか、長く居すぎたし、あつすぎじゃーん……」

 ふらふらと中居さんがサウナを出ようとするから、

「おい、勝手に行くなよ! ったく……じゃーな!」

 大隅さんが慌てて中居さんを追いかけてサウナを出る。

 嵐みたいな2人が出ていくと、

「ふー……」

 誰からともなく、4人の溜息がサウナに広がる。ただし、ちょっとだけ意味合いが異なる溜息が1つ。

 もちろんそれは私のもの。

「…………」

 ば、バレなくて良かった……本当に良かった。

 心臓が口から飛び出て、地球1周して戻ってきたんじゃないかってくらいに心臓が飛び跳ねたと思う。もう一生、これ以上のことは無いんじゃないかって思うくらい。

 いや、もし本当に男だとバレた場合はこれじゃ済まないのかもしれないけれど、少なくとも最近のびっくり現象の中ではトップどころか超弩級ちょうどきゅう狼狽ろうばいというか恐怖というか。夏の怪談にはちょっと早いよ、ってそういう冷や汗とは少し違うのだけど。

「小山さん、本当に行くんですか?」

「……え?」

 結構こういうこと多い気はするのだけど、別のことを考えていたら正木さんに掛けられた声に数拍遅れて私は返事をした。

「明日のお買い物です」

「あー、えっと、はい。行くつもりですよ」

 不安を数割混ぜた表情の正木さんの横から、それに加えて怒りも数割混ぜた岩崎さんが、

「あたしも結局拒否しきれなかったけど……あの中居とでしょ? 今からでも止めた方が良いと思うけど」

 と語気を強める。

「そうかな……」

「だってさ、中居だよ?」

「うん、知ってるよ」

「不良だし」

「うん、そうだね」

 暖簾のれんに腕押しとはこのことか、とでも言いたげな表情の岩崎さんは、それでも言葉を繋げた。

「前も言ったと思うけど、あの2人と絡んでると色々と……ほら、良くないって」

「うん、それも知ってる。仲良くしたら教師に目を付けられる、っていう話も覚えてるよ。でも、だからこそ先生とか周りの見る目を変えてあげるべきなんじゃないかなって」

「簡単に言うけど、全然変わんなかったからアレなんだと思うなー」

 後ろから飛んできた片淵さんの言葉に、思わず「確かに」と頷きそうになったけれど、それじゃあ駄目なんだと思うから。

「少しだけ」

「え?」

「少しだけ、時間が欲しい、かな」

 片淵さんが私の体に自分の体を預けつつ、背後から言う。

「……もしかして、更生させるつもりだったりするー?」

 片淵さんの言葉に、私は首を横に振って答える。

「そんな大層なことじゃないよ。ただ、彼女たちが、本当に皆言っているような子なのか、確認する時間が欲しいなって思う」

 私はそう言って、岩崎さんに笑いかける。

「ほら、私ってまだ転校してきたばかりだし、さっき学校の話を少しだけしたけど、うちの学校って完全な進学校だったからちょっと変わってたから、彼女たちみたいな子は新鮮なんだよね。だから、もう少しだけ話をしてみたい――」

「……」

「――と思う、んだけど」

 最後の方をごにょごにょ言った私に対して、岩崎さんだけではなく、片淵さんも正木さんも黙りこくる。

「もし、本当に変なことに引っ張られそうなら、あの2人にビンタしてでも離れるから」

 そう私が努めて明るく言うと、

「……あはは、まあ準ならあの2人くらい組み伏せられそうだしね」

 岩崎さんが、まず笑ってくれた。

「準にゃんなら、まあ何とかしてくれそうな気はするしねー」

 片淵さんもそんな何の根拠もないフォローをしてくれる。まだ貴女のことについてもまだ解決していないのだけど、それでもそう思ってくれたのなら有り難いとは思う。

 最後、正木さんは。

「……もし、小山さんが困ったときには助けに行きますから」

 ちょっと真面目過ぎるかなとは思うけれど、そう言って笑顔を見せてくれた。

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