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義教の野望  作者: ペロリん千代
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改元

お待たせしました

1434年(永享五年) 足利義教

去年の終わり、上皇が亡くなった。上皇は今まで治天の君として院政を敷いていた。義満の下では傀儡に甘んじていたが、義持の代では幕府と良好な関係を築いていた。


朝廷は悲哀ムード一色に染まっている。なんせ、数十年も君臨していたのだ。その存在感は大きいものがあっただろうな。


追号は本人の遺詔通り、後小松院となった。後世では後小松天皇と呼ばれるのだろう。因みにこの人は第百代の天皇だった。皇統も随分長く続いたもんだ。


そこで俺は武家伝奏である勧修寺(かじゅうじ)経興、万里小路(までのこうじ)時房、広橋親光を召してある提案をした。




「改元、で御座いますか」


経興が首を傾げる。急に俺が言い出したから訝しんでいるのだろう。


「うむ、上皇が崩御されたのでな。混乱を納め、新たな世が始まる事を広く知らしめようかと思ったのだ」


「おお、それは良き事に御座います」


時房が言い、親光がそれに頷く。反対は無いようだな。


「では、帝に上奏しておけ。帝の御反対が無ければ直ちに改元の儀に取り掛かる」


「はっ」


ま、どうせ反対など出来んだろうがな。鎌倉幕府の頃から改元には幕府の意向が反映されるようになった。もはや朝廷が自由に改元を行うことなど出来はしないのだ。もっとも、反対する理由は無いだろうけど。





「改元、で御座いますか」


持之と満済が首を傾げる。これさっきも見た気がする。


「うむ、吉日を選んで近々行う事になるであろう。心に留めておけ」


「上皇の崩御の混乱を納めるというのは単なる口実に過ぎませぬのでしょう。何ゆえ行われるのですかな」


鋭いな、満済。


「余の代になってから朝廷とはちと疎遠になっていると思ったのだ。故にこれを機に関係を親密にしておきたいのだ」


「成る程」


まあ、疎遠になったのは完全に俺の所為だけどな。連歌会とかそういった交流を未だに一度も持ったことがないのだ。現代人に和歌は厳しすぎる。


朝廷との関係は疎遠だと言ったが、はじめは良かったんだ。現在の帝が践祚する際にお膳立てしたからな。そして南朝勢力を抑え、穏便に済ませた。


この帝、伏見宮家出身なんだが、この家は帝を出すのが悲願だった。そして先代の称光天皇が崩御した時に継子がいないという事で擁立した。だから現在の帝とその父、貞成親王、今は出して道欽(どうきん)入道と名乗っている、は俺に対して悪い感情を持っているわけがないのだ、おそらく、多分。でも長い間交流しなかったからな、やはりまずかったかな。


「上様は和歌を嗜まれませんからな」


「嗜まないというか出来ぬのだ。余には少々荷が重い」


これを聞いた満済と持之が大笑いした。遠慮がないな。

「一度習ってみては如何でしょう。一条殿下などはよく嗜まれておりますぞ」


げ、嫌だなあ。俺が和歌を詠んでみた所で笑われるのがオチだ。上手になれるとは微塵も思わない。


「いや、遠慮しておこう。天下に恥を晒すだけだ」


また二人が大笑いした。足利の将軍が和歌を詠めないなんて前代未聞かな。


二人の笑いが収まった後で持之がある提案をした。


「ふむ、では今度連歌会を主催しては如何でしょう。上様はあくまで主催者として詠まずに見ておくだけ、それならば問題はありますまい」


「一度もしない訳には行かぬか。ではそのようにしよう」


見ておくだけか。それも結構苦痛だな。だがまあ、恥を晒すよりはマシだろうな。しょうがない、我慢しよう。





武家伝奏に提案して、暫くした後、 改元が行われた。新元号は『宝暦』。これは前の元号である『永享』に決まる際のことだが、候補として永享の他に『宝暦』と『元喜』があった。そして結局は俺が史実と同じにする為に永享に決めたのだが、その時後小松上皇は宝暦がいいと言っていたからだ。折角なので上皇の意を汲んでおこうと思ったのだ。これで幕府が公家を軽視しているとは思われないだろう。


そして公家との関係改善の一環として、帝の父、道欽入道親王を中心とした公家を室町第に招いた。新元号のお祝いの会だ。少々憂鬱だが、これも世を納める為だ。頼むから和歌を詠んでくれなんて言わないでおくれよ。


……………


………


祝いの会は滞りなく進行している。細かいことは満済に丸投げしたからな。俺はただニコニコしているだけだ。殆ど「うむ」しか言ってない気がする。あとね、二条君と一条君、ライバルなのは知っているけどあまり張り合わないで欲しい。「やりおる、一条めが」「何の、二条如きが」とか言ってるけど兼良、普段とキャラ違くない?それとお前ら絶対仲が良いだろう。お似合い過ぎる。


今回呼んだのは公家からは道欽入道親王、一条兼良、二条持基、三条実雅、そして武家伝奏の三人など十数人。そして武家からは細川持之、畠山持国、赤松満祐、斯波義淳、京極持高ら宿老と相伴衆である細川持常、畠山義忠らだ。


皆が楽しそうにしている。結構な事だ。折角呼んだのだ、楽しんでくれなければ困る。………ああ、胃が痛い。穴が開くかもしれん。俺は始終笑いながら冷や汗をかいている。


もし本当に胃に穴が開いて死んだらどうしようか。将軍が祝いの席で緊張し過ぎて死ぬ、笑われるだろうな。ただ和歌を詠みたくないだけなんだけど他の人はそう判断しないに違いない。万人恐怖ならぬ万人爆笑なんて渾名がつけられるかもしれない。嫌過ぎる。


和歌の腕前だが、当然公家達は皆うまいようだ。俺は全く理解できないので周りの反応から推察した。その中でも飛び抜けて上手なのが兼良だ。そして持基がそれに続く感じだな。良し悪しが分からない俺にとっては外国語を聞いている感じだった。


そして武家だが、公家には劣るものの全員詠めるようだ。特に上手いのが斯波義淳と畠山義忠だった。他の者も卒なくこなしている。羨ましいな、本当に。


「ところで室町殿は詠まぬのか。さっきから見ておるばかりだが」


ふと親王がこちらをみて言う。しまった、ついに指摘されたわ。満済を横目に見る。ヘルププリーズ!

すかさず満済がフォローする。


「上様は御自身が楽しむより御客であらせらる殿下達が楽しまれるのを望んでいらっしゃるのです」


ナイス、満済!助かったぞ。


「左様か……」


そう言って残念そうに親王がこちらを見る。ふと周りを見渡すと他の面々も期待を顔に浮かべながらこちらをみている。え、何?この空気。持之は憐れみながらこちらを見ている。これって詠まないといけない雰囲気か?


「室町殿はかつて僧籍にあったとはいえ、和歌に触れる機会はあった筈じゃがの。詠まない理由でもあるのかの?」


兼良が伺うように質問を投げかけてくる。詠まないんじゃなくて詠めないんだけどな。それにしても困った。なんて言おうか。あたりはシーンと静まり返っている。この空気は苦手なんだ。苦しいが言い訳するしかないか。


「…………それがの、確かに余はかつては和歌に触れたことはある。だがな……」


「だが?」


唾を飲み込んで続ける。


「だが神慮によって余が次期将軍となるのが決まったときにな、あまりに驚いてしまったが故に和歌に関する記憶が何処かへ飛んでいってしまったのだ」


全員が呆けながら固まった。そして大笑いし出した。

あれ?どう言う事だ。


「ははは、室町殿は記憶が無くなったと申すか。真に面白き事を言いなさる」


親王が腹を抱えながら言う。そんなに面白い事を言ったっけ?笑いの感覚が俺とずれているのだろうか。笑っている理由が全くわからん。



その後は詠めないならしょうがないと言う事で何とかなった。よくわからんけど乗り切れたならそれで良いか。変な噂が立たなければ良いけど。





ここは内裏、帝のおはする屋敷である。今、ここを帝の父親である道欽入道親王が訪れていた。


「で、如何であった、公方の様子は」


親子水入らず、そこには普段の仰々しさはない。


「うむ、どうやら和歌が詠めぬ故、公家達と関わろうとしなかったようだな」


親王が楽しそうに答える。帝はそれを訝しむ。


「如何言う事だ。公方は青蓮院に居た頃から和歌を嗜んでおろう」


「それがどうやら将軍の後継に決まった事に驚いて記憶が何処かへ飛んでいったのだと」


それを聞いた帝は笑う。そして親王も釣られて笑う。


「それはそれは、はは、可笑しなことを申す」


「左様で」


そして笑い終わった後、帝は一息ついて親王に訊ねる。


「で、真に詠めぬのか」


「真らしいの、満済准后もそう申しておった」


「なんと、不可思議な事が起こるものよ」


「全くその通りよ」


そして帝は少し微笑むと親王にまた訊ねる。


「父上よ、其の事、日記に書くのか?」


「うむ、これだけ面白き事なればな、書かぬ訳にはいくまいて」


それを聞いた帝がまた大笑いする。


「はははは、公方が哀れよな。其のような事を書かれては」


「まあ、日記に過ぎぬからな、問題あるまい」


「左様か」


内裏には暫くの間、笑い声が響いていた。

次から騒乱編に入ります

あと、元号を表記しておきました

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