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義教の野望  作者: ペロリん千代
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1435年(宝暦二年) 満済


息が苦しい。心の臓の病だ。……私ももう、終わりか。生きたい、心からそう思う。しかしいくら願っても身体はそれに応えてはくれぬ。憎らしいものよ。


私は最早自らの足で立つ事すら出来ぬ。これでは御所で務める事すら叶わぬな。無念じゃ。


意識が朦朧としてくる。またか。ここで眠ってしまえば二度と起きてはこられぬかもしれぬ。そんな思いが頭をよぎる。


「満済様」


目を開けると私を覗き込む顔が見える。ああ、義賢か。いつの間にそこにいたのか。


「如何したのだ……」


声を出すと心の臓が痛む。出た声は私の思ったよりずっと弱々しい声だった。それを聞いた義賢が悲痛な顔をする。


「上様御一行がいらっしゃっております」


「おお、上様か。迎えに行かねば………」


「満済様は横になっていて下さい。私が此方へお呼びしております」


来客の出迎えにも行けぬとは。情けないものじゃ。


少しして、上様達が部屋に入ってくる。上様の後に続くのは斯波左衛門佐殿、細川右京大夫殿、畠山左衛門督殿、赤松大膳大夫殿といった幕府の重鎮。そして上様の御相伴衆。さらには公家衆も連れている。


私の驚いた顔を見たのか、上様は悪戯が成功したかのような顔をする。


「驚いたか、門跡どの。見舞いに来たぞ」


「これはこれは、上様、出迎えにも行けず誠に申し訳御座いませぬ」


「気にするな。此方が勝手に来ただけだからな」


「まさかこれ程の規模で来られるとは……。この満済、感謝の言葉も有りませぬ」


「そなたのこれまでの働きを考えればこれでも少ないぐらいぞ」


上様が微笑む。そう言ってもらえるとは有り難いものだ。今までの苦労が報われるようだ。


「それとな、門跡どの。主上から御言葉を授かっておるぞ」


「なんと」


開いた口が塞がらない。私が帝から御言葉を?


「うむ、主上からは准后のこれまでの幕府への忠勤大儀であった、と仰せつかっておるぞよ」


上様の横にいた一条殿がそう言う。本当なのか………。気づくと涙が流れていた。まさか帝から御言葉を頂けるとは………。


「まさか最後に主上から御言葉を頂けるとは。良き死を迎えられそうです」


「左様か……」


上様をはじめ、皆が悲しそうな顔をする。


「上様、そのような顔をなさらないで下され。自らの死を多くの人に悲しんでもらえる、拙僧にとってこれ程嬉しい事は有りませぬ」


私の言葉に上様は納得したような顔をする。


「そうか、それでこそ門跡どのよな」





「上様、今日は有難う御座いまする」


「気にするな。そなたの此れ迄の働きを思えばこそだ」


後は私の引き継ぎをせねばならぬ。私に代わって幕府を支えるのは義賢を置いて他におらぬ。


「義賢よ。これよりそなたは私に代わって幕府を……上様をお支えせよ」


「……はい」


義賢は涙ぐんでいる。全く、これでは先が思いやられる。


「義賢よ、しっかりせよ。そなたには私の全てを託している。そなたはこの満済の薫陶を受けたのだ。私に恥をかかせるでない!」


「は、はい!」


義賢が返事をする。これで大丈夫であろうか。慣れない言い方をするのは疲れるの。だがこれも義賢を思えばこそ。師たるもの、時には厳しくせねばならぬ。


「上様、義賢を宜しく頼みまする」


「任せよ」


上様が頷く。これでこの世のしがらみもなくなったかの。


「ではな、門跡どの」


「はい」


これで上様と会うのも最後になるのだろうか。そう思ったとき、私は無意識に上様へ手を伸ばしていた。


「門跡どの、感謝するぞ。そなたが居てくれたお陰で余は此処までやって来れた」


上様は私の手を取ってそう言った。上様の目にも涙が浮かんでいる。私もだ。………年を重ねるといかんの。直ぐに涙が出てくる。


「……上様、拙僧はもう数日も生きられますまい。幕府をお頼み申します」


「任せよ。そなたの思い、しかと受け取った」


上様は大きく頷き、“では、さらばだ”と仰って出て行った。ふう、一息ついて目を閉じる。


「満済様」


義賢が不安そうにこちらを覗き込んできた。


「義賢よ、少し一人にしてはくれまいか」


「……はい」


義賢は名残惜しそうにこちらを見ながら出て行った。私は一人部屋の中で今までの日々を思い起こす。人生五十八年、長いようで短いものだった。上様と会ってからはあっという間に感じられた。それほど満足出来た日々だったのだろう。


上様がこれから何をなされるのか、少し不安ではあるが今の上様ならうまくやっていくだろう。私が心配する必要などあるまい。




不意に発作が私を襲う。今までの比ではない程の痛みが走る。心の臓が大きく鳴り、意識がなくなっていく。……どうやら私にもお迎えがきたようだ。まず指、そして手と足へと感覚が消えていく。ああ、最後に上様とお話し出来て良かった。


薄れ行く意識の中、亡き鹿苑院様のお姿が見えた。鹿苑院様は微笑みながら此方へと手を伸ばしてきた。この手を掴めば私は二度と戻っては来られぬのだろう。だが私はそれを掴む。もはや心残りはないのだ。鹿苑院様の手を拒む道理などあろうはずもない。


ーーーああ、鹿苑院様、今から私もそこへ行きまする。上様?心配有りませぬ。鹿苑院様に劣らぬ方に育っておりますよ。





1435年(宝暦二年)七月十二日、長年幕府を支え続けた満済が亡くなった。

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