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「この世界は、君が生きる世界とはまた別の世界なんだ」
星夜はそう切り出した。
「ユメのセカイと聞いたけれど」
トモエは言う。この場所に誘われる直前、“宇宙の意志の権化”からそのような言葉を聞いていた。
「そうだね。この世界は、君が生きている現実世界とは、まったく性質が異なるんだ。現実世界で構成されているものは、原子が寄り集まってできた“物質”だろう。でも、この世界を構成するものは、人の夢や希望といった感情なんだ」
「感情――?」
「そう。もっとも、本当はそういったプラスの感情ばかりじゃなく、マイナスの感情も含まれている。人の心や想いで構成されている世界なんだ。だから、人によっては“スピリチュアル・ワールド”という人もいる。でも、僕は“ユメのセカイ”の方が前向きな感じがして気に入っているんだ」
トモエは、先ほどの紅茶を飲んだ時、腹に溜まった感覚を覚えなかった理由が分かった。現実世界とは違う要素で構成された世界だからだ。だから、香りや味といった感覚は覚えても、物体として入ってくる感覚は覚えないのだ。
「他の人もこの世界にはいるの?」
トモエは訊いた。
「もちろん、この世界に入り込むことができる人もいる」
「入り込む――って?」
「この世界に入り込むためには、自らの意識をこの世界に投影する必要がある。それは、精神とか、魂という言い方をしてもいいけれど。たいていは、眠っている間に、夢を通じて、この世界とリンクするんだ。スピリチュアル・ワールドやユメのセカイという言葉は、そのことに対するギミックであったりもする」
「ふぅん――今、私、夢見てるのかぁ」
トモエはまじまじとこの世界を眺めながら言った。けれど星夜は、
「いいや」
とすぐにそれを否定した。
「君はどうやらそうではないらしい」
「どういうこと?」
「君の身体は、この世界とリンクしている。なぜなのかは僕にも分からない。もっと言えば、さっきも言ったように、この場所に来るのは君が初めてだ。言い換えると、この場所には普通の人は入ってこられない」
「……どうして」
「ここはね、“真実の深淵”という、ユメのセカイの中でもとてもディープな世界なんだ。この世界にいるのは、たったひとり、僕しかいない。――そのはずだったんだが」
星夜は目を輝かせながら、トモエをまじまじと眺めた。
「ぜひ教えてほしい。君は、一体どうして、この世界にやって来たんだい」
星夜は身を乗り出さん勢いで、トモエに言った。星夜にとって、トモエは大いなる興味の対象らしかった。けれどもトモエは、少し悲しい気持ちになった。
「……そんな風に言わないで欲しい」
トモエはうつむいて言った。星夜はキョトンとした顔になった。
「どうして」
「どうやってここに来たのか、私にだって分かんない。今のあなたの説明を聞いたところで、やっぱりよく分からないことだらけなんだよ。そんな目で見られたくない。だって、私はただ、友達が欲しいと願っただけなんだから――」
最後の方はほとんど泣きそうな声になっていた。継母からもクラスメイトからもいじめられ、つらい日々を送ってきた。欲しいのは、安心して一緒にいられる相手だった。せっかくそれが叶いそうだという期待がもてた相手にまで、そんな好奇な目で見られたくはない。
「ごめん」
星夜は素直に謝った。
「でも、誤解しないで欲しい。僕も君にとても関心があるんだ。だって、僕はこの場所でいつもひとりなんだよ」
「……えっ?」
「僕はこの場所から出ることはできないんだ。だから、トモエがこの“真実の深淵”に来てくれたことが、とても嬉しい。それは本当の気持ちなんだよ」
「じゃあ、私と友達になってくれるの?」
「喜んで」
星夜は嬉しそうに目を細めた。トモエも笑顔になる。
それはトモエにとって、かけがえのない友達ができた瞬間だった。