犬派な君と猫派な私
狂犬な忠犬くんシリーズに出てくるいおちゃんの兄のお話です。
シリーズを読まなくても読めます。
例の如く、糖度低めです。
私は猫が好きだ。あのふわふわとした毛に鋭い目つき、ぴょこんとした耳。しなやかな動き。なにより、自由気ままな性格!絶妙なタイミングで甘え、しかし、甘えすぎず冷たくしすぎず程々の塩梅の飴と鞭。最高。最高な生き物、それは猫。
「ふぁあぁぁあ…!!」
そう、私結城 千里は猫派である。趣味は、猫カフェ通いの花の女子高生です。嗚呼、今日も麗しいですよ、ミー様(猫である)
「超…可愛い…!!」
私の週に一度の至福の時。誰にも邪魔されず、猫カフェ「ている」の看板猫様であるミー様を愛でるだけの時。
あぁ、可愛い。
チラリと私を見てそっぽを向いてしまうミー様。そうですね、寝る子と書いて猫とも言いますもの。眠たいですよね!大丈夫ですよ、ミー様!私はミー様の寝姿を愛でることも至福!!
最高の時間ですから!
そう、幸せなのだ。
「結城、この子はなんていうんだ?可愛いな」
「ちょっと。寝てるミー様に触らないで下さい」
––––– この男がいなければ!!!
私はミー様を撫でようとしていた男の手を叩き落としつつ、睨む。ミー様が起きてしまったらどうするんだ、この男!
この不愉快な男は、北里 悠。サラサラとした黒髪に、人好きしそうな笑みを浮かべている整った顔立ち。そして、低めの甘い声、泣き黒子が特徴的な優男だ。学年主席で、運動神経抜群なため大変人気がある男であるが、腹黒だ。そしておそらくドSだ。不本意ながらそれを知っているのは私だけのよう。なにゆえ。
「あ、ごめん。妹から電話が来ちゃった。ちょっと待ってて。
…もしもし?うん、わかった。情報集めとく。うん、薫の様子見てやれよ?それと、無茶はするなよ?兄ちゃん、伊織に何かあったら相手を締め上げるかもしれないからな」
そして、相当なシスコンである。妹さんの名前は北里 伊織。黒髪のセミロングで、少々言動が男前な子だったはず。確か…中学3年生だったか。薫、というのはおそらく幼馴染の男の子の事だろう。私は聞いてもいないのに、教えてくるこの男のせいで何故かそこらへんの交友関係を知っているのだ。
「…ごめん、結城。お待たせ」
「待ってません」
「なぁ、結城。そろそろおやつの時間だけど、今日は買うの?」
「……!!」
その言葉でハッとする。おやつの時間。それは、猫たちとの戯れタイム!!おやつを買うとたちまち猫たちの人気者になるのだ。おやつ欲しさに擦り寄ってくれる猫たち。打算的だがちくしょう愛らしい。
そして、なによりミー様はこのおやつの時間で、なんと。私の手からおやつを食べて下さるのだ!!!最高!!普段ツンツンしているミー様!デレの一面なんて!そりゃあもう可愛くて可愛くて!!
「〜〜っ!ミー様…!!」
「…嬉しい?」
「もちろんですよ!あぁ…ザラザラしてしっとりとした舌可愛い…時々くすぐったいのもまた至福…」
ミー様は一心不乱に私の手の上にあるおやつを食べている。ああぁ…可愛い。可愛いしか言えない。私の語彙力が消滅。仕方ないさ、この可愛さを前にしたら万人の語彙力という語彙力が消え失せるだろう。ミー様最高。
「……その笑顔をすこーしでも俺に向けてくれたらなぁ」
「何馬鹿なこと言ってるんですか、ありえませんよ」
そろそろ説明しよう。何故この男がここにいて、私に絡んでくるかを。
あれは、数週間前の出来事だった。
「ずっとずっと、好きなんです。付き合って下さい…!」
「……ごめんね。俺、大切な子がいるんだ。だから、付き合えない」
「……っ」
校舎裏でクロちゃん(その名の通り黒猫だ)と戯れていたら聞こえた会話。そう、定番のアレだ。女子が息を呑み、走っていく音が聞こえた。
私には関係ないし、名も知らぬ女子だったからまぁ、問題ない。そうしてクロちゃんとの戯れを再開しようとした。…しかし、それは阻まれることになる。
「盗み聞き?」
そう言ってきたのは、想像通り告白されてた男、北里 悠である。どこか面倒くさそうに髪をかき上げこちらを見ている。本当お綺麗な顔してますね、なんて思ったが口には出さない。どう考えても皮肉ですしね。
「私がいた所にあなた方が来ただけです。そして、勝手に始めただけでしょう。……第一、盗み聞きして私に何の得が?」
「そう。誤解しちゃってごめん。で、結城さんは何してたんだ?」
驚くことにこの男は私の名前を知っていた。そして気がつく。この男、確か同じクラスだ、と。いや、覚えとけよ、と思うかもしれないが…私はクラスメイトの名前を覚えていないし覚える気もないのだ。パッと見でわかるわけがない。
「……見てわかりませんか?く…猫と戯れてます」
「凄い懐いてるな、この子。撫でてもいい?」
「……嫌がらなければ好きにしたらいいですよ」
「ありがとう。……わぁ、ふわふわだ。毛並みもいいし、どこかの飼い猫か?」
「……家の4軒先のおばあちゃんのとこの猫ちゃんです」
「そっかー」
最初の印象は割と良かったのです。猫の嫌がることをしませんし、私に関してのことを聞いてきませんし。そして、どうせこれっきりだろうと思っていましたし。
しかし。
「おはよう、結城さん」
「……えっ、お、おはよう…ございます」
次の日も。
「結城さん、可愛い寝癖がついてるよ?おはよう」
「……どうも。おはようございます」
また次の日も。
「結城さん、一緒に帰らない?」
「お断りします」
何度も何度も話しかけてくる北里 悠。
あれ以来、ずっとこの調子なのだ。この男は。そして、あの時の告白の断り文句の中ででてきた大切な子が妹だとは思うまい。私だって知りたくなかった。知りたくなかったさ。
ストレスだ、物凄いストレスだ。女子の皆さんの視線が怖いです。やめてくれ、私を見ないで欲しい。北里 悠なんざどうでもいいし、熨斗つけて返したいです、是非とも誰か受け取って。
「ちーちゃんいいなぁ。北里君って凄く人気なんだよ?頭いいし運動神経抜群だし、すっごく優しいし!」
「止めてよ、百合ちゃん…私は迷惑してるんだから…」
親友で幼馴染の千葉 百合菜がそんな事を言う。百合ちゃんはからかい半分で言っていることがわかる。何故ならこれっぽっちもいいなぁ、など思っていないから。
「まぁ、私の彼氏様には及ばないけどね!」
「あー、ハイハイ。ご馳走様ー」
百合ちゃんには彼氏がいる。あの男、北里 悠の友人で優しそうで穏やかな性格の男子だ。どことなく小動物感がある。その彼氏に百合ちゃんはぞっこんなのだ。そう、他の男に見向きもしないほどに。
「でもさぁ、いい話しか聞かないよ?彼。うちの彼氏様もいい奴だよって言ってたし」
「だからでしょ!完璧な人なんていないの!どこか裏があるに決まってるの!……もし本当に完璧な人だったら、尚更嫌よ!気持ち悪いもん!!」
沢山ある理由の中で特にこれだ。その点で私は北里 悠が苦手なのである。ムリ、本当無理。ただでさえ、キラキラしたリアルが充実してる系の人たちは苦手なんだから…!あの人達はもう、別次元の生き物だと思ってる。
「どんなにイケメンだろうが、才色兼備だろうが優しかろうが!!嫌なものは嫌!!」
「!ちょ、ちーちゃんストップ!ストップ!!」
百合ちゃんに止められるが、もはや私は止まらない。言いたい事を言わせてもらおう。
「それに!わたしは猫派なの!!」
「……それは先程までのと、どう繋がりが?」
「だって!明らかにあの人は犬系でしょ!!?尻尾振ってやってくる大型犬タイプよ!?むり!!猫がいい!!」
「なるほど」
「だから、私は––––…ん?」
今の声、百合ちゃんにしては低かったような?ぎこちない動きで横を向く。こっちには誰もいないはず…?
「そっか、俺はそういう風に見えているのか。犬、と言われるとは思わなかったなぁ」
「っ!?ぬ、盗み聞き!!」
「不可抗力だよ?結城さんが俺の話をしてたから。前に結城さんもあったしおあいこってことで」
北里 悠がそこにいた。いつの間にか隣に鎮座している。待って、これ全部聞かれてた!?どこからだ!いつからいた!?
「あのー、つかぬ事をお聞きしますが…どこから聞いてました?」
「だからでしょ、辺りからかな?」
「ほぼ全部!!?」
なんてこったい。私が北里 悠に関する事を愚痴り始めた頃じゃないか、完全に聞かれてるよどうしよう。へい、神様。なんとかして、この状況。
「迷惑、かけちゃってたんだね…ごめんね、結城さん…」
「え、あ、いえ、その」
しょぼくれてそう言う北里 悠は、見るからに困り眉でなんか、こっちが申し訳なくなる。いや、マジで犬ですね。垂れてる尻尾が見える……てか、百合ちゃんどこいった。いつの間にか消えてる。逃げたなちくしょう。
「……でも」
ふと、距離が近くなる。待って、来ないで。
とん、と北里の手が壁につく。これ、あれだ。巷で話題の壁ドンとやらだ。全くもって嬉しくない。トキメキとはなんぞや。
そして、北里が低くこう呟く。
「……俺、ちょーっと傷ついたかも?」
ひぇ
傷ついた人の声色じゃない。というか耳元で喋んないで欲しい。こいつ、微塵も傷ついてないだろ、楽しんでるだろ!!
「え、ぁう、その、あ、えっと」
ど、どうしよう?突然のことに私の脳内はパニックに陥ってるよ、冷静になろうよ、どうしよう!?どうしたらいいの!?冷静になんて、なーれーなーいー!
「ご、ごめん、なさ、い」
「……」
とりあえず謝らなくては。そう思った私は、若干涙目になりつつ謝罪の言葉を口にする。……待てよ?これ、私あんまり悪くなくね?謝り損だろ。
「…………にゃにふるんれふか」
「うん?ほっぺを摘んでるんだよ」
「……いひゃい」
何がしたいんだこの男。遠慮なく私の頬を摘んでる北里に少々引く。訳わかんない、何この人。
「ね、結城さん。俺はね?優しくなんてないよ?完璧な訳ないし、目指してもいないし」
何か突然言い出したぞ。北里は私の頬を摘むのを止め、ただひたすらこちらを見てくる。その視線には目もくれず摘まれた頬を撫でる私。その態度に苛立ったのか、北里が少々強引に目を合わせてきた。その際腕を掴まれる。ちょっと痛い。離せちくしょう。
「俺、犬派なんだ。だってさ、犬って従順でしょ?だから、楽なんだよね。人でも動物でも……犬が一番」
「……何が言いたいんですか、喧嘩売ってるんですか?」
私は猫派だって言ってるだろうに。それに、北里が犬派だろうが何だろうがどうでもいいんだが。……犬派な理由がだいぶおかしい気がしたのは気のせいだろうか。黒くね?だいぶ黒くね?
「……でも、猫を屈服させるのもいいなぁって思っちゃったんだよね」
「……鬼!鬼畜!!」
「酷い言われようだなぁ。
……俺が犬なら、結城は猫かな?」
それは要するにお前を屈服させてやるぞ、ということでショウカ。
にっこりと笑った顔は完璧に黒かったです。
それからというもの、北里の言葉に副音声が聞こえるようになった。恐怖。
「結城さん、おはよう。今日、一緒に帰ろう?」が「結城、おはよう。まさか逃げたりしないよね?」になったり。
「結城さんは本当に猫みたいだなぁ、可愛いね」が「懐かない猫をどう懐柔しようかなぁ」に聞こえたり。
苦手に恐怖の項目がプラスされた。初対面時の好印象?そんなもんはとっくの昔にマイナスになったわ。
「結城、明日の9時に駅前に来て。来なかった家まで迎えに行くから」
「え」
「それじゃ、ばいばい。また明日」
有無を言わせない待ち合わせ。待ってくれ、私の家を何故知っている。あぁ、あの笑顔…絶対に行かなかったら来るよ…来ちゃうよ……ひぃ…
なすすべもなく翌日になりました。人に会うのに当たり障りない服を着て必要最低限の荷物を持ち、玄関へ。
これから会うのは鬼であり悪魔であり恐怖の大王である。その旨を弟に伝えると「馬鹿じゃねぇの」とのお言葉を頂いた。最近反抗期気味の弟よ、お姉ちゃん悲しい。助けにきとくれよ。後で頭撫でたげるから。だから姉を助けておくれ。勿論ガン無視されました。悲しい。
「あ、結城。おはよう」
「おは、よう、ゴザイマス…」
「じゃ、行こうか」
「えっ?ど、どこに…」
「私服初めて見たけど、可愛いね」
あれー、すごい鳥肌だぁー
逃げようとした所腕を掴まれ逃亡不可になりつつ、せめてもの抵抗として引きずられる私。どこに行くんやっていう質問にも答えてもらってませんがな。
「…………えっ」
着いたのは、私もよく知る場所だった。…そう、猫カフェ『ている』である。毎週土曜に此処に通っているのがバレたのか…!?
「え、な、なんでここに…?」
「なんとなく」
明確な答えは頂けないと。そうですかそうですか…
そして、冒頭に戻る。
「…ね、どうして俺が結城さんを構うと思う?」
唐突にそう聞いてきたぞ、この男。
質問の意味がわかりませんね、本当。
「…面白がってるだけでは」
「やだなぁ、本当にそう思ってるの?そうだとしたら、馬鹿だねぇ」
「…」
馬鹿にされました。なんだこいつ。
ニコニコとした微笑みは、整いすぎている顔のせいで眩しく感じる。目が眩むわ。顔の形変わるまで引っ叩いてやろうかこんちくしょう。
店を出て、緑が茂る道を川沿いに歩く。川のせせらぎや葉の擦れる音、木漏れ日に心を踊らせるいつもとは違い、隣にいるこの男が気になって仕方がない。1人でのんびりと歩きたい。邪魔だな、本当にこの男。
ふと、手に別の感触が。北里の手が、私の手に触れ、そして握られる。
待て待て待て待て。
ちょっと待って!?これ、これって俗に言う恋人繋ぎですよね!?なんで!?えっ!?
脳内パニックが止まらない。
小さな祠のある道に手を引かれて入る。より一層緑が深くなり、目の前の男の髪を新緑に染めてゆく。きれい、不覚にもそう思ってしまった。
「…結城」
止まった、と思ったら名前を呼ばれた。てっきり笑っていると思っていたのに、真面目な顔して私を見る。北里の瞳に映る自分が酷く間抜けに見えた。
「本当に、わからない?」
なにが、なんて言えなかった。北里があまりにも真剣に言うから、私は。
「いや、わかるわけないよね。何の為の口だよ。言えよ、直接」
「……」
思わず本音が出ちゃったよね、こう、ポロっと、ね?
「……ふ……ふふ……」
「え、なに…」
急に北里が堪え切れないというように笑い出した。馬鹿にしてんのか、この男。いや、してたな、さっきしてたな。
ついに北里は爆笑し始めた。笑いすぎて泣いてる。嘘だろ、どこにそこまで笑う要素が…?少々(頭が)心配になり、声をかけようとした。そんな時だった。北里の、先ほどの私のようにポロッと溢れるように呟かれた言葉に動きが止まる。
「…ははっ……あー…好きだなぁ…」
え、
「…好きだよ、結城。俺は結城が好きだ」
「…は?」
「猫を見て幸せそうにしてる結城が好き。猫を見るだけで嬉しそうに笑う結城が好きだ。そのくせ、その笑顔の1割も俺に向けてくれない結城が好きだ。嬉しそうに、幸せそうに笑う顔も、声も、目も、全部好き。だいすき」
冗談だろうと思えた。いつものような、軽口だろうと。でも、無理だった。そんな風には、これっぽっちも、見えない。
–––––––なんて顔で、破顔するのだろう。
なんでこう、イケメンの満面の笑みって凶器なんすかね。やばいよ、これは見惚れるよ。仕方ないよ、ときめいちゃうよ。
でも、それと同時に気づいてしまう。この男は、普段滅多に笑わないのだなと。いつもの笑顔は、作り物か。そう思うと、この完璧人間が、完璧であろうとする不完全な人間に見えた。
「……だいすき、ですか」
「そう。大好き」
多分この男は答えを求めてない。ただ、思ったから口にした、というだけだろう。その証拠に何も言わないし、こちらを見ようともしない。
「……答えは、聞かないんですか」
「うん。だって、俺は犬だもん」
「なんですか、急に」
「…結城は猫が好きなんでしょ?…それなら、“犬”の俺は圏外だ」
しょうがない。そう言って笑う北里を見て、どうしてか、胸に小さな痛みがあった。どうして、笑うのだろう。どうして、肝心な時に自分の気持ちを抑え込むのだろう。いつも、うざったいくらいに強引なくせに。嗚呼、本当に。
「ばっかじゃないの」
「え」
見ていてイライラする。何なんだこいつは。完璧人間?どこがだ。こんな奴のどこが完璧なんだ。この男を完璧だと思っている周囲も、そうだと決めつけていた自分も、否定する事すら諦めたこいつ自身にも
––––––腹が立って仕方がない。
「好きだとか言っておいて、自分は圏外だからって決めつけて、そのくせ私に強引に構って?なにそれ。馬鹿なの?諦めきれてない事にも気づかないで自分の気持ちを抑え込んで、なんなの。
散々振り回すだけ振り回して、今更なに?言っておきたかっただけとか言うんじゃないでしょうね。好きだとか言われたこっちはどうすりゃいいわけ?前と同じように接しろと?これからも今で通り振り回されろって?いい加減にしてくれない?
気持ちを伝えるなら、答えを得る覚悟をしなさいよ!!この、自己中心的な駄犬が!!!」
それはもう、イラついていたからとしか言いようがない。私はキレていた。散々、この男に困惑させられ混乱させられ、苛立たされた私は、限界が来ていたのだ。我慢の限界だった。
だから、感情のままに怒鳴ってしまった。説教ではない。こんなのはただの苛立ちをぶつけた感情論で、私の価値観の押し付けだ。そして、言いすぎた。少し冷静になった頭ではそう思う。…駄犬はない。ないよね、うん。
「……だったら、俺は、どうすりゃ、いいの…
結城は、俺の、こと…嫌い、だろ…」
いや、でもね?まさか、あのイケメンで何でもできる完璧人間とか言われてる北里を泣かすとは思わなかったのですよ。嘘だろ、マジ泣きだと。
「振り向かせたくたって、どうしたらいいかなんて、わかんないし、気持ちを伝えたって、玉砕されるなんて、わかってる。結城は、俺のことなんて、見てくれない。好きだから、見てるから、わかるよ。結城は俺のことを微塵も好きじゃない。決めつけとかじゃない。これは、事実だろ」
「…それ、は……」
否定はできなかった。北里の言う通り、私は彼を好きじゃない。苦手だとすら思ってる。不愉快だと思うときだって多々あった。
仮に、北里に答えを求めている告白をされても、首を縦に振ることはない。私は、彼のことをそういう対象として見ていないのだから。
「俺は結城が好きだ。そういう意味で、好きだ。好きで好きで、仕方がないくらい、どうしようもないくらい、好きだ。嫌がられてることだってわかってた。本気で嫌われているなって事もわかってる。俺は、それでもよかった。傍にいられるなら、嫌われてても、よかった。なのに、欲が出た。好かれたいって思った。意識して欲しいって、思った」
彼は、そう言った時に、一度も私の目を、顔を、見なかった。微かに震える手で、自身の顔を覆って、ボソボソと、呟くように言っていた。なんて、脆いんだろう。いつもの強引さの欠片もない。別人と思える程、弱いと思った。
いつの間にか、私は彼を抱き締めていた。泣きじゃくる子どもをあやすように。そうしなければ、彼が壊れてしまいそうで。それは、なんとなく、嫌だったから。
「……自分のことを好きだって言ってる、なんとも思ってない奴を抱き締めるとか…馬鹿なの…」
「煩いですよ。大体、貴方が泣くから悪い。私が苛めてるみたいじゃないですか」
「……ごめん…」
「謝んないで下さいよ、気持ち悪い」
「…なにそれひどー…」
涙が、綺麗だと思った。震える声も、溢れる本音も、全部綺麗だと思った。作っていないホントの気持ち。それが、綺麗だった。全部が、嘘だらけの完璧人間なんかじゃない、涙脆くて弱い北里 悠というこの男を、私は、綺麗だと思った。
「私は、猫派なんです。気まぐれで、自由な猫が好きです。
なによりも、自分自身を貫き通す性格が好きです。
人に靡かないで、我が道をいく。そんな生き方が好きなんです。だって、私には出来ない。出来ないから、好きなんです。憧れなんです。
だから、ずっと貴方が嫌いだった。
弱くて脆いくせに、完璧だなんて言われて。それを重荷だと思っているくせに、何もしない。何も言わない。仕方ないとでも言う様に、諦めて、言われた通りに振る舞って。まるで、私みたいで、大嫌いだった」
「……」
「私は貴方を好きじゃない」
涙でいっぱいの、彼の目を見て私は言った。自分の今の本当の気持ちを。それが彼を酷く傷付けるとわかっていても、嘘をつくのは嫌だったから。だから、傷付けた。
「–––––うん。わかってる。それでも、いい。俺が、俺だけが、好きで、いい」
違う。いいわけがない。いいわけがないのに。全部、全部押し殺して、それでも笑うのか。傷付いているのに、それを隠しまで、私に笑みを向けるのか。
「嫌いだなんて、言ってない」
「…?」
「その他大勢が言う貴方は嫌い。でも、私の前で、本音を言って、ボロボロ泣いてる貴方は嫌いじゃない。貴方の本音は嫌いじゃない」
完璧であろうとする北里は嫌いだ。自分を殺す北里は嫌いだ。だって、そんなの、見ていられない。
「私は、貴方に好きだとか言われて、嬉しかった。初めて、本音を言ってくれたと思ったから。初めて、本当の笑顔を浮かべてくれたから。だから、嬉しかった」
はっきり言おう、私は彼の涙に絆された。完璧に絆された。
「友達からじゃ駄目ですか。それからどうなるかはわからないけれど、今は、貴方とそういった関係になるつもりはない。だから、友達から、なら」
「はは、なにそれ…結城、俺に甘すぎ…ふふ、お人好し」
「うわ、イラつくなこいつ…」
涙を浮かべながら笑う北里に、少なからず好意を持った。嬉しそうに笑う顔が、何となく、可愛いなと思う。
「恋人になること前提の友達、だと思っとく」
「急にグイグイ来ますね、調子に乗るなよ」
「だって、可能性はないって決めつけちゃ駄目なんでしょ?」
「うっ…」
確かに言った。確かに言ったよ、私。そうだよな、そういう風にとられるよな!!
「…素の俺は、結城に嫌われてないんだもんね。……そっかぁ…ふふ」
「な、なんですか気持ち悪い…」
きっと泣きながら笑うその顔が、素の北里なのだろう。飾っていない、自然な表情だった。
私は近いうちに、彼に絆されてしまうのだろう。…もうすでに絆されているのでは、という事は気にしないでおく。
「好きだよ、結城」
「…はいはい」
私は、猫が好きだ。どんな動物よりも、猫が好きだ。何故好きなのかは語るに語りきれない。私は彼らの自由な生き方が、とても好きなのだ。
気高く自由な猫。その生き様は、とても美しいものだろう。私は、そう思う。
でも、まぁ。
最近は犬も可愛いかもしれない。
なんて。
続編は気が向いたら書くかもしれません。
読んでくださりありがとうございました!