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雑記.1

作者: 直治

 二時間及ばぬ仕事を終へて、緩く生つた雨のなかを傘も持たず家路に着いた。軽食を済ませて、ソファの上でぼんやり煙草を吸いながら、何か音楽でも、と思ったが、窓のそとに雨だれの屋根打つ声が聞へるのに気付き、じつと耳を澄まし、さうして何もせず、ことなげに煙草を二本も三本も吸つた。何か、雨音、と云ふ語句を含んだ俳句を綴らうと思案したが、調子の良いものは出ず、煙草ばかり吸つても退屈なものだから、本棚より一冊の随筆集を手に取る。何遍も読み返した廉価本で有つたがたいへんに面白く、読みながら、眠くなれば眠り、起きたところから、一日をやり直さうと思つた。しかし、読んでるうちにも、雨だれだけで過ごした時間が懐かしく、布団をかむり、手足もごそごそ動かさず、じつと堪へて、雨音に戯れるのが最上の選択に思はれた。思つても尚、私は元来じつとはして居れぬせつかちな性分であるので、先端に兎の毛の附いた耳かきを持ち出し、鼻紙を左手に構へながら、耳の穴を弄くり出した。悪くないやうに思はれた。体裁の話である。仕事を立派に持ち、恋人も友人もある若者にも、たまにはこんな真昼の過ごし方があるだらう。私は頼もしく思つた。どうも私は、俗つぽいと云ふか、世間の顔色を常に疑ふ哀しい慣習を持つて居るやうである。普通、を、口ではくだらないだのつまらないだの太々しく嘲りながら、内では、普通、を何より焦がれてゐる。小学生が、片恋の少女相手に、わざと意地悪するやうな、子供じみた、たいへんにいじらしい性分を、二十歳を過ぎたいまのいま迄図太くこゝろに残して居るとは、これはどうも、笑って済まされますまい。まう少し、大人になれよ。善行が出来なかつたからつて、わざとしくじつて、道化を装つたり、若しくは、悪徳のふりなどして、ひとの関心を買おうだなんて、親元から出た人間のすることではない。こんな判り切つたこと、何処ぞの文学家の口調を真似て、旧かな文字まで持ち出して、それで、小説投稿の掲示板に貼付けて、何か大事でも終へた後のやうに、煙草に火をつけ、目を細めながら遠くを見やる。こんな馬鹿、競う相手も居るまい。どうも、僕に小説は向かぬやうである。散文として、その時その時閃いたことばを、脈絡なく、書き連ねるのが一番よい様に思はれた。小説となると、始まりと終りがちやんと有つて、読むものを退屈させず、読みながら、一抹の思索を煽るやうな、そんな算段を張り巡らさなければいけないことに気が附いた。頭が悪いと、物覚えがひどくて困るね。書きたいことなんか、もうとつくに無いんだ。馬鹿馬鹿しくつて、ことばの出ない白昼も有るさ。大人しく寝てろよ。さうして、眠りながらの自然死。誰も気が附きゃしないよ。やり残したことでも、あるのかい。いまさら、贅肉おびただしい、見るもむざんな肉体に、期待することが有るのかい。ちゃんちゃらおかしいや。死ね。

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