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義教の野望  作者: ペロリん千代
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説得

1434年(宝暦元年) 足利義教


洛中は静まりかえっている。民衆は怯えて家に閉じこもっているのだ。無理もない、洛中には現在様々な噂が飛び交っているのだ。噂の出所は分からん。なんせ候補が多すぎるからな。だが情報収集はしっかり行なっている。お陰で洛中に流れている噂は全て把握できた。


一つ目は俺が赤松満祐から領土を取り上げて近習の赤松満政に分け与えようとしている、というものだ。当然だが俺はそんなつもりはない。これは誰かが流した悪意ある噂だろう。俺と満祐を仲違いさせようとしているようだ。


二つ目は一揆を起こそうとしている、というもの。前回の正長の土一揆の際に洛中への侵入を殆ど阻止されたせいか、近江の馬借達が窮しているようだ。それに近辺の土民も加わるかもしれない。よりにもよってこんな時に起こそうとするとは、何者かが操っているのかな。意外とありそうだ。報告待ちだな。


噂についてはせいぜいこんなものだ。後は根も葉も無いものばかり。


どちらに対しても手を打っておかねばならんな。どうしたら満祐は安心するだろうか。一色を討った後に三河の守護にでも任ずるかな。後は一揆か、どうしたものか。


「上様」


襖の向こうから声が聞こえる、紀三郎か。


「入れ」

音も無く入ってくる。流石忍びだ、動きが洗練されている。


「何用か」


「一揆の事でございます。どうやら裏に叡山がいるようす」


……相変わらずめんどくさい奴らだ。三井寺の寺門派がいるから山門派は潰しても大丈夫かな。


「馬借どもの動きは」


「互いに連絡を取り合い、準備しているものと思われまする。規模は正長の時と同程度かと」


多いな。徳政を認めた方が良いかもしれん。ここで下手に争えば山名を洛中に引き入れてしまうな。満政を呼んで対処しよう。



少しして満政が部屋に入って来た。


「刑部大輔よ、徳政令を出す。準備致せ」


「徳政令……で御座いますか。また何ゆえそのような事を?幕府の財政に打撃となりますぞ」


「そのような事は百も承知よ。叡山が裏から操り、一揆を起こそうとしている。混乱に乗じて山名、一色、叡山らが攻めて来かねん」


「懲りない連中で御座いますな」


満政が渋い顔をする。こいつは一度叡山に煮え湯を飲まされたことがあるからな。


「左様、ここは一揆勢に妥協してでも混乱を避けねばならぬ」


「承知致しました。ではそのように手配いたします」


満政が出て行こうとする。おっと、言い忘れていた事があった。


「それとな、証文は三年以内の物のみとせよ。借金を帳消しに出来た者と出来なかった者、双方が反目するようになる筈だ」


「はっ」


これで馬借を分裂させられるな。借金を帳消しに出来た者と出来なかった者に分けてしまえば問題ない。お互いの連携も滞るだろう。


徳政令の影響だが、後で政所執事の伊勢守に聞いておこう。あんまり影響が大きすぎると俺のささやかな夢であるマイホーム改築が出来なくなるかもしれん。


あと、畠山には監視をつけているが大したことはわかっていない。警戒しているのか、はたまた本当は裏切っていないのか、何とも言えんな。こちらから仕掛けてみよう、直球でな。



1434年(宝暦元年)畠山持国


山名から使者が来た。洛中で文を受け取るのはまずいので一旦河内まで来て貰い、そこで家の者に渡して来てもらった。洛中は上様の監視が張り巡らされていておちおち文通も出来ぬ。


山名からの文によると山名弾正少弼は一色修理大夫、叡山と連携して軍勢を率いて上洛するつもりのようだ。山名弾正少弼、なかなか手際が良い。


確か右衛門督殿が弾正少弼へ文を送り、宥めている筈なのだがな。……もしや右衛門督殿もこれに与しているのか?となると弾正少弼は洛中の情報を右衛門督殿を通じて得ている事になる。上様は気付いておらぬのだろう。


上様は私のことを警戒しておる筈だ。あの評定で修理大夫を庇ったからな。あれは裏切り者を炙り出す狙いもあったのだろう。


さて、ここで弾正少弼を売り、上様に恩を売るという手もある。だが上様がもたつくようであれば上様を見限り、弾正少弼と共に先日お生まれになった上様の御子に跡を継がせる、ということもできる。そうなれば私は管領となり、幕政を牛耳ることも可能だろう。


「御屋形様。外でお待ちになっている方が……」


ん?こんな時に来客か、珍しいものだ。


「誰だ」


「公方様です」


「なっ」


公方様だと⁈公方様は私を警戒しておる筈だ。まさか自ら来られるとは……。まさか兵を率いているのか?


「上様以外には誰がおる?」


「上様の他には走衆と思しき者達が数名、兵は見受けられませぬ」


監視に対する警戒はしておったが、まさかこのような手で来るとはな。やはり一筋縄ではいかぬか。


「御通しせよ」


「はっ」


さて、何を聞いてくるのであろうか。





「さて、何用で御座いますかな」


「どうやらまた厄介事が舞い込んできたのでな、そなたの意見を聞こうと思ったのだ」


あくまで表向きは相談、ということか。


「厄介事とは?」


「叡山の事よ。奴らは馬借どもを唆し、一揆を起こそうとしておるのだ」


「ほう、叡山が」


相変わらず耳が早い。油断出来ぬな。


「確かに厄介で御座いますな。如何なさるのです」


「徳政令を出すしかあるまい。この機に乗じて山名らが攻めてくると困るのでな」


ふむ、一揆との連携の可能性も分かっている。大した御方よの。


「ですが一揆どもに徳政を認めてしまうと財政が悪化してしまいますぞ」


「分かっておる。背に腹はかえられぬ故な、致しかたない。それに対策は考えておる」


「対策、とは?」


ほう、何かお考えのようだ。


「徳政を認めた者には分一銭を納めさせるつもりだ」


「分一銭?それは如何なるもので?」


聞いたこともない名前だ。銭とあるので税金の一種であるのだろうが。


「馬借どもの借金の額に応じて幕府に銭を払わせるのよ。さすれば影響は少なくなる。まぁ伊勢守と相談して決めるのでどうなるかは分からぬが」


成る程、よく出来た考えだ。





「幕府はどうなると思う?」


唐突に上様が訊ねてきた。上様は薄く笑っていて、それが私を試しているのだという事がすぐにわかる。


「どうなる、とは?」


「幕府は守護達の連合の上に将軍が立つことで成り立っている。つまり守護が離反すれば幕府は終わる。どうなるか、というのは守護が離反するかどうかという事だ。この機に乗じて何か良からぬ事をしでかそうとする守護がいると思うか?」


成る程、上様は暗に私が離反しようとしているのかを聞いているのか。一応取り繕ってはいるものの随分と素直な問いだ。


「素直という訳ではない。腹を割って話そうという事だ」


………考えを読まれたか?にしても腹を割って話そう、か。そんな事を言われたのは初めてよの。


「今の時点では何とも言えませぬな。ですが上様が間違えぬ限り離反が起こることはありますまい」


「ふむ、成る程。全ては余の行い次第か」


「左様で御座います」


上様は私の答えに満足そうに頷いた。


「では離反の心配は無さそうだな」


ほう、大した自信がおありのようだ。これは本当に何とかなるかもしれんな。


「では余は戻ろう。なかなか為になる話であった」


上様はそう言って部屋を出て行く。……ふむ、後で山名の動きを知らせても良いかもしれぬな。


上様を見送るときに右衛門督殿に注意するように上様に伝えた。上様は少し驚いたものの、すぐに表情を戻して“ご苦労、感謝する”と言って帰っていった。


私が山名に内通していると分かった上で護衛も付けずに来られたのだ。大した胆力だと思う。山名と一色は終わりだな。上様が失敗するのが想像出来ぬ。山名の家督問題で失態を犯したときにもう駄目だと思ったのだがな。山名らの情報を上様に流したが、弾正少弼はそのくらい折り込み済みだろう。はてさて、どうなることやら。



1434年 (宝暦元年) 足利義教


畠山持国から、山名の事を色々教えてもらった。一応見放されなかった、という事でいいのかな?まあ警戒するに越したことはないけど。


時熙には注意が必要か。隠居して大人しくしていると思ったんだけどな。まあ時熙にとって俺は自身の息子らに殺し合いをさせた男だ。恨んでいても仕方がないよな。合わせる顔がなくて放置していたのが悪かったようだ。


にしても疲れた。なんせ内通している奴の家に護衛無しで乗り込んだのだからな。心臓がバクバク鳴っていたよ。余裕の表情を作るのにも苦労した。まあそれに見合うだけの利益があったからいいけど。


今、政所の伊勢守の元へ向かっている。持国に言った分一銭、どう反応するかな。あれはよく出来たシステムだが、割とリスクが高いからな。幕府が徳政令を出すハードルが下がってしまうのだ。徳政令はその場凌ぎの劇薬みたいなものだからな。乱発すれば社会が混乱する。一応今回だけしかやらないつもりだけど。





「成る程…………今回限りならば、問題無いでしょうな」


伊勢伊勢守貞国が答える。財政のプロが言うなら大丈夫か。


「では御所の改築費用は足りるか?」


「…………改築なさるのですか?」


「うむ、この混乱が終わった後でな。もしかしたら戦火で焼かれるかもしれぬから、改築では無く再建ということになるかもしれぬが」


「……山名ですな」


「左様。一色らと組んで京へ攻め上ってくるだろう。その時どうなるかは分からぬ。京を一旦放棄する可能性もある」


「……そこまで御座いますか」


貞国が息を吐く。さっきから気になっているんだが喋り方がマイペース過ぎるだろう。何というかおっとりしてるな。


「念の為、京を放棄した時の対策もとって置かねばなりませぬな」


貞国の横にいた倅の貞親が言う。こいつはハキハキとしてるな。父親とは正反対だ。将来大物になりそうな予感がする。


「まあ可能性の話だ。最重要の物だけ持ち出せれば良い」


「はっ」


「………改築の費用ですが、問題は無いでしょう。……明との貿易の利益も有りますし、幕府の財政はいたって健全であります故」


「そうか、なら良い」


夢のマイホーム改築は何とかなりそうだな。魔改造してみたいけど止められそうだなあ。

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