3話
今回も文章的に、状況的におかしいところがあれば、コメントでお願いします。
6月の15日。初夏特有の少し暑い気温が、これから来る夏の季節を思い出させてくれる。
歩道を歩く人達は既に半袖を着ている人や、まだ長袖の人、日焼け対策なのか全体的に肌を見せない服を羽織る女性など様々だ。
『………地味に暑いよ……雨のせいでじめじめするし……』
「一昨日からずっと雨だったもんね。」
街の大通りを歩く二人。本当は姉弟なのだが、その二人を第三者から見れば兄妹と見えるのは不思議なことではない。明らかに男の方が身長が大きいのだから。
高校二年生、谷川祐司と二十歳OLの谷川知古は大通りにある商店街に来ていた。先日知古が言っていた、新入社員歓迎パーティーのケーキと食材の調達のためである。
『………祐司はこの季節楽で良いよねぇ……』
「でも梅雨とか冬は体が鉛みたいに重くなるし、一長一短だよ。」
祐司は超能力者達の中で世界でも数少ない異能持ちだ(それらのことを異能者とも呼ばれる)。その名は火殺姫。火を使う異能なため暑さや火にはめっぽう強いが、水っけのあるところは苦手。体が鉛のように重くなるので、戦闘で早く動けない。もはや弱点とも言える。
「まぁそんなことはいいんだ。食材やケーキの材料買うために遠くの商店街まで来たけど、チコ姉はパーティーでなに作ろうとしてるの?」
『えっと………キムチ鍋とキムチグリルとキムチピザとキムチケーキと』
「まてまてまて」
祐司は待ったをかける。6月にキムチ鍋すらおかしいのに、後ろからついてきた魑魅魍魎たち。キムチによる百鬼夜行を起こすんじゃない。
「チコ姉。キムチは無しにしよう。歓迎パーティーに出すもんじゃない。」
『はぁ?!』
そしてキれる知古。
『祐司!さすがの私でも怒るよ?!ご飯のお供としてよし、キムチを鍋にしてよし、保存食としてよし。こうなったら食卓に万能食材キムチを出すしかないでしょうが!!それに、ダイエットにも良くてキムチの辛さによる…………』
「…………」
キムチへの愛が止まらない姉によるありがたみの薄い説法を説かされた祐司は、なんで俺が怒られてるんだろう…と一人思うのであった。
□□□
とりあえず、キムチ料理だけではパーティーが残念になるため、普通な料理も作ろうってことで落ち着いた。ケーキ×キムチなんてもっての他である。
「………というか、新入社員歓迎パーティーならどこかの居酒屋でやればよかったんじゃない?」
ずっと疑問だったことを知古にぶつけた祐司。会社の歓迎パーティーなら、安くて美味しい近所の焼き肉屋さんでも行けば良かったのだ。わざわざ友達の家でやる必要があったのか、祐司は疑問を抱えていたのである。
『たまには居酒屋とかじゃなくて、自分たちで料理を作ってみたいってみんなが言ってたの。ほら、うちって朝から晩まで仕事ばっかだから、料理って言える料理をした人なんてほとんどいないんだ。』
「へぇ…………」
料理と言えるような料理をしてない人たちが作るパーティーの料理。………なんとなく波乱の予感がする。
『………彼女達のためにも、新入社員達には頑張ってもらわないとね。』
………南無。
「じゃあ特売の肉、野菜を大量に買えば良いかな。」
入り口にあった籠を手に取り、スーパーへと入っていった。
□□□
南無。と祐司は言ったけれど、死ぬほど不味い飯なんて作ろうにも作れないのが人間である。普通に考えたらレシピ本とか見るなりして作れば旨くなるし、知古も料理はできる方だ。そこまで悲惨なことにはならない………と思う。
「あとは…………あ。」
二手に別れて食材を探すことにした祐司と知古。祐司は肉や野菜等を、商品の状態と値段を考慮して探していた。少ない金で良いものを買う。祐司の買い物をするときの鉄則である。
祐司のとなりのブースにある魚コーナーに歩いてくる女性に見覚えがあった。
「黒石先生じゃないですか!」
「……祐司君か。奇遇だな。」
彼女は黒石飛鳥。祐司の通う学校の女教師である。今年で5年目を迎え、高校の先生のなかでは年長者に分類される。
音楽を担当しており、その口から発せられる歌声に魅了される生徒がいまだに増加中。
その他にも楽器が上手だったり、指揮が的確だったりと、彼女が兼任する吹奏楽部・声楽部の入部数が増加。合計部員数は100人を越えている。
と同時に『異能の意』であったりもする。
「次のテスト、頑張るんだぞ。祐司君の歌声には惹かれるなにかがある。自信をもってな。」
「ありがとうございます。………あれ?いつもの人はいないんですね」
祐司の言ういつもの人というのは、黒石の隣にいつもたつ男性教師のことである。
「夫のこと?夫なら向こうにあるパンコーナーにいるぞ。」
「あ、やっぱり結婚してたんですね。」
「私は結婚する気はなかったんだ。しかし、あまりにしつこくてな…最終的に此方が折れて結婚した。」
言葉に少々トゲがありながら、黒石の顔がほんのり赤くなってることは祐司は見なかったことにしておく。さすが新婚だなぁとかは思っていたが。
「優しそうな夫さんで良かったじゃないですか。」
「確かにな。しかしうざったい。起きたら隣の夫が私の腕に手を絡ませて寝てたり、今日はモーニングコーヒー作ってくれたのだが、「どう?」って聞かれたから「美味しい」って言ったのに「じゃあ僕にも飲ませて?」って言いながらコップ取られてそのまま飲まれた。しかも私が口をつけたところにだぞ?他にもご飯粒顔に着いたら手で取ってくれるけど酢捨てればいいのにそのまま食べるし、さっきまで腕に抱きついて……」
「まぁ両思いなら良いんじゃないですか?」
できたてホヤホヤの新婚夫婦。夫の話をし始めるとだんだんにやけ顔に、話が長ったらしく、さっきよりも顔真っ赤になり本心がまる見え。言葉で嫌と言っても本心は大好きなのである。俗にいうツンデレ(?)なのだ。
「……私はあいつのことなど」
「まぁまぁ。」
そういえば、と祐司は話を変える。
「『黒死鎌』さんに言っておきたいことがあるん…っ!!」
その名前を出したとたん、祐司は意識を失いかけた。手を棚につき、体を支える。
「………その名前は捨てた。本来なら斬っていたが、相手は君だ。特別にそれで許してやろう」
「………相変わらずこの感覚には慣れません……」
先程までののろけた顔は存在を消し、ゾッとするような冷たい目と顔の『異能』がその場に降臨していた。
存在はしているが確認されていない異能の意のひとつ、『黒死鎌』。その黒い鎌での一振りで、生物の命を刈る。これは比喩ではなく事実。
火殺姫が敵を炎で殺せる程の力をもつのに対し、黒死鎌は命を殺す。つまり、どんな攻撃をしても『当たれば即死する力』をもつのだ。
『□せる』と『□す』。選択と確定。この違いは大きい。
彼女はこの力で何万もの関係ない人たちを殺してしまった。コントロールの効かないこの力を嫌うのも無理はないだろう。あげくには力を捨てた。
すると、捨てた力が人間の体へと姿を変えた。最初は適応するのに時間がかかったが必死の努力の末、今に至る。
まだかすかに力は残っているが、その少なさゆえに国に発見されることはない。
「私には黒石飛鳥という名前がある。わざわざそっちの名前を使わなくても良い。それに私がまだ力を使えるかどうか、試したんだろう?」
「……あぁ。分かっちゃいます?」
「これでも君のクラスの副担だからな。クラスの諸君が何を考えてるかなんてもう分かるぞ。」
一生勝てそうにない。力でも、知識でもだ。
そう思いながら、頭で考えてたことを話し出す。その内容は大ペルソナについてだった。
「17日から高確率で大ペルソナが出現します。場所は特定できてないので、準備と警戒を。」
「あいわかった。今回も何がくるかわかってないのか?」
「そうですね。こればっかりは直前にならないと分からないです。」
大ペルソナ。その種類はタロットカードで分類させられる。
すでに一番目の『魔術師』から五番目の『教皇』、六番目の『恋人』と八番目の『正義』まで戦闘により消滅したものの、まだまだ先は長い。
そんなことを知っているのは祐司に協力している、隠された『異能の意』の力のお陰だ。
「しかし、君は私たちのような『はぐれ』に秘密を話してよくやってるよ。」
「いやいや。俺が橋渡ししているのは知り合いの異能達だけですから。それほどのものじゃないです」
「謙遜するな。」
そのあと二人は、少し世間話を続けた。迫りくる『災厄』の足音には気づかずに。
………確率は確率だということを思い知らされるのだった。