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(第一話 夢の世界のお友達)
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鶴洲トモエは死に向かっていた。
薄暗い無機質な空間の中をカンカンという無機質な音を立てながら歩く。階段を上りきり、重い扉を開けると、眩しい外の光に晒された。
雲ひとつない青空を、トモエは虚ろな目で眺めた。しかしすぐに顔を前に向け、ゆっくりと歩きだす。迷いはなかった。14年足らずという自分の人生に、自ら幕を下ろすのだ。このビルの屋上が、彼女が足をつける最後の台地になるはずだ。
(病院で自殺するなんて、皮肉なものよね――)
トモエは自虐的に思った。屋上の端に立つと、さすがにくらっときた。一瞬の躊躇いが生まれた隙に、彼女の頭に別の思考が差し挟まれてきた。
私、なぜこうなっちゃんったんだろう――。
歯車が狂い始めたのは3年前――彼女が小学5年生の頃からだったように思えた。
トモエの母親が交通事故で死んだのは、3年前の秋だった。
友達の家でつい遅くまで遊んでいたトモエを、迎えに来る最中で車に刎ねられたのだ。
即死だったという。遺体も酷い状態だったらしく、トモエは葬式の時でさえ、その死に顔を見ることは叶わなかった。
母の死からわずか数ヶ月後、父親が新しい母親を連れてきた。実母よりも若い、綺麗な女だった。しかし、母親のような清貧で優しげな雰囲気ではなく、傲慢な顔つきをしていた。
トモエは新しい母親になつかなかった。本当の母親とは180度違う人間だと思ったのだ。それに彼女は、その女に出会ったころから不穏な空気を感じていた。おそらく、母が死ぬ前から、それなりの関係にあったのだろう。実の母親が死ぬ死なないにかかわらず、いずれは今のポジションに収まるつもりだったに違いない。少女ながら、トモエはそのことを察知していた。
トモエが懐かないことに、新しい母親は不服だったのだろう。ほどなくして、トモエは彼女からつらく当たられるようになった。暴言を吐かれたり、時には暴力をふるわれることもあった。父親は会社の重役であることもあり、家に帰るのが遅かった。そして、父がいる時に限って、継母はいい顔をしているのだ。トモエは継母にいじめられる日々を送った――父親に知られることもなく。
中学校に上がると、クラスメイトからいじめに遭った。
トモエは元来不器用な性分で、自分の気持ちをうまく伝えることも苦手な上に、何をやっても遅かった。にもかかわらず、勉強はそれなりにできた。それがクラスメイトから反感を買ったらしい。
勉強ができたのには理由があった。亡くなったトモエの母親が、生前テストでいい点を取るととても褒めてくれたのだ。トモエにとっては、勉強は実の母親を感じられる唯一の手段だった。しかし、そんな事情など、学校の皆は分かってくれるはずもなかった。
影で笑われたり、机に落書きをされていたり、上靴が隠されていたり――そんな毎日を過ごし、家では継母にいじめられる。トモエは完全に孤立していた。
そんな時、父が急病になってしまった。幸い大事には至らなかったが、しばらくの間療養が必要だということで、市内の総合病院に入院することになった。しかも、父への見舞いや身の回りの世話は、すべてトモエがやることとなった。
(生きていてもしんどいだけ。もう死んじゃった方がましかも……)
ふとそんな考えがよぎった。それから、考え直すこともなく、彼女は病院の屋上に身を投げるためにやって来たのだった。