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義教の野望  作者: ペロリん千代
16/33

満済の願い

閑話もついでにあげときます

1433年(永享四年) 三宝院満済

今、私は畠山邸に足を運んでいる。左衛門督殿の見舞いに来たのだ。


「左衛門督殿はいるかの」


「こ、これは満済様。御屋形様ならば奥でお休みになっております」


畠山邸か、相変わらず大きい。さすがは三管領の一つと言った所か。


近習に案内されて左衛門督殿の元へ向かう。奥の部屋には左衛門督殿が横になっていた。顔は土気色になり、覇気は全くない。病と聞いていだがここまでとは……。寄る年波には左衛門督殿でさえも勝てぬか。


「おお、これは門跡どの。よういらした」


起き上がろうとする左衛門督殿を押しとどめるが、“このぐらいは大丈夫ですぞ”と言って断られてしまった。

「わざわざ呼んで済まぬ、門跡どの」


「いえいえ、拙僧も話したい事が有りましたので渡りに船でしたぞ」


私の言葉を聞いて左衛門督殿が少し微笑む。


「もしかしたら同じ事を考えているのかもしれませぬな」

「おそらく」


私もつられて笑う。場の雰囲気が明るくなった。

「上様のことでございましょう」


「左様。上様は今まで精力的に努めてこられた。九州は平定の目処が立ち、叡山も抑えている。幕府はより強く、盤石になっている。だが上様を取り巻く情勢はまだまだ良くはない」


「ええ、関東に大和がある。叡山も暫くは大人しくしているようじゃがどうなるかは分からんの」


「上様は叡山を潰したくて仕方がないようじゃが」


左衛門督殿が苦笑しながら言う。その後も幕府や上様の事について一刻ほど話し合った。



「こういった『敵』を全て潰した後で上様は如何なさるおつもりなのか……」


不意に左衛門督殿が呟く。強大な力を持つ守護達を上様が抑えにかかる、ということか。有り得ることよの。鹿苑院様も土岐、山名、大内を討ち、勢力を弱めた。一門とはいえ畠山が目をつけられないとは言えない。

「上様はよく分かっておられる。絶対とは言わぬが軽率な事はなさらぬでしょう」


私の言葉に左衛門督殿が頷く。

「上様は鹿苑院様を手本としているようだが鹿苑院様の頃とは状況が違うからの、下手な事をして身内に敵を抱えては欲しくないものじゃ」


「左様、良く言い聞かせておきましょう」


「うむ、感謝する」




そう言って暫くした後、左衛門督殿は天井を見ながらポツリと呟いた。


「門跡どの、某はもう長くはない。あと一年は生きられぬだろう」


「なんの、左衛門督殿は幕府に必要なお方。まだまだ生きてもらわねば」


私がそう言ったが左衛門督殿はゆっくりと首を振った。


「自分の命の残りくらいは分かっております。某はもう幕府に出仕する事は叶いますまい。後はお任せ申す。門跡どの、上様を支えて頂きたい」


「……お任せくだされ。この満済、身命を賭して幕府を、上様を支えましょう」


私の言葉に安心したように頷きながら左衛門督殿はまた臥せる。


「申し訳ない、少々疲れたようじゃ。歳をとるといかんの。体が言うことを聞かぬ」


「ゆっくりお休みくだされ、左衛門督殿。拙僧はもう帰りましょう」


「うむ、感謝する、門跡どの」


私は立ち上がって、部屋を出る。左衛門督殿とはともに協力して幕府を支えて来た。二人で幕府の事を話し合ったりもした。……いかんの、歳をとったからか涙もろくなってしまったようじゃ。





1433年(永享四年) 足利義教

九州で戦っている大内持世から使者が来た。どうやら家督の掌握に成功したらしいな。だが家督を巡って争っていた大内持盛は大友持直を頼っていったらしい。


ここは持直から豊後国守護職を剥奪しよう。そして一族の大友親綱に与える。これで大友は分裂する筈だ。あとは伊予の河野でも援軍につけて大友、少弐討伐軍を組織する。これで終わってくれたらいいんだけどな。少弐満貞も大友持直もなかなかしぶとい。



「大内介に伝えよ、大友・少弐討伐軍の総大将に任ずる、とな。配下に河野をつけるが他に必要な物があれば言え、とも言っておけ」

「はっ」


本当なら山名も付けたかったんだけど、時熙の体調が優れないらしい。だから援軍は河野だけになってしまった。


援軍が少ないな。もし倒せなかったらどうしようか。持世が戦が上手な事はよく知ってるけどな。まあ、その時はその時か。なんとかなるだろう。





「上様、満済様がいらっしゃっています」


ん、満済か。どうしたんだろう。


「部屋に呼べ」


とにかく入って貰おう。満済もあまり体調が良くないようだし呼んでくれればこっちから出向くのにな。まあ将軍()を呼び寄せるのが気がひけるんだろう。ここでは当たり前なんだろうが俺としては違和感があるな。


「よく来たな、門跡どの。そなたも体調が優れぬのだろう。遠慮なく来てくれと言えば良いものを」


「拙僧は体調が優れぬとは言っても其処まで酷くは御座らぬ。心配は無用ですぞ」


そうは言うが強がっているようにしか見えないんだがね。


「年寄りはすぐに強がりたがるからな。不安になってしまうのだ。許せ」


俺が笑いながら言うと満済も表情を柔らかくした。最近は満済とあまり相談していない。折角の機会だし楽しくいきたいものだ。




「で、どうしたのだ?わざわざ門跡どのが出向いてくるとは大事でもあったか?」


「いえ、少し昔話をしようと思いましてな。御時間はありますかな?」


「問題ない。ふふ、昔話か。久しぶりだな」


本当に懐かしい。確か、義満の政治について聞いたとき以来か。


「ええ、そうですな」


「茶でも用意しよう。折角なのだ、ゆっくりしていけ」


近習に命じて茶を淹れさせる。やっぱり落ち着くな。


「ではお言葉に甘えましょう」


そして満済は茶を一口飲んで話し始めた。



「拙僧は今小路の生まれでしてな、とある縁が有って鹿苑院様の猶子となったのじゃ。


拙僧が猶子となった頃にはもはや鹿苑院様に並びうる存在はなく、幕府は栄華を極めておった。そんな鹿苑院様をずっと見ておったからか、政道に憧れるようになったのじゃ。


鹿苑院様が没した後、義持様のもとで政務に関わるようになった。あの頃は何もかもが新鮮じゃった。自分の生きる道を見つけたと思いましたな。畠山左衛門督殿や今は亡き細川満元殿、斯波義重殿達と共に協力して幕府を盛り立てていきました。


拙僧は始め、政道のことなどまるで知りませんでしたので、この御三方から多くの事を学びましたな。感謝してもしきれぬ。


拙僧は今まで様々な事を経験し、幕府の為に働いてきました。拙僧はもう50年生きてきましたが、その中で一つ大切な事を教わりました。それは何事も一人では成せぬ、という事。


あの鹿苑院様でさえもそうであった。守護達の力が無ければ、土岐・山名・大内を討つことなど不可能じゃった。


だからの、上様も何かあれば守護達を頼って欲しいのじゃ。一人で全てを為そうとしてはいけませぬ。上様の周りには頼れる者達がおります。


幕府は上様一人の御力では動かす事は出来ませぬ。守護達を無視し、己の思うがままを貫けば幕府は崩れてしまいましょう。どうか道を踏み外すことが無いようにお願い致します」



俺はじっと身動きせずに聞いていた。満済にとって俺は息子のようなものなのかもしれないな。


「相分かった。そなたの言葉、一生胸に刻み込んでおこう」


俺の言葉に満済は微笑んで頷いた。守護を頼れ、それは守護を討つなというメッセージも込められているんだろう。


「わざわざそれを言いに来てくれたのか。感謝するぞ、門跡どの」


ここまで言われちゃうとな、少々やり方を変えようかと思ってしまう。満済は俺が最も信頼している男だからな。満済は己の為ではなく常に幕府のために行動している。そんな男が言うんだ。何らかのことはした方が良いんだろうな。

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