とりあえず、パスは繋いで欲しい件
06
そんなこんなで、僕を含めた残りの三人の自己紹介も終わった。
なぜ、これまでに比べて記述を簡素に済ませているかというと、残りの二人の女の子は、クソ虫と運命論者に比べて、ごくごく普通の人間だったからである。
名前は、中川と瀧野だっただろうか。気の毒に、あんな自己主張の塊のような二人の後だったので、特に何を言っていたか覚えてもいない。強いて特徴を挙げるとするならば、中川は頭の中空っぽの地味メガネで、瀧野は顔が整っていたということぐらいだろう。特に毒にも薬にもならない(前の二人は猛毒だったが)、栓のない人たちだった。
その二人の後に、僕もいつも通りの自己紹介をした。僕も女の子と同様になんてことない平凡な人間なので、割愛。その後、軽く「江ノ島」旅行の計画をした。簡単に表せば以下の通りである。
「鎌倉?水族館?美しくないっ!全く、全ぁったく美しくないぞ!マイノリティの欠片もないじゃないか!いいかい、マイノリティというものはねぇ」
「んー僕はどこでもいいかなぁ。どこに行っても運命は決まっているものだし、それは変わることがないしね」
「じゃあ、バスで移動ってのはどう?歩くのが醍醐味みたいなところがある江ノ島旅行でバスツアーなんてよくない?」
「と、とりあえず、みんなで意見を出して、そこから多数決を取ろうよ!」
会話は言葉のキャッチボールだなんてよく言うけれども、ここにいたのは、みんながサッカーをしてる中でセパタクローを始めるやつと、試合をしなくても結果は決まってると言って試合にすら参加しないやつと、「チームプレイが何よりも大事よ」と善人ぶりながら実は賭博に加担しているやつと、そもそもサッカーのルールを知らないやつだけだった。
結局何の収穫もないまま、協調性に欠けた(もとから存在しなかったと言っても過言ではないであろう)試合を終え、僕たちは解散した。また、後日集合して、詳しい計画を立てるらしい。解散するときには、折角だし一緒に帰ろうか何て話も出ていたようだが、無難な理由をつけて、丁重にお断りをした。なぜ、学校から出てまで、顔と名前しか知らないようなやつと帰らなければいけないのか。残業代でも出るのであれば、愛想笑いの一つでもしてやるところだが、生憎と学生にそんな制度はない。サービス残業なんて、今時流行らない。
「あれ、君も帰る方面こっちなの?同じ電車に乗るなんて偶然だね。なんて、今日、僕と君が一緒に帰ることは、既に決まっていたことだけれども」
そんな、泥仕合延長戦を回避した僕が、疲れた心を癒すために車窓に映える夕焼けをぼんやりと眺めながら電車に揺られていると、なんとも最悪なことに、運命論者に声をかけられてしまった。
あいつらと乗る電車が被ることを避けるために、わざわざ帰る時間をずらしたのにも関わらず、だ。
「いやぁ、楽しみだねぇ、修学旅行」
そんな中身のない、上辺だけの言葉を添えながら、運命論者は、当然かのように僕の隣の席に座ってきた。
なんだ、このクソ虫二号は。確かに車内はガラガラで席なんていくらでも空いているからといって、この状況で他の席に座るなんて逆に気まずくてしょうがないだろう。けれども、普通なら「隣いいかな?」と一言なりかけてから座るものだろう。運命がみえるかどうかは知らないけれども、本当に運命がみえるのならば、僕がお前のことをクソ虫二号だと思っていることもわかるはずだろう。それでも隣に座ってくるなんて、このクソ虫運命論者は倫理的に破綻している。
「これ、あげる」
僕が心の中で最高に毒づいていると、クソ虫二号はそういって何の脈絡もなく、何かを手渡してきた。
見てみると、それは赤い包み紙で包装された、三つの飴玉だった。
「ふふふ、僕に会いたくなったら、それを食べてみて。たぶん、会えるからさ」
そんな背筋も凍る言葉を吐きながらフェミニンな笑顔をむけてくるクソ虫二号を目の当たりにして、僕は今すぐに飴玉を全て口に放り込み、そのまま勢い良く床に吐きつけて、足で踏みにじりたい衝動にかられた。
確かに、クソ虫二号の顔の作りは幾分か良いかもしれない。仮に僕が女の子であったならば、ときめいてしまうかもしれない。けれども、僕はれっきとした男だし、本能に従順なありふれたヘテロだし、お前はクソ虫だ。
しかしながら、僕は寸でのところで衝動をぶちまけることをやめた。それは、決してクソ虫二号のためじゃない。電車の床が汚してしまっては、これからこの電車に乗るであろう人たちを不快な気持ちにさせてしまうだろうし、その汚れた床を清掃する業者さんに迷惑をかけてしまうからだ。あと、飴がもったいないからだ。決して、クソ虫二号のためではない。
そんな、衝動を発露できない僕が、クソ虫を噛み潰したような顔をしている間に、電車は次の駅に到着していた。
「じゃあ、僕はこの駅で降りるから。またね」
吐き気のする笑顔を僕に向けながら、クソ虫二号は降りていった。
一人残された僕は、再び車窓に生える夕日を眺めながら、電車に揺られ、帰りに殺虫剤を買うことを決めた。