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「ああ、お前に罪はない。罪は、ないのだ」

「やっぱり、そうだったのね!」


反応らしい反応といえば、ベラのその一言くらいで…あとの面子は口を閉じ、静まり返った。ギルエリは皆を驚かせようとしたのだろうが、レジオスとランダンはあまりの突拍子も無い発言で黙った。流石の2人も、雷撃が兵器によるものという発想はなかったのだろう。


クロワはもともと非常時に弱い性格なのか、声もなく固まっている。ギルエリは周囲の薄い反応につまらない様子だったが、驚く彼を見て溜飲を下げた。


「ベラさん……やっぱり、とはどういうことです?予想がついていたのですか」


ベラはギルエリに代わり、皆からの注目を浴びた。興奮して頬を赤く染め、はしゃいだ声で自分の戦果を報告する。


「今日の戦いで、敵方の術式盤に接続したのよ。術士長も知ってるでしょ?……内容はちょっとしか送れなかったけど、確かそんなことが書いてあったと思うわ。ファルムも見たでしょ」

「…ああ。確かに見たな」


いつからそんな事ができるようになったんだい!と、クロワがベラの才能に驚愕するなか……俺は銀白色の膜に映った文字を思い浮かべる。敵方術士の手元に流れていた情報…ベラが不可視にした魔力の糸は、奔放に伸び術式盤の網を進んで……最後に黒髪の男まで辿り着いた。



"例の攻撃はしないのか?"


"前回は我が軍も被害を受けた。今度こそ、ルトワ軍に当てろ!"


"あの兵器は今回使用しない"


"切り札……メイガンが動いている"



「メイガン……あの薄気味悪い、黒髪の男のことも書いてあったな」


「…メイガン?」


今度はランダンが大きな反応を見せた。俺は無意識のつぶやきに返事がくるとは思わず、少し対応が遅れた。


「なんだそれは、それが兵器の名か?」

「そんな事も知らんのかレジオス。"メイガン"はある地域出身の旅人を指す名前だ。ややこしいが、世界のどっかに"メイガン"の集落があって、そいつらが外に出るときは"メイガン"と名乗るらしい。儂も若い頃何人かに会った……まあ、偽名だろうな」


無知を貶されたと思ったレジオスはむっとしたが、幸いな事に喧嘩には至らなかった。




「でも、そんなことありえない……!!兵器…?あの雷撃は不死者が発現したものでなく、道具による攻撃だったと言うのですか!?」


驚く以外の感情を忘れたかのように、クロワはギルエリに問い掛けた。これまでの展開で、彼の寿命がいくら縮んだかわからない。


「私が先ほど質問したエドラの捕虜…大人しい方は普通の兵士でしたが、賑やかな方は貴族の籍を持っていました。エドラ上層部につてがあって、そこから話を聞いたみたいです。本人は実物を見たことはないそうですが……」


あれは、エドラの学者たちが開発した兵器だ。


最終的に捕虜は泣き喚いて情報を話した。それさえあれば、近隣諸国を従えられる。かつての栄光を取り戻せると、信じきっていたという。


「未練がましい奴らだ」


ランダンは宣戦の動機をそう評した。


先の大戦以前、エドラの発展は目覚ましいものがあった。それは隷属し、無償で働かされるミラの民の犠牲で成り立つ非道なもの……

敗北したかの国は、凋落の一途を辿っている。過去の栄光を忘れられない者たちが、この戦場をつくりあげた。


「…その捕虜は何処にいる?貴族の方からもっと情報を絞り出せないのか!?」

「行っても無駄ですよレジオス。残念ながら、向こうにあるのは抜け殻です。彼の魂は、思ったより随分と脆かった。きっと、今まで幸福な日々を生きてきたんでしょう」


「なんだよ、拷問したってのか?」


そんなつもりはなかったんですけどねぇ…と、ギルエリはとぼけた。


一瞬だけ立ち上がったレジオスは再び椅子に沈み、憮然とした表情に戻った。


「しかし、そんなことが可能なのか?兵器を使って撃ったとしても…燃料の魔力は不死者のものだ。雷を構成するためには膨大な魔力が必須。転移の門にしろ…不死者の関与なくしては実現できない」


「兵器、だとしてもそんな精度もないんじゃないか?ランダンたちを襲った雷撃は味方兵士も攻撃してたんだろ?どこ狙ってんだって感じ……」


じゃあ、村を襲った雷撃も兵器によるものなのか。

ずっと、あんな何もない村を滅ぼす理由がわからなかったが……兵器の誤射だとでもいうのか?

疑問は疑問を呼ぶ。だって俺たちは、今まで……


「…あの雷撃は戦闘狂な不死者の仕業だと思っていた。無差別に攻撃して、戦いを楽しんでいるように見えたからな。俺のなかの"道化師"は、そんな不死者がこの世にいるとも言っていた……あいつも、その"黒騎士"に肉体を壊されて…俺に入るしかなかった」


エドラの不死者は誰なのか。

なぜ本人は出ずに、転移の門や兵器を使ってエドラを助けるのか……


皆の思考はそこで止まった。


「……ファルム君。道化師と代わっていただけませんか?不死者からの意見を聞きたいんです。エドラに協力し、技術と知識を与えるような人物は誰です?心当たりはありませんか」

「それが…さっきから道化師に出てこいと許可をやっても、返事がないんだ」


いつもなら、勝手にセリカの身体を使って出てくる彼。都合のいいときに出したりしまったり、扱いがぞんざいだと嘆かれたこともあった。しかし、今ばかりは彼の助言が必要なのに、俺のなかのもうひとりの魂は応えてくれない。

まだ、昼間の魔法が尾を引いているのか。


「……いい」


「え?」

「ラムダディーン殿?」


ランダンは鋭い眼光を俺に向け、不死者との会話を拒否した。


「出さんでいい……いや、出すな」


この場にいる全員が、レジオスさえもが目を見張って英雄の言動を注視した。

道化師が起きていれば、いい情報をくれるかもしれない。それは、次の戦略にも役立つだろうに。


ランダンはおもむろに立ち上がり、外套を翻して去ろうとした。


「雷将殿、どちらへ?」


「……わからんことをいつまでも考える気はない。軍議は終わりだ。十分な収穫はあった。明日からはミラサルムの砦を攻めるぞ。砦を落とし、あのばばあとも合流しミラサルムも軍を出せと求める……昔は頼まずとも特攻するような連中の集まりだったが、今まで動かぬとはとんだ腑抜けに変えられたか」


なおも言い募るクロワを一蹴し、明日は早い。支度をしておけと言い捨て…ランダンは天幕から離れた。





俺はランダンを追った。彼の様子は、どこかおかしかった。目の前に有力な情報源がいるのに、まるで関わるのも嫌だというような態度だった。



天幕の外は多数の兵士がうろうろしていて、身動きもとりづらいほどだ。目立つはずの白金の髪も見当たらない。それでも俺は諦めずに探した。不調なら早めに言ってくれた方がいい。英雄とはいえランダンはもう、いい歳なのだ。



夜営の支度に係る兵士の合間を縫い、陣の奥にある補給隊の天幕も過ぎて……

俺は岩場の影に、小さな火を見つけた。


少し近づいただけで、より明るく感じる。


その見慣れた髪色も、銀の大剣も…振り向いて俺を見る青か灰かもわからぬ瞳も、ずっと俺を導いてくれた。



ランダン……老いた英雄。俺の大恩人。



ここには俺たちしかいないし、村の時のように馬鹿なことも話せる。そう思って、彼と共に焚き火を囲った。


「なあ、どうしたんだ?ギルエリの話を聞いてから、突然覇気がなくなったというか…」

「ファルムか……」


来ると思っていた。ランダンは感情のない声で、小さく言った。じっと炎を見つめ、思い詰めたように呟く。彼の気持ちが分かればと、俺は同じ紅蓮を目に映した。


「いつか……不死者を見たと言っていたな。去年のことになるが、夏の終わりにお前はそう言った。もう一度、詳しく聞かせろ」

「?ああ、いいぜ」


「お前が今日見た"メイガン"。そいつは黒髪だったんだろう?お前が慰霊祭の夜に見た不死者ではないのか?」


急に何を聞くかと思えば、不死者の話か。それなら、さっき聞けばいいだろうに…

そろそろ道化師だって起きてもおかしくないはずだ。ここでわかった情報をレジオスたちに話すのは二度手間じゃないかと思いつつ、俺は答えた。





「違うな」



ぱちん。小枝が大きく音をたて爆ぜた。



「黒髪なのは同じだったけど、全然違う……メイガンは紫色の目をしてた。治癒の効かない攻撃はするし、なにより凶悪な面相だった」


顔を見たベラが、思わず接続を切るくらいに邪悪な笑みだった。対する慰霊祭の夜に見た不死者は……


「俺が見た男は、髪と同じ漆黒の目を持ってた。まだ若い、優男の外見なのに……深い、底知れない存在だと感じたんだ」


ランダンは静かに息を飲んだ。


彼の態度も言動も、何一つわからないのに…俺はどうしてとは聞けなかった。有無を言わさぬ静謐な思いに圧され、彼の望むまま言葉を進める。


「……その人は、1人だったか?」

「…いいや、仲間がいた」


その仲間は、黒髪の男に本を渡していた。不死者が書いたという古い本。彼とは図書館で言葉を交わしたからか、よく覚えている。俺と同じくらいの、茶髪の癖っ毛で…人懐こく笑う少年。



「……!」




ゆらゆら、炎は揺れる。


妖しい動きは俺を誘っているかのようだった。

幻惑された意識に、ランダンの低い声が反響する。




「儂はな……全て思い出したんだ 」




瞼が重くなり……俺は目を閉じた。

心を惑わせる熱と光から、一瞬だけ距離をとる。



「…………儂とアルナは…」









意識の海に言葉が降りてくる。



「ああ、お前に罪はない。罪は、ないのだ」



俺は強く瞬きをした。

話の途中で寝るなんてありえない。慌てて、ごめん、ぼおっとして…と言い訳する。真面目にしろと怒鳴られるかと思ったが、怒声は飛んでこなかった。



ランダンは目を覆っていた。



そこから微動だにしない。長年いっしょに暮らしてきたが、こんなに弱った彼は見たことがない。

何かに酷く打ちのめされたような……途方もない悲哀を背負った姿だった。


「ラン…ダン…?やっぱりどこか悪いのか!?調子が悪いなら戦わなくていい!!王都に帰って休んでくれよ」


必死の訴えにも、彼は力なく首を振る。俺を見守る瞳は憂いに満ちていた。


「どうやら、儂の戦いはこれで最後のようだ」

「そんな弱気なこと…!」


「… なあ、ファルム」


ランダンは厳かに告げる。俺を何度も教え、諭した響きが辺りを包む。


「…儂は、確かに家族と離れたくはなかった。だがな……お前に会えて、本当によかったと思っている。セリカとアルナもそうだ。みな、見所あるいい若者に育った。だから、ファルムよ。この先どんなことがあっても、決して自分を見失うな。弱いお前では難しいかも知らんが、儂の言うことを信じて覚えておけ」


「なんだよ?どういう種類の説教なんだ、それ」



「ファルム……おまえという存在はこの世におまえだけだ。何があっても揺らぐことのない、唯一無二の心を持て」



そんなことを言うランダンの意図はわからない。



ただ、彼の言葉は……胸の奥深くまで沁みていった。


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