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「くそっ!話の通じん輩め!」

光の勢いが弱まり、俺はやっと目を開けることができた。

状況を確認する前に倒れるようにして地面にへたり込む。とても、立って動ける状態ではなかった。


転移の魔法はとてつもない疲労感を俺に与えた。まるで、長距離を全速力で疾走してきたかのように、心臓が大音量で鼓動を刻んでいる。

行軍途中に、ギルエリに好奇心から転移の術について問いかけたことがあった。移動を面倒に感じた俺が提案した考えだったが…こんな気分になるくらいなら、いくらでも俺は歩こう。




息を整えつつ、改めて辺りを確認する。


目の前の景色は、さっきまで俺が見ていたものとまったく異なっている。野営していた場所は乾燥地帯。ろくに人も住まないような、農耕にも放牧にも向かない不便な場所だ。しかし今、俺は乾いた砂ではなく、生い茂る草の上に立っている。明らかに違う場所だ。辺りには野木が間隔をあけて枝を伸ばしている。


「…成功、したんだよな?」


俺の問いに答えてくれる声はない。

そばにいてくれるはずのシェリーの姿がなく、夜の闇に俺1人が佇んでいる。


草木の隙間からぼおっと松明の灯りが見えた。あれが、館長の目指したミラサルムの砦だろうか。

俺には正解はわからない。術の出来を確認できるシェリーは、影も形もないのだから。


彼女だけ別の場所に飛ばされたのだろうか。これはまずい。

もし、ベラを奪い返しても術式が書けなければ帰れない。はぐれたのなら見つけないといけない。この夜が開けたら、俺たちはエドラと戦わなければならないのだ。


あの帯のように展開する転移の術式、俺にはとても理解できないし書けない。先に発現させた術士エルガーなら確実に術式を書けるだろうが、ルトワから逃げ出したい彼が帰り道を書いてくれるわけがない。

やはり、どうにかして説得するしかないのか。だが、もう…彼は正気とは思えない。



俺は篝火に向けて走った。何にせよ、誰か探して場所を聞こう。

向かう先の建物がミラサルムの砦なら館長とベラがいるはずだ。本格的に旅立たれる前に、彼らを止めないと…



ミラサルムは味方国だ。ミラの民はまだ援軍を出し、ルトワと共同戦線を張るという声明を出していない。しかし、彼らは味方だとルトワの兵士はみんな思っている。


俺は砦に近づいた。はぐれたシェリーも、あの光を頼りに向かっているかもしれない。



そう思った矢先、野太い声が響いた。



「誰だ、おまえたち。ここは我らエドラ軍の砦だ。我々の許可なく通過することはできない」


木の影から様子を伺うと、門の前に屈強な兵士が武器を構えつつ、誰かの相手をしていた。

高圧的な物言いの兵士。彼が身につけているのは、黒い軍章と蒼黒の甲冑……エドラ兵士の鎧だった。



どういうことだ?なぜ、エドラの兵がミラサルムの砦を守っている?彼らは敵同士のはずだ。

しかも、門前でエドラの兵と押し問答をしているのは、俺が探し求めている人物だった。



「私たちは…旅人です。ここはミラサルムの砦ではなかったのですか?」


「かつてここはそんな名前で呼ばれていたが、もう過去の話だ。この地はエドラの尊き豊穣の大地…ミラサルムなどと汚らわしい名前で呼ぶな!そんな国などもうない。既にエドラに降伏し、併合を受け入れたのだから」


兵に入場を求めているのは術士エルガーとベラだった。彼はベラの手首を固く握り締め、逃げ出さないように目を光らせていた。ベラは声もなく怯えて、抵抗する気力もないように感じた。


彼らはもう、親子でもなんでもない。今のベラはエルガーに服従する奴隷のようだった。ここで逃せば、彼女はずっと悲惨な扱いを受けることになる。



俺は彼らに見つからないように、木の陰で息を潜めていた。

兵士の言葉で、シェリーの術式は正しかったのだとわかった。確かに、ここはミラサルムの砦だ。だが、エルガーも予想外のことに、砦は既にエドラの手に落ちていた。図らずも、敵国に亡命する形となったのだ。


門前のやりとりは中にいた兵士を数人集めた。黒き兵士の数が増えていく。まずい状況だ。


もし、彼らが亡命の許可を得て、砦のなかに入ってしまえばベラの奪還は困難になる。


しかし、新たに増えた兵士は、エルガーの持つ古びた杖に気を留めた。


「おまえたち、その杖はルトワの…術士が使うものだ。まさか、ルトワの手先ではないのか?」

「とんでもない!私たちはそこから逃げてきたのです。どうか亡命を受け入れてください!私と、この妻はルトワに追われているのです」


弁解するエルガーに耳を貸さず、エドラ兵は2人に武器を構えて迫る。彼らはルトワの人民に対して、無条件に敵意を抱くらしい。


「ふざけるな!この地は尊きエドラの国土、この砦も…傲慢なルトワを滅ぼすためにあるのだ。忌々しいルトワ人がこの地を踏むことを、エドラ王は決して許さない!捕らえろ!」



「くそっ!話の通じん輩め!」


そう悪態をつき、彼は煙幕の魔法でその場を逃れようとした。




エルガーは魔法でエドラ兵たちを牽制しつつ、逃走を図った。その手はベラを掴んで離さない。今だけはそれが幸いした。ここで放り出されでもしたら、ベラの命はない。


たった2人の男女に対し、10人程度の兵が追う。俺はそっと後を追って走った。いざとなれば、ベラの盾になるつもりだった。




「"虚な土蔵"」


エルガーが杖で地面を指し示した。そこに触れた兵士は地面に腰まで引き込まれて動けず、後から来た味方に踏まれていく。


彼は善戦していた。


若いエドラ兵より魔力は勝っている。3人は魔法で撃破した。しかし、嫌がるベラを連れての攻撃は、機動性に欠ける。


兵たちはじりじりと距離を詰める。接近戦になればエルガーに勝ち目はない。杖から放たれる魔撃を掻い潜り、残りの兵士がベラに迫った。


俺はもう我慢ならず、近くで倒れている兵の剣を拾って、少女へと伸ばされた刃を受ける。



「不死者よ!ここまで追ってきたのか!」


「ファルム!!」



エルガーの驚愕に構わず、俺は走れと声をかける。

今はエドラ兵をどうにかするのが先決だ。


俺は兵士からの斬撃をいなした。激しい撃ち合いに双方の剣が火花を散らす。


俺と切り結んだ者は、この外見から想像つかないほどの押しの強さにまずは戸惑う。しかし、これは魔法で威力を嵩増ししているから。驚いたところを仕留めるのが、俺のやり方だ。


右手に切りつけ、怯んだところを逆袈裟に切り上げ、敵は地に伏した。兵士の数はもう僅かだ。

余裕が出たので怪我はないかと2人を向くと、俺の顔を氷撃が掠めた。


エルガーからの攻撃だ。


「来るな!ベロニカは私の愛しい女だ!もう二度と不死者には渡さぬ」


「っ!エルガー!頼むから俺とベラの話を聞いてくれ、正気に戻ってくれよ!」


もはや、彼の暴走はいかなる説得も受け付けない。ベラへの執念とともに、不死者もいまだ敵と見なし、俺に魔撃を当てようと集中している。


「いやっ、離してよ!」



新たな敵に対している隙に、ベラがエルガーの手から逃れた。


「ファルム!!」


そのまま、唯一の味方の…俺のもとへ走る。

ここに来ればやっと助かる、救われると信じて。


しかし、向かう方向には俺だけじゃなく、エドラ兵が待ち構えていた。


「死ね!傲慢なルトワ人め!!」




「ベラ!」

「ベロニカ!!」



俺は間に合わなかった。



剣も届かず、魔法も思いつかなかった。


だが、エルガーは違った。ベラの前に身を踊らせ、敵の刃を代わりに受けたのだ。老紳士の腹に銀色が突き刺さる。


予想とは違う的に攻撃を当てることになったが、ルトワの敵を討ったのに変わりはない。兵士は薄く笑った。


そして、兵士はエルガーの、剣のように突き出された杖に、わずかに触れた。

その瞬間、斬撃よりも激しい衝撃を受けて、後ろへ飛んだ。エルガーは何らかの術を杖に込めていたようだ。


敵はこれで倒れたが……乱暴に剣が引き抜かれ、エルガーの傷口がさらに広がった。



俺は残る1人を数合打ち合って切り伏せ、彼へと駆け寄った。


夥しい出血。腹から溢れるのはどこかの臓物か…

俺は治癒が使えない。ベラも同様に、呆然とエルガーを見下ろすことしかできなかった。

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