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義教の野望  作者: ペロリん千代
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決戦

1435年(宝暦二年) 足利義教


未だ日も昇る前、軍勢が京に集結した。三万はいるだろうか。これだけの数が揃っているにもかかわらず、異様な静けさが漂っている。皆緊張している。当然俺もだ。


これから幕府の趨勢を決める一戦が始まる。敵の軍勢はおよそ一万五千程らしい。数の上では此方が上だが、持熙との戦いの件もある。まだどうなるかはわからない。


此方の軍は俺を中心の後方に置いた鶴翼の陣を敷いている。右翼は細川、六角。そして左翼は畠山、赤松だ。主力は奉公衆のおよそ一万。鶴翼といえば関ヶ原の合戦だな。三成率いる西軍は今回と同様、鶴翼の陣を敷いたが小早川、吉川ら右翼が機能していなかった。そして敗北した。この戦では頼むからそんなこと起こらないでおくれよ。



しばらく待っていると物見から報告があった。どうやら山名らは一刻ほどで到着するようだ。畠山らは配置についたらしい。機は熟した。あとは迎え撃つのみ。





霧が立ち込めている。視界が悪いな。お陰で前が見えにくい。もうそろそろ時間だ。ぶるりと体が震える。武者震いだ。深呼吸して気持ちを抑える。いける、俺は勝てる。来い、持豊。


細川からの使いが来た。どうやら山名、一色を発見したらしい。奴らは一色、山名と横に並んでいるだけだ。陣は敷いていない。何と言っても急造の連合なのだ。連携は期待できないのだろう。


俺は周囲の将を見やる。全員表情を引き締めている。頼もしいぞ。


「山名、一色が来た。奴らは幕府を己の物とし、秩序を壊そうとしている。余はこれを許さぬ。今こそ幕府の武威を示す時ぞ。存分に働け」


『はっ』


全員が唱和する。そして各々の持ち場へと向かっていく。俺の側には赤松満政と数名のみが残った。



「さて、戦だな」


「そうですな」


満政は涼やかな顔で刀に触れている。もしかして緊張しているのは俺だけか?


「余裕か」


「某も武士に御座います故」


「そうか、余は武芸に長けていない。余の命、そなたに任せたぞ」


「はっ」


満政が感動したような面持ちで平伏する。うん、これなら任せても大丈夫だろう。







幕府軍と山名、一色連合軍が激突した。山名持豊は細川、六角と、一色義貫は畠山、赤松と戦闘中だ。後方から見た感じだと右翼側の六角が押されているようだ。左翼は互角か。兵の数は此方が上なんだがな。


敵の二人はどちらも戦上手だ。油断は出来ない。六角への救援として兵を幾ばくか送った。これで支えられるだろう。




しばらく一進一退の攻防が続いた。長く戦っていればやはり兵の数が物を言う。報告では敵を押しているとのことだった。勝ったか?




不意に背中に冷や汗が走った。なんだろう、この感じ。すごく嫌な感じだ。言葉には出来ないが、なんと言うか、俺の直感がまずいと告げているのか。


横の満政を見やる。


「……嫌な気がするのだが」


「………それがしもですな」


満政もか。まさか押されているのか。急いで本陣をでる。前は兵達が蠢いていて当然ながら前は見えない。だが何かが近づいてきている。それだけは確信出来た。目を凝らす。喧騒の中に山名の旗印が一瞬見えた。まずい、本陣を攻めて大将首を挙げようとしているのか!


「後詰の兵を前に出せ!弾正少弼が来たぞ!」


俺の言葉には慌てて満政が使番を走らせる。これはいつか突破されるぞ。これでは桶狭間の今川義元みたいになってしまう。


逃げたい。


そんな思いが頭の中を占める。だが理性がそれを押しとどめる。俺は大将なのだ。武家の棟梁、逃げるわけにはいかない。目の前には俺の命令で戦う兵達がいるのだ。情けないところは見せられない。


人に命をかけろと言うならば、当然俺も自分の命を差し出す覚悟がいる。それが責任だよな。どんな責任だって負ってやるさ。サラリーマンなめんなや!


俺が覚悟を決めるのとほぼ同時に兵達が俺の周りを固める。だがちっとも安心出来ない。勢いはあちらにある。


戦の音が目の前から聞こえる。武器と武器がぶつかる音、人のうめき声。見ていないが外は地獄絵図みたいになっているだろう。


満政が覚悟を決めたようなすっきりした顔で俺をみる。


「ここは我らが食い止めましょう。上様はお逃げ下され」


何を馬鹿なことを言っているのだ、こいつは。


「馬鹿なことを申すな、刑部大輔よ。余は逃げぬぞ。迎え撃ってくれるわ」


「それはなりませぬ。我らが死んでも幕府は揺らぎませぬが、上様がいなくなれば幕府は終わりです。ですから………」


「くどいぞ!なんとかなると思えばなんとでもなるのだ。ポジティブに考えろ、ポジティブに」


「ぽ、ぽじてぃぶ?で御座いますか」


やべっ、つい素が出てしまった。いかんいかん。


「い、いや。なんでもない。忘れろ。と、とにかくだ。我らは勝つ、そうだろう、刑部大輔よ」


「……そう、そうで御座いますな。ここで弾正少弼を討ち取ってやれば済む話でござった」


すごい開き直った。ふふ、ここで討ち取るか。満政は生粋の文官だと思ってたんだがな。やはり武士ということか。


「そういうことだ」



いよいよ音が近づいて来る。来たか!

だが入って来たのは使番だった。


「目の前にまで山名勢が迫っております!ここは一旦引いて下され!」


「敵の数は!」


「や、山名弾正少弼様と数名に御座います!」


「ならば問題ない。ここで討ち取る!」


「なっ」


使番が呆けている。数名、か。突撃するのにだいぶ犠牲を払ったようだ。鶴翼とはいえ、俺の周りを守っているのは強いことで有名な奉公衆だからな。


本陣の前がゴタゴタしている。ついに来たようだ。そして本陣が破られる。あの馬に乗った武士が山名持豊だ。


「公方様、お命頂戴いたす!」


「させぬわ!」


俺は急いで腰の刀を抜いて防御態勢をとる。周りでは敵が斬り合いをしているところもある。持豊が斬りかかって来る。それを間一髪で受け止める。だが馬上から放った一撃は重く、俺の刀は飛ばされ、俺は尻餅をついた。しまった!持豊が反転してもう一度斬りかかろうとする。俺の命運もここまでか?


だがそうはならなかった。


「弾正少弼、覚悟!」


満政が持豊を斬ると見せかけて持豊の乗る馬に斬りかかったのだ。馬は後ろ足を傷つけられ、暴れた。だが持豊はそれをうまく宥め、態勢を再び整えた。そしてこちらを襲う構えを見せた。


それと同時に本陣の外から味方が救援に駆けつけた。


「上様は無事か!」


「見ろ、あそこにいらっしゃる!急いでお助けせよ!」


そう言って俺と持豊の間へ入って来た。


「くっ」


持豊はこれ以上は無理だと思ったのか。残っていた数名とともに本陣を後にしようとした。だが周りはこちらの兵達に囲まれている。


「弾正少弼様を討ち取れ!」


そして持豊は馬から引きずり降ろされ、首を刎ねられた。あっけない最後だった。



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