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「あの日、"十二年前の大火"」

 詠唱から、何の魔法が発現するのかは予想できない。でも、それでいいのだ。経験が魔法となるのなら、元となった光景は、本人じゃないとわからない。


 見守っているうちに、ランダンの剣先から光が爆ぜた。それは雷……どんどん大きくなっていく。

 目を凝らさないと見えなかった魔法は、剣の上で丸く形作り、彼の魔力を吸って膨張し続けている。


「どうだこれ? しかしこの庭、最大まで広げるのに手狭だな」

「すごい……すごいです!! でもなんで? 雷撃は一番再現が難しいのに……! ランダンさんは雷に打たれたことでもあるんですか?」

「えっ、いや……そうだったか? 儂は……」


 当人が、具体的にどんな経験を踏んできたか。回想に思いを馳せる間も、光球は増幅していく。


「おい……ちょっと大きすぎやしないか?」

「うおお! これはまずい。止めるにはどうすればいいのだ!?」

「お、おちついてください! 魔力の供給を止めるんです!」

「こ、こうか?」


 ランダンは大まかなコツをつかんだらしい、雷撃は勢いを失い、一筋の光を残して消滅した。


「よかったあ。たぶん、ランダンさんは近くで雷を見た経験があるんですね…このようにして魔法は、経験した現象を発現できるんですが、使うときには自分の歳、魔力の量をしっかり把握しておくことが大切です。あと、雷に打たれたことがあるか、なんて聞いてすいません。べつに、そこまでしないと使えない、なんてことはないので……」


「どういうことなんだ、シェリー? だって、"経験したこと"しか魔法にできないんだろ? じゃあ雷に打たれたことがあるんだ、ランダンは」

「あの、それも説明できるんです」

「俺、結構前に学校出たけど、そんなこと習った覚えはないな……」


 俺は村の学校で魔法の授業をやろうものなら、理由をつけて早退していた。知らなかったのは、聞いてなかったためか。


「人は肉体と魂、そして魔力の三要素から成ります。どれも生を受けた瞬間に発生し、それぞれ成長していくものです」


 大事なことですから、よく覚えておいてくださいと、シェリーは言った。これが、この世界での魔法の基礎となる。


「このうち魔力は、肉体と魂を循環しています。両方を行き来して、それぞれに蓄えられた経験に触れ、反応を起こすんです」


「すると……どうなんだ?」


「身に受けたものでなく、心に深く刻まれた出来事でも魔法にできます。こればかりは個人差があります。たとえば、さっきの私の魔法。火打石で何度も火花を出しても、魔法にできない人もいますし、自分のじゃなく、誰かが火花を出しているのを見ただけで、魔法にできる人もいます」


「ほお、そうか。なら他にも新しい魔法ができるやもしれんな」


「どんな魔法ですか? 私も手伝います!」



 二人が、新たな魔法を考案しているのを見ながら、俺はこっそり集中し始めた。ここまでの解説を聞いて、ある思いが湧いたのだ。


 今までの俺は、漠然と魔法を使っては暴発させていた。もしかしてこれは、曖昧な経験が、大量の魔力と合わさって、大げさな反応を生み出したのかもしれない。だから、もっと鮮明な出来事を使えば成功に近づくはずだ。


 マッチを擦って、火を点けるところを回想する。そんな経験は何度もある。もちろん魔力も足りている。条件は整った。あとは実行に移すだけ。



 火。暖かな火。



 でも……あれも、火だった。俺たち家族が、まだ街に住んでいたころの、よく晴れた休日の思い出。



 自然に囲まれた村とは違って、明るい色彩の多かった街。レンガ造りの建物が並び、石で舗装された道は、土よりも日差しを跳ね返して白く、眩しく写った。


 仕事が休みだった父は、俺たちを連れて、街で買い物をしていた。俺は母と手を繋ぎ、セリカは父と並んで、みんなに見守られながらゆっくりと歩いていた。父の腕では、白い産着で包まれたアルナの姿がある。こちらはぐずらず、すやすやと眠っていた。


 不意にセリカが、つまづいて転びかけた。アルナを抱えていた父はすぐには動けなかった。

近くにいた俺は母の手を離して、妹を支える。


「ありがと、おにいちゃん」セリカは舌足らずに笑った。


「よくやったじゃないかファルム」と、父に褒められた。


 俺はそこで、後ろにいるはずの、母の姿がないのに気づいた。父もあたりを見渡し、はぐれたのかな、と呟いた。

 元来た道を戻って、母を探そうとした。見失ってすぐだったから、俺たちのそばにいるはずだと思ったのだ。


「さがしにいってくる!」


 それが、父とした最後の会話だった。



 やっと見つけた母の前には男がいた。


 この国には珍しい黒髪黒目。まだ若く、青年と呼べるくらいの外見だ。街の広場にいくつかある、喫茶店の野外席。そこに座っていた男が、どこを見ていたかまではわからない。



 男が立ち上がり、手を上げた瞬間……母の姿は、炎に包まれた。




「……あの日、"十二年前の大火"」


 無意識に呟いた言葉は、詠唱となった。

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