今度こそ平穏な日々
1430年(正長二年)畠山満家
今、我々は上様の接待の準備をしている。上様は別にそんな気遣いは必要ないと仰っておったが折角来てくださるのだ。喜んでいただけるように精一杯やらなければ。
「にしても上様はなぜ急に来られると言い出したのだろうか」
倅がそう言った。
「はて、鎌倉殿についてらしいが」
ちょっと聞きたいことがあると仰っておったが、なんであろうな。
上様は将軍就任前からから精力的な働いておられる。そのせいか幕府の力も強くなっているようだ。鹿苑院様の代の時より強大になるのは時間の問題だろう。幕府が強くなるのは良い事だとは思うが心のどこかでは危険だと感じている。
まあ上様ならばその力を誤って使ったりはすまい。実際上様は我らの言うことにちゃんと耳を傾けて下さっている。問題なのは鎌倉殿を討った後で我らのことを警戒するかもしれない事だ。私ももう長くない。倅は上様に警戒されるようなことはしないとは思うが上様は如何思うことだろうか……。
1430年(正長二年) 足利義教
「驚いたな。来ると言ったのはつい先日だというのに、ここまでだとは思わなんだ」
全く、びっくりだ。俺は3日前に来ることを伝えたばかりだというのに。あらためて満家が優秀なのだということに気づく。
「お褒めに預かり光栄にございます」
「まったく、余は大した用事ではないと言っておるのに…。これではちょっとした相談でここへ来たのが恥ずかしく思えてくるではないか」
「はっはっは。折角来て頂いたのです。もてなさせてくだされ」
いつになく上機嫌だな。まあ俺がわざわざ出向いて相談したいなんて言ったのはこれが初めてだしな。たまにはこうやって守護達と意思疎通を図ることも大切なんだ。
幕府は決して将軍一人で成り立っているわけではない。たとえ専制政治をしていようとそれは変わらないのだ。今度は他の守護(満祐除く)の所にも行ってみようか。今回は鎌倉について。富士遊覧を行おうかと思っているのだ。史実で義満や義教もやったことだ。関東の手前まで来て帰る、十分な示威行為になるだろう。あと挑発にもなる。気が短そうな持氏は怒り心頭だろうな。
◇
「それはなりませぬぞ、上様」
普通に反対されちゃったよ。満家が室町と鎌倉の融和に努めているのは知っているたんだが、軍事行動をする訳ではないから意外と賛成してくれるかと期待したのだが。しょうがない、説得するか。幕府の重鎮である満家が賛成しさえすれば他の奴らの説得も容易になるだろう。
「ほう、何故だ?」
「危険でございます。もし鎌倉殿が挙兵なされば如何するのです」
「問題ない。対策はする」
「どのようなことを行うおつもりなので?」
「駿河の今川と信濃の小笠原を使う。さらに京都扶持衆への支援を一層強める」
「今川では現在、跡継ぎで揉めているそうですが」
「跡継ぎは彦五郎範忠だ。今川民部大輔は末子の千代秋丸を溺愛しているそうだが幼すぎる。あれではとても関東への抑えとして機能しない」
当主が嫡男の弟を溺愛して跡継ぎ争い、この時代では珍しくない。長子が継ぐように決められたのは江戸時代だからな。平時であれば千代秋丸でもよかったんだが今は駄目だ。
「暗殺への備えは如何するのです」
今度は息子の方か。畠山持国だな。晩年に跡継ぎ争いの元を作った奴だ。有能ではあるのだがな。今回も跡継ぎ争いが起こるのだろうか?
「走衆を使う。あとは民部大輔に頼んで警備を厚くするぐらいか」
「それで足りますでしょうか」
「別に長居する気はないのだ。目的は鎌倉を牽制することなのだからな」
「それならば大丈夫かもしれませんが……」
そう、長居はしたくないんだ。本当なら富士遊覧はしないつもりだった。俺も命が惜しいからね。でもな、これをすればそれだけ持氏を怒らせることができる。それはそのまま挙兵の早さにつながるのだ。
俺は鎌倉を存命中に討伐したい。俺も今年で41歳になる。あとどれくらい寿命が残っているかわからないのだ。もし50歳で死ぬならあと9年しかない。
跡継ぎはまだだ。懐妊はしているらしいんだがな。これが男なら史実よりは早い。だが俺が早くに死ぬと幼年の時期に擁立されることになるのだ。これでは守護達に実権を奪われてしまうだろう。史実では足利義政はこれが原因で政治をしなくなったのだ。自分のいうことは誰も聞かず、守護は好き勝手。それなら自分は早く隠居して好きなことをしたい、そう思ってしまったのだ。これが応仁の乱につながる。折角幕府を強くしてもこれでは意味がない。
俺は毎日栄養バランスを考えた食事をしている。肉は食べられないんだがな。周りの奴らが嫌そうにする。これで長生きできれば良いんだがな。でも不安だ。室町幕府の将軍は皆長生きしてないのだ。最長で15代義昭の61歳。目指せ70歳、だな。
「そういえば、上様は今こそこそと隠れて何かなさっておると聞きましたが」
「な、なんのことだ?鎌倉のことか?」
「そのことでございます」
考えごとをしている間に急に聞くからびっくりしたじゃないか。にしても鎌倉か。別にばれて困ることはしてないつもりだが。
「何やら鎌倉殿に見せつけるようにして関東管領殿に文を送っているとか。関東管領殿も困っているのではありませぬか?」
「ふん、今は送ってないわ」
ちょっとした嫌がらせじゃないか。かわいいものだろう、このぐらい。
「全く上様は……。鎌倉と戦になれば如何なさるのです?」
「そうなれば討つまでよ」
「今は西にも敵を抱えておるのですぞ」
「大友らに兵を率いて上洛する力などない。大内だけで十分抑えられる」
現在、幕府は大内持世を応援してるからな。持世からは順調に戦局を進めていると報告が来た。早く家中を掌握しておくれよ。
「そうかもしれませぬが…。敵を一つに絞るのは基本ですぞ」
「わかっておる。大内での争いが終わればすぐに潰す」
「ならば良いのですが……」
「幕府は未だにその力を全国に及ぼしておらん。天下を平定し、日の本に平和をもたらすことこそ我が使命だ。己のことのみを考え、民の安寧を考えぬ愚か者どもなど我が敵ではない。民が安らかに暮らせる世が作るためにそなたの力を当てにしているぞ」
「はっ」
「それと体は労われ」
「……はっ、お気遣い感謝致します」
厄介ごとは早めに終わらせるに限る。俺の理想はまだまだ遠い。だがすべてが終わればどんな世の中になるのだろうか。楽しみだ。
富士遊覧についてはゆっくり考えてもらうことにした。まあやるとしても来年以降になるだろうし。にしても満家の顔色があんまり良くなかったな。1433年ぐらいに亡くなるはずだが……。満家の死を皮切りにして宿老たちは数年間でどんどん死んでいく。将軍にとっての邪魔者が消えるのは良いことなんだが一気に死なれると不安だな。相談相手もいなくなるし。
後で今川に伝えておくか。幕府は跡継ぎとして彦五郎範忠を推すと。これなら争いも最低限で済むだろう。当主の民部大輔範政はショック死するかもしれない。なんたって民部大輔はもう60歳をとうに過ぎているのだ。長生きで羨ましいことだ。寿命を分けて欲しいよ。