山名分裂
1433年(永享四年)足利義教
今、俺は細川持之、赤松満祐、満済の三人を呼んである事について意見を聞いている。ある事というのは山名の家督のことだ。
現在は山名時熙が当主をしているのだが、時熙はもう60歳をとうに超えている。高齢になったので政務に支障をきたすと言って、時熙は家督を息子に譲ろうとしているのだ。
それならば別にかまわないのだが、問題なのは候補者が二人いることだ。時熙には子供が三人いた。このうち長男は既に他界。故に次男の山名持熙と三男の山名持豊が争う事になる。因みに持熙は俺が支持していて、持豊は時熙が支持している。つまり非常に厄介な事になっているのだ。
山名はかつて明徳の乱で義満に潰され、11カ国から3ヵ国へ領国を減らされた。だが義持の時代に再び勢力を盛り返し、現在は7カ国の守護である。
後継者争いを煽って勢力を削いでもいいんだけどな、山名時熙は幕府の宿老なのだ。長年幕府に仕えていて人望もある。そんな男から無闇に力を削ごうとすると守護からの信用を失ってしまいかねない。それに今は敵を多く抱えている。鎌倉、叡山、大和、九州、これ等への対処もしなくてはならないのだ。でもだからといって時熙の望み通りにもしたくはない。
持豊は野望を持った男だ。史実で赤松満祐を討った後に勢力を伸ばし、細川勝元と幕府内で争った。はっきり言って危険だ。それに持熙は家督を継承するために義持の代から近習として働いているのだ。そんな持熙から希望を奪うのは少々気がひける。
おそらく持豊に継がせた方が山名は安定するだろう。持豊が優秀なのは知っているし持熙がちょっと残念な事も知っているからな。持熙は家柄とかにこだわる男だ。それに融通が利かない。正直言って相手するのが面倒なんだ。史実で義教の怒りを買ったのも納得できる。俺?当然ながら前世で耐性がついているからな、余裕で我慢できるぜ。できる男は小さなことは我慢するものだ。
「さて、これからどうなることやら」
俺が溜息をつく。本当に面倒だな。今回のことは鎌倉公方に利用されないように早く決着をつけないといけない。
「上様は如何為さるおつもりなのです?」
「余は刑部少輔を支援する心積もりであるが、そなた等は如何思う?」
持之の疑問に答えると全員が渋い顔をした。……まるで俺の判断が間違っていると言わんばかりだな。ちょっと不本意だ。
「……分裂は必至ですな」
満済の言葉に満祐が頷く。
「とは言ってもな、刑部少輔は家督相続の為に先代から仕えていたのだぞ。刑部少輔の心中を慮るとな、そう簡単に廃することは出来ぬ」
俺の言葉に全員が黙り、頭を悩ませる。今回は独断で決める気はないからな。
今回こいつ等を呼んで話し合っているのは、俺が私利私欲で持熙を推している訳ではないことを分からせる為だ。俺の言い分は特に間違っている訳ではないし実際山名の勢力を削ぐつもりもない。
それに守護達から意見を聞くことで、将軍専制を推し進めながらも守護を軽視していないということを分からせるという意味もある。
暫く沈黙が漂う。この沈黙は苦手なんだよなぁ、ほんと。だがその沈黙を満済がやぶる。
「拙僧は上様のお好きに為されば良いと思いますぞ」
満済の言葉に満祐と持之が驚いて満済の方を見る。ふふふ、吃驚したか?満済には予め話をしておいたのだ。そしてここまではシナリオ通り。
幕府の重鎮である満済が賛成すれば、他二人は反対しにくいだろう。案の定二人は顔を見合わせて迷っている。
暫く迷っていた後、満祐が苦笑しながら口を開く。
「最早これでは反対できますまい。上様の思った通りに為されば良いかと」
よっし、俺は心の中でガッツポーズをきめる。そして嬉しさを顔に出さずに持之を見遣る。持之は目を瞑ったまま腕を組んでいる。眠ってないよね?
持之は暫く身じろぎせずに黙っていたが、溜息を一つついた。
「上様に一つお聞きしたいことがあるのですが」
「ん、何だ?申してみよ」
「この騒動が終わった後、山名への仕置きは如何為さるおつもりなのですか?」
ああなんだ、そんなことか。
「別にどうする気もないが。領国を減らすつもりなどないぞ」
「ならば某も反対は致しませぬ」
よし、これで大丈夫だ。他の守護達には後で言っておけば良いか。
「では決まりだな。幕府は刑部少輔を推すこととする」
「はっ」
これで大丈夫だろう。応仁の乱フラグは潰れたかな?
持豊が大人しく持熙に家督を相続させればいいんだが……。あまり期待してはいけないな。
1433年 (永享四年) 足利義教
畠山満家が死んだ。長年幕府を支えてきた人物であり、俺も世話になったものだ。頼りになる人物を失ってしまったな。家督は畠山持国が相続した。
だがこれで大和への出兵が行えるようになる。今までは満家の反対のせいで兵を動かせなかったのだ。だがこれで障害は無くなった。幕府派の筒井とそれと対立する箸尾、越智。
筒井は去年に大敗している。早急に支援しないといけないだろう。筒井からは援軍の要請があった。このままではやられる、とな。満祐達を送ろう。これでなんとかなるといいんだがな。大和は南部を山地が占めている。ここに籠られると厄介なんだ。
あと、近習達に命令して大覚寺義昭の監視をさせよう。史実では義昭は義教と対立して大和で挙兵している。史実とは違い仲が悪い訳ではないが、反幕府勢力が担ぎ上げる可能性は十分ある。念には念を入れておこう。
それと政治体制も少し変える。満済の意見を取り入れて評定の上に大評定を置こう。重要な議題についてのみ決定するための機関だ。構成は20名程で有力守護や足利一門から半分、もう半分は将軍が選ぶということにしよう。多数決制にでもすれば将軍の意見は大体通せるし、守護も疎外されたと感じなくなるだろう。
ここで重要なのは大評定は重要な議題のみ取り扱うというところだ。何をもって重要とするかは将軍が決める。つまり、独断で進めたいときには重要じゃないと言い張れば良いのだ。
大抵のことは将軍が構成員を全て選ぶ御前沙汰で決めればいいな。
◇
「そなた等にやって貰いたいことがある」
俺の言葉に全員平伏する。
「何なりとご命じください」
そしてそれに赤松満政が答える。目の前にいるのは一色兵部少輔持信、赤松刑部大輔満政、山名刑部少輔持熙。そして奥には走衆達。
「まずは刑部少輔、幕府はそなたを右衛門督の後継と認め但馬、備後、安芸、伊賀の守護に任ずる」
「ははっ」
満足そうだな。でもあの持豊を倒さなければ家督は掌握できないぞ。守護に任じたことでやり易くはなるだろうがな。
「次に刑部大輔、そなたは大覚寺義昭を見張れ」
「な、何ゆえで御座いますか」
満政が驚く。弟だよ?何かしたの?、そんな感じだな。実際義昭は怪しいことは何もしていないからな、驚くのも無理はない。
「反幕府勢力が担ぐ可能性がある。南朝の残党が利用するということもあるな」
「成る程」
「気付かれぬようにせよ。万一大覚寺を出奔しようとすれば捕らえて此処まで連れてこい」
「はっ」
「そして兵部少輔、叡山は如何だ?」
「どうやら関東に使者を出しているようですな」
持信の言葉に全員がどよめく。やはり持氏を頼るか。早めに潰した方が良いな。
「では兵部少輔、洛中で噂をながせ。叡山は鎌倉公方と組んで京に軍勢を呼び込もうとしている。そうなれば洛中は悲惨な事になるだろう、とな」
持信がニヤリと笑う。
「成る程、民と公家に叡山への反感を植え付けるのですな」
「その通りだ、至急行動せよ」
「はっ」
こんなもんだな、三人に命じて退室させる。それと同時に走衆を近くに呼ぶ。
「一色修理大夫の近辺で何か目ぼしい発見はあったか?」
「いえ、幕府への不満を漏らしてはおりますが行動に移してはおりませぬ」
走衆の一人が答える。
「なら良い。引き続き見張っておけ」
「はっ」
よし、守護を監視しているのは公にしにくいからな。満政と持信は知っているから構わないが持熙に聞かれると面倒なんだ。
「赤松大膳大夫は如何だ?」
「幕府に不満は持っておらぬようです」
もう一人が答える。満祐は問題なし、か。嘉吉の乱はもう起きないと考えてもいいかな。
「ですが少し気になることが……」
気になること?何だろう。
「申してみよ」
「はっ、大膳大夫様の弟である伊予守様が幕府に不満を持っておるようです」
弟?赤松義雅か。
「そのことは大膳大夫は知っておるのか」
「いえ、ご存知無いかと」
満祐は絡んで無いようだな。今は守護を敵に回す余裕は無い。ホッと息をなでおろす。
「引き続き監視しておけ」
「はっ」
まあこんなもんだろう。……問題は一向に消えない、か。これ等全てに対処していた義教は本当に優秀だったのだろうな。その苦労、よく分かるよ。




