虫は虫でもクソ虫だった件
04
教室には既に三人の生徒が集まっていた。教卓の近くの机に座っている男の子が一人と、女の子が二人。全員顔と名前くらいしか知らない程度のやつだった。
「さぁ、全員揃ったことだし、宴を始めようではないか!」
いつの間にか僕の隣に立っていた日本兵が、僕の肩に手を置きながら言った。
僕がその手を払いのけ、他の三人と同様に席に着くと、日本兵はやれやれといった仕草をして教卓へと移動した。よりにもよってお前が仕切るのか。
「今日、皆に集まってもらったのは他でもない。来る修学旅行へむけた話合いのためだ。まずは自己紹介といこうではないか!」
日本兵はさも自分が皆を集めたと言っても憚らないであろう態度で、当然のように仕切り始めた。
「とはいっても、自分が名乗らず、人に名乗らせるのは礼節を欠いている。いかにマイノリティであろうとも、礼儀は大事だ。だからまずは私から自己紹介するとしよう」
「私の名前は安凪大河。君たちと同じ三年生であり、二組に所属している。大河でもなっぎーでもレオナルドでも好きに呼んでくれたまえ!最初に言っておくならば、私は常にマイノリティでありたい人間だ。マジョリティ、つまり多数派なんて吐き気がする人間だ。なぜ、人は皆、普通でありたがるのか。平凡でありたがるのか。マジョリティでありたがるのか。それは、マジョリティであることで、多数派であることで、目立たないことで、平穏でありたがる。少数派はいつでも虐げられる存在だ。マジョリティが正常であり、マイノリティが異常である。そんな馬鹿げた風潮に私は抗いたいのだ。もしも百人の内、九十九人が敵であっても私は一向に構わない。一人をいじめるために九十九人が結束しようとも、私は一人の味方でありたい。そういう人間だ。だから安心してくれ、皆何も恥じることはない。他の人間がなんと言おうとも、共に江ノ島というマイノリティのパラダイスに羽ばたこうではないかっ!」
なんとも演説チックな自己紹介に、皆圧倒されていた。女の子の一人などは、「おぉ・・・」と感心しきりで、小さく拍手をしていた。
だが、僕は引いていた。僕はこいつが嫌いだ。さっきまでの直観が、今、確信に変わった。
何故嫌いかというと、まず、こいつは偽者だからだ。特別でありたがる時点で、特別になりたがる時点で、こいつは特別ではない。日本人が自分で自分のことを「私は日本人ですよぉ」とまわりの人間に言って回らないのと同様に、本物は、自分が「それ」であることが当然であるために、「それ」であることを主張しない。むしろ、「それ」であることが当然すぎて、自分が「それ」であることに気付いていないことが多い。しかしながら、こいつは自分で自分のことをマイノリティであると主張しているのだ。つまり、その時点で、こいつはマイノリティではなく、マイノリティでありたいと思っている、世の中にたくさんいる、特別でありたがるマジョリティなのだ。
そして何よりも、こいつは、人のパーソナルスペースを容易に侵す種類の人間だ。例えるならば、電車で他にも席が空いているにも関わらず、敢えて隣に座ってくる種類の人間だ。そして、あまつさえ、隣に座っている見ず知らずの私に話しかけて、仲良くなろうとする種類の人間だ。人の考えなど、特にお構いなしに、「俺人見知りとかしないし。ってか、自分から話しかけなきゃ関係って発展しないでしょ?」何て自分勝手な考えが正しいと信じて疑わない人間だ。僕のように自分の領域には誰にも入って欲しくない種類の人間にとって、ゴキブリのような生理的嫌悪感の固まりのような存在。人の心に土足で踏み入るクソ虫だ。
「ご静聴どうもありがとう。もっと、私のマイノリティ美学について話たいところではあるが、どうも今日は時間がないようなので、それはまた後日にしよう。では、君、自己紹介を頼む」
そう言って使命されたのは、白髪パーマの男の子だった。