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「…じゃあリリムの分、2つ追加で」

「……もっとほかに重大な症状はないのか?毒でめっちゃ苦しいとか、身体が動かないとか……」


鎧小手をはずし、直に見るランダンの左手。腫れもなく赤くもならっておらず、特に異常は見られない。彼が平然としている様子から、命に別状はないのは明らかだ。


「何言ってるファルム!わりと凶悪な痒みだぞ……まあ我慢できんこともないが。儂、あの"水"にかぶれるみたいだな」



メイガンは彼の自己申告にひどく驚いていた。はくはくと口を動かすも、言葉になっていない。今まで"水"が効かない敵と出会ったことがなかったらしい。

凶悪な笑みもなく、余裕も消し飛び……見苦しく喚き始めた。


「馬鹿な!俺の……この"水"は周辺国の者には猛毒となるはずだ!エドラとルトワの人間が一滴でも触れればもがき苦しんで死ぬ。遠方の異民族……ミラの民に対しては麻痺の効果があると、エドラでの実験で証明された!」



体質によって症状の異なる、特殊なメイガンの"水"。レジオスとギルエリが体現しているのが、正しい反応のようだ。ルトワで生まれた俺たちが浴びれば、レジオスのように猛毒で苦しむことになる。


「え?それじゃ、術士長様は…」


シェリーは隣のギルエリを見た。今、彼はウェイスに身を支えられ木に背を預けている。

ギルエリはルトワの術士長、国を守る双璧の一人。てっきりルトワの者だと思っていたが……




「……へえ、私はミラの民だったんですね。知りませんでした」






「じゃあ、ランダンに効かないのは…」

「儂にもちゃんと効いてるぞファルム。なんて迷惑な能力ちからだ」

「そんなもん効いてるうちに入るか!今そこで死にかけてるレジオスに謝れ!!」


ランダンには効かないとわかったが、秘密を暴いたところで毒が消えるわけではない。長老はもう……いないのだ。治す方法などない。

2人の将は水の被害に苦しんでいる。レジオスはもう意識がないようだ。


自らの成した結果を思い出し、メイガンは嘲笑を取り戻した。



「……そうだ。その程度で済むわけがない。初めて聞く症例だが、お前の死は決定されている!!もうじき恐ろしい痒みがお前を襲うだろう……全身掻き毟って死ね!自分で喉を引き裂くがいい」


ランダンの言う痒みの症状は、これから生じる苦痛への前兆か。そうだとしたらまずい。ランダンだけが望みの綱なのに……




「そういや、お前……リリムも殺そうとしてたんだよな」


老英雄は、この強敵が自身の娘を狙っていた事を思い出した。そういえば、先にメイガンがそんな事を言っていた。


奴は宰相リリムを殺したとレジオスの前で告白し、彼の怒りを招こうとした。ルトワの要人で、先に被害を受けたのは彼女だ。術を仕込んだというのは、その特殊な水に触れさせたんだろう。

飲み物に混ぜたか、部屋に蒸気でも流したか…濡れた手で握手をしたとか……おそらくそれだ。



会談から帰宅後、俺は確かに宰相の右手が赤くなっているのを見た。



「……異常と言えば、手が赤くなってるくらいだったな。宰相はルネと同じ白い手をしてるから、変だと思ったんだ。そのときはペンの持ちすぎかと片付けたが…」

「でもそれ、私たちが出立するときには治ってましたよ」


それは確かなのか?ランダンがギルエリに念を押した。動けないながらも、彼は肯定の返事をする。


リリムに思い焦がれて止まないギルエリが言うのだから間違いはない。彼女はメイガンの"水"を直接触れたにもかかわらず、何日経っても毒の効果が現れなかった。本当に効かなかったのだ。



「……なぜだ?どうして、お前と宰相には効かない!?」



メイガンの笑みは、これで完全に消えた。彼の特異な水魔法は、触れた者の体質によって効果が変わる。必ずしも毒の効果をもたらすわけではなかった、"痒い"で済ませる者もいたのだ。


「儂はこの土地の出身ではない!!育った国は凍てつく極寒の大地、くるぶしまでの降雪ですっ転ぶような連中とは体の作りが違う!」

「いや、雪関係ねぇよ!」



「…ならば、宰相は……」

「効かぬのも当然だ、儂の娘だからな」


宰相リリムも半分はルトワの血が流れているが、ランダンは生粋の…異国の英雄だ。彼女よりも"水"に対し、強い耐性を持っている。そのうち彼は、外套でごしごし拭いてるうちに治ったとか言い出した。




「真相さえわかればもう警戒の必要もないな。そろそろこちらからも攻めさせてもらう」


ランダンの大剣が光を帯びた。


木陰を消すほど瞬くそれは……白金の雷。小規模なれど、彼の戦いの人生を照らした独自の魔法だ。かつて戦場を勝利で彩った光。今はただ一人の敵に向け、注がれる。


雷将の本気が解き放たれる。




メイガンは怒気に打たれ、数歩後ずさった。


「なあ、おい!!……俺たち、話し合いで解決しないか?」


「もう遅い。エドラは会談を一蹴した。後悔しろ!心優しき儂の娘は、エドラの者にも血を流させたくなかったのに……リリムの話を聞かず、ちゃんと交渉しないからこんなことになるのだ」


やけになったメイガンは奇声をあげ、切りかかった。迎え撃つランダンは剣を一振りする。彼の間合いはメイガンの予想よりもずっと広い。

剣本体はメイガンに触れずとも、魔力は剣風に乗り、光の刃となって敵を切り裂く。


老境まで練り上げた魔力、積み上げた戦いの記憶はメイガンを圧倒する魔法となった。


「これは長老の分!!」


奴の真横に走った雷は、肉を灼き骨を焦がした。


敵わないと知るや、メイガンは逃げをうつ。舐めた態度は恐怖で飛び、嘲笑を絶やさなかった口元からは悲鳴が溢れた。

ランダンは雷を纏わせたまま、剣を地に突き立てる。光は地面を伝って広範囲に奔り、メイガンの足を激痛で止めさせた。奴は転倒し膝を抱える。




「……これは儂からの怒り!そして、これは……」


ランダンは大きく剣を振った。下から切り上げる動作…しかし、雷撃はメイガンのいる方向を逸れて頭上へ昇った。



外した……?いや、違う。



数度、彼は掲げた剣で空に光を打ち上げた。

これは溜めだ。持てるだけの魔力を使った雷撃は、通常1回ずつしか放てない。だけど……


一時的になら上空の雲に雷撃を溜められる。そして、彼はあのエドラの雷撃を間近で2度見ていた。



リリムを汚い手で触った罰だ!!」



上空から白金の輝きが降りてきた。


"雷将"の真骨頂……束ねられた稲妻は、メイガンを撃ち貫く。



「私とレジオスの分はないんですか?」

「知るか、やりたきゃ立ち上がって自分たちでやれ」


メイガンへの恨みはギルエリもレジオスにも大いにある。身動きが取れない彼らはランダンに代理を頼んだが、あっけなく断られた。


「…じゃあリリムの分、あと2つ追加で」

「いいだろう」


「ここは定食屋か」






「……ふざける、な…!」



ばっと俺は前を見る。声の主は紛れもなくメイガンその人だった。


彼はまだ生きていた。足に雷撃を受け転倒した場所には黒焦げの曲刀が突き立てられている。直前で剣を避雷針にして躱したのだ。的が小さかったので惜しくも外れたか。

だが、彼ももう戦えないのは一目でわかる。ゆらりと立ってはいるが表情は引き攣って歪み、四肢の痺れからか震えが治らない。


「俺は聖泉に選ばれた一族の者!いにしえより伝わる神の一滴の伝承者…!ここで、くたばってなるものか……くそっ!悪いが去らせてもらう」




「逃がすか!!まだ俺の分が終わっていない」

「……お前は、嘘だろ!?」



声高く叫んだ男は赤髪の将軍……毒で瀕死だったはずのレジオスだった。


直す術がないと絶望していたが、俺の背後に立ち、流れるような動作で……自らの剣をメイガンに向け投擲した。


近くに寄れば水害を受ける。ゆえに遠距離からの攻撃となるが…直に斬れず物足りないのか、投げられた剣にはレジオスの怒りの炎撃が込められていた。



「ぎゃ……!!」



短い悲鳴を最後に、異郷の民は沈黙した。






「レジオス!?生きててよかったが、どうして動けるんだ?さっきまで本当に死にかけてたのに……」


「この方のおかげだ」




ひょっこりと彼は現れた。




レジオスの真紅の外套の裏から、顔を出す……

勇ましい戦士と真逆の、小さな白い老人。


メイガンに斬られたはずの長老が、元気そうに跳ね回っていた。





「……!」

「長老!!でも、どうして?」


俺は諸手を上げて生還を見せつける老爺を捕まえて、斬られた場所を確認した。相変わらず捕まるのが嫌いな長老は、暴れだすも非力すぎて俺の腕からは逃れられない。


血によって服は濡れているが、傷は塞がっている。斬撃だけでなく毒や麻痺の症状が出るはずなのに、長老は平気そうだ。



「長老殿は、本当に腕のいい治癒術士だということです」

「それは…どういう……?」

「……。…………!」


長老の話に合わせ、ギルエリが解説する。


「治癒とは、長年人の怪我や病気と接した経験が発現できる即効性の医療です。治癒術士を名乗る以上、外傷程度なら即死でもしない限り、何度も回復できます。そして、直せなかった毒の症状も、自ら体験してあらゆる解毒魔法を試したのでしょう」


魔法とは経験の具現……


かといって、未知の苦しみを自身に与えて克服するとは……なんという荒療治だ。けれど、おかげで最適の治癒術が発見され、レジオスは癒された。長老は次にギルエリの麻痺を解こうと、シェリーたちの方向へひょこひょこ歩く。



「でも、ギルエリは大丈夫なのか?」



毒を感じたということは、長老はルトワの人間。ギルエリはミラの民であると……先ほど判明した。その症例は経験できなかったのではないか?ならば、治療法も……


「……!!」

「長老はミラの民に親戚がいるみたいだぞ。多少の麻痺も経験したらしい」


ウェイスは長老の小声を通訳してくれた。少し時間がかかるが、必ず治すとのことだ。


ひとまず安心した俺たちは、これで本来の目的……砦の奪還に挑める。ランダンは装備をはめ直し、レジオスは自分の剣を回収し、次なる戦闘に備えた。


今はルネたちが、攻略を半分まで進めていた。将が2人も加われば、奪還は確実に成されるだろう。


「シェリーたちは長老のそばにいてギルエリをどうにかしろ……儂らもいい加減砦に向かわねば、ルネが待っておる。レジオス、行けるか?」


「はい!」


威勢のいい返事のまま、俺たちは前線へ走り出す。






森に残された4人は、ギルエリを中心にし、彼の回復と戦線復帰をなそうと作業を開始した。


「……!……。…………!」


復活した長老は元気たっぷりに指示を出す。それを聞いたギルエリは、珍しく本当に困った顔をした。


「え?私を脱がせて、全身を清めるんですか?」

「あの"水"が、肌に触れたかもしれないので」


気体となった"水"を浴びたギルエリは、レジオスと違い被害を受けた範囲が広い。長老は麻痺を解く前に、身体を丸洗いする必要があると判断し、シェリーは彼の着衣を解いていく。


「服のまま水をかければいいでしょう!?私は濡れてても気にしませんから!!」


「そういうわけには……」

「男の体だ。シェリーには刺激が強いから、俺がやろうか?」

「……だ、大丈夫です。ウェイスさんは護衛をお願いします」


言葉でシェリーの手に抵抗するも、麻痺して身動きの取れないギルエリになす術はなかった。


「やめてください!嫌です。やめて……あっ!」

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