結婚10年目の初夜
なんとなく思いついて、そのまま勢いだけで書き上げました。
少々、粗が目立つかもしれませんが、書いた時の勢いをそのまま残したかったので書き上がりには手を加えていません。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
今更、どんな顔して臨めばいいのよぉー!
心の中で絶叫する。
ああ、このまま時間が止まればいいのに。
窓へと視線を向けると、窓ガラスに映った自分の姿が目に入った。
お世辞にも美人とは言い難い十人並みの顔。
邪魔になるので公式な場以外では、いつも無造作にまとめている髪が、今は背中へと緩やかなウェーブを描きながら流れている。
そして衣服。
これがしきたりなんだとわかってはいるけれど、白くて薄くてピラッピラの服。
はっきりいって、まったく服としての機能を果たしていない。
これを着るくらいなら全裸の方がまだ恥ずかしくない気がする。
そもそも、なんで今更こんなことしないといけないのよ!
いや。勿論、必要なことだとはわかってるわよ?
だけどね!
これまでさんっざん兄妹(姉弟?)みたいに育ってきて、今更どんな顔して子作りしろっていうのよぉー!
現実逃避するように私の意識は子供の頃へと飛んでいく。
私は8歳でこの国に嫁いできた。
お相手は私と同じ8歳のこの国の王子殿下。
嫁いですぐの頃は、両親や祖国を想って泣いたりもしたけれど、段々とこの国にも慣れ、それもなくなった。
もともと活発で勝ち気な性格だった私は、夫である王子殿下をよく剣の手合わせや遠駆けに連れ出した。
王子殿下は、内向的で体を動かすよりも1人で本を読んだりするのが好きな人だった。
それでもイヤな顔一つせず私のワガママにいつも付き合ってくれた。
私とはまったく正反対の穏やかで優しい性格のためか、よく女官達に「お2人の性格が逆なら良かったのに」と言われたものだ。
それから時は流れ、18歳になった王子殿下はいつの間にか私の背丈を大きく抜き去り、声も低くなり、ずいぶん逞しくなった。
一方、私は少し髪と背丈が伸びたくらいで、あとは何も変わっていない。
女性らしい胸の膨らみも腰のくびれも、どうやら私には無縁のものらしい。
ハァ。
せめて、顔か身体。どちらか取り換えることが出来たらいいのに!
もういっそ、お面を被って臨むというのはどうかしら?
顔はお好きなように想像して下さいってすればいいんじゃない?
「妃殿下。王子殿下がお見えになりました」
馬鹿な妄想をしている間に侍女が王子殿下を連れてきたらしい。
早いわよ。
せめて、もう少し心の準備をさせて頂戴よ!
このままじゃ、すぐこの寝室まで入って来るじゃない。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。
「失礼致します。…………妃殿下。何をなさっておいでなのですか?」
侍女が呆れたように冷たい眼差しを私へと向ける。
それも仕方ない。
だって、もし私がこの侍女の立場だったらきっと同じような反応をするだろう。
「さ、寒かったのよ! 悪い?」
身体にカーテンをグルグル巻きつけた状態で逆ギレする私は最高に格好悪いと思う。
でも、こうなったらもう後には引けない。
「何を子供のようなことをなさっているのですか? 早くそこから出て来て下さい」
「イヤ! 絶対にイヤ!」
カーテンを挟んで私と必死の攻防を続ける侍女に王子殿下が声を掛ける。
「君はもう出て行っていいよ。あとはこちらでやるから」
鶴の一声で侍女が退室し、王子殿下と私だけが寝室に残された。
「とりあえず、そこから出て来てくれるかな? 窓際は冷えるだろう? 風邪をひくよ」
「……絶対、笑わない?」
優しく諭され、反発する気はないけれど、やっぱり恥ずかしいので往生際が悪いと言われてもすぐにはこの姿を晒せない。
「笑わないよ」
「本当? 絶対笑わない?」
「ああ。笑わないよ」
穏やかに微笑まれたら、それ以上反論出来ず、意を決してカーテンから身を躍らせた。
王子殿下の視線が私に集まる。
「わ、笑いなさいよ!」
居たたまれず憎まれ口を叩く。
「思う存分笑えばいいじゃない?」
「笑わないよ」
「だってミスマッチもいいところでしょ? そんなお子様体型じゃ似合わないって鼻で笑えばいいじゃない」
「凄く綺麗だよ。それに可愛い」
「ばっ、馬鹿じゃないの!? どこで覚えてくるのよ。そんな歯の浮くような台詞」
「可愛い」
そう言うと王子殿下は私を抱き上げるとベッドへと連れて行った。
何これ何これ何これ何これ。
えっと……。
この後、どうすればいいの?
とりあえず、衣服を脱げばいいのかしら?
衣服を脱ぐため肩に掛けた私の手を王子殿下が掴む。
「何してるの?」
「何って……」
もしかして私、何か間違った?
「ほら、さっさと済まそうと思って」
その一言で王子殿下の眉間にシワが刻まれる。
ヤバい!
なんか怒ってる。
何?
何がいけなかったの?
「そんなに僕のことが嫌い?」
「え?」
「さっさと済ませたくなるくらい、僕のことが嫌い?」
「ええ? な、なんの話!?」
「君はいつだって、嫌いな人参も大っ嫌いな歴史の課題も真っ先に片づけてたじゃないか。さっさと片づけたくなるほど僕のことが嫌い?」
王子殿下が言わんとしていることをようやく理解して、慌てて釈明する。
「ち、違うわよ! 貴方を嫌ったことなんて一度もないわよ。ただ、私も貴方もこんなこと初めてじゃない? いつも身体を動かすことは、剣でもダンスでも乗馬でも私が率先して誘ってたから、今回もその、私がリードしないとって……」
「ありがとう」
王子殿下が笑ったと思った次の瞬間、私は唇を塞がれていた。
……え?
「だけど、今回は僕に任せて欲しいな」
私が答える暇も与えず、また唇を塞がれる。
そうして、夜は更けていった。
翌朝、今にも鼻歌を歌い出しそうなほどご機嫌な様子の侍女に起こされて、私は結婚10年目の初夜が無事に終わったことを悟った。
ぼんやりとする頭で、結婚から10年も経てば相手のことなんてほとんどわかっているつもりだったのに、まだまだ『夫』には私の知らない一面があったんだなぁと呑気に考えていた。
(完)
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