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「……こちらこそ、すいません……あの、大丈夫ですか?」

 疲れ切った体を引きずり、俺は家に着いた。今日は家の門前にアルナの影はなく、小言つきの出迎えとならなかった。拍子抜けした俺がドアを開けた途端、セリカが駆け寄ってくる。


 いつもおっとりしている彼女と違って、ひどく慌てている。下ろしていた長い茶髪は乱れたまま、セリカの動作に合わせ、おろおろと揺れる。


「兄さん! アルナが……アルナがまだ帰らないの。心配だわ……ねえ、様子を見に行かない?」

「アルナが? まだ村の学校にいるんだろう。待ってれば、そのうち帰ってくるさ」


 意図したつもりはないが、声だけでセリカは俺の疲労を察したらしい。目を伏せて、そうよね、兄さんは疲れているものねと、ひとりで納得し……身支度を整え始めた。アルナを迎えに行くつもりなのだ。


「でも、あの子がこんな時間まで帰ってこないなんて珍しいから……兄さんは休んでて、私が行ってくるから」

「わかったよ。セリカ一人を行かせるわけにいかない。俺が行くから、セリカはここで待っててくれ。すぐにアルナを連れてくる」

「うん……気をつけて」


 林を抜け、農作地の隣を通過し、峠を登った先に学び舎がある。その道のりも気をつけて歩いたが、アルナの姿はなかった。

 あいつのことだから、帰り道で道草を食っている、とは思っていない。十中八九、学校にいる。遅くなるつもりなら朝にセリカに言付ければいいものを。


 村の学校では最低限の知識を教えられる。読み書きや算術、魔法の初歩の初歩など。俺とセリカも、十二歳までそこへ通っていた。三人で並んで通学したころが懐かしい。

 俺も最初の頃は楽しく学んでいた。魔法の授業が始まるまでは……



 母校が見えてきたが、極力長居はしたくないと思った。先生に会えば、俺のことを覚えていて、今の仕事や家族について詳しく聞いてくる。

 俺はそれらの質問に、普通の回答ができないし、何より……魔法の授業で校舎を吹き飛ばしかけたことを蒸し返したくない。


 急に竜巻が起こったんだと、先生は説明していた。


 恐ろしい自然現象のひとつで、すぐ逃げなければならない災害だと。まさか、それがまだ十歳の俺が起こしたものだと、夢にも思うまい。

 怖くなった俺はランダンに秘密を打ち明け、妹たちにも説明し、人前で魔法を使わないと決めた。




 校門が視界に入ってすぐ、アルナを見つけた。女の先生と話し込んでいる。

 進学の手続きのことで話し合っているのかも知れない。または、街での寮生活の準備について助言をもらっているのかも。


 アルナのように、優秀と認められた生徒は、学校の方から推薦をもらえる。まもなく通うことになる街の学院は、魔法を学ぶ機関としてはこの国随一の場所だ。

 ここで優秀な成績を修めれば、術士としてどこへ行っても高給で仕官できる。


 先生も知っている顔だ。俺も世話になった。挨拶くらいしようと二人に近づくと会話が聞こえてきた。


「……でも、本当にいいの? あれだけがんばっていたのに進学を諦めるなんて」


 知らず、歩みが止まった。先生が信じられないことを呟く。

 アルナが、進学を諦める? ……そんなはずはない、しかし、先生と話している生徒はアルナだけで、進学しないという衝撃の言葉は、間違いなく彼女に向け、発せられている。


「はい、いいんです。わたしも、お兄ちゃんの……家族のために働きに出るつもりです」

「家計を助けたいという気持ちはわかるわ。でもそれは学院に入る機会を、永遠に逃すことなの。家族のためを考えて進学を諦めても、いつか絶対後悔するわ。学費が大変なら言って、学院には救済措置もあるから……」

「先生、でも……わたしは!」

「いいわねアルナ。今から家に帰って、セリカちゃんやファルム君に、このことを伝えなさい。みんな私と同じことを言うはずよ……ねえ、もう一度考え直して?」


 先生との会話が一段落し、アルナが帰る兆しを見せ始めた頃、俺は慌てて走った。学校から一歩でも遠く、来た道を駆けた。




 セリカもアルナも、俺が守るべき大切な家族だ。親を失ってから、兄妹だけで力を合わせ、必死で生きてきた。でも、ずっとそうしないといけない訳じゃない。アルナだけは、自由に未来を決めて欲しい。


 末妹の選択について深く考えていたため、俺は前方の人影に気がつかなかった。


 少女に、正面からぶつかったのだ。少女は小さく悲鳴を上げて、よろめいた。

 歳はアルナと同じくらいか、でも彼女よりは背の高く、それでも大人しそうな印象の子だ。光の加減もあるだろうが、森の奥にある木の幹のような、黒にも見える濃い茶色の髪を持っていた。


「! あっ、ごめん」


「……こちらこそ、すいません……あの、大丈夫ですか?」


 ぶつかったのはこっちの方なのだが、心情を反映した酷い顔をしているのだろう、少女はこちらを心配そうに見つめる。


「いいんだ。俺は大丈夫だから、君も帰る途中だろう? 引き止めてすまない」


「あれっ、お兄ちゃん? どうしたのこんなところで! それに、シェリーも」


 アルナが俺たちに気付き、声をかけた。不意のそれに、俺は思わず肩を跳ねさせたが、アルナには視認されなかったようだ。

 あの会話を聞いた後だと、いつものように面と向かって話すのは難しい。どくどく、心拍数が上がる。


「……どうしたのって、それは……アルナの帰りが遅いから、セリカが心配してたんだよ!」

「アルナちゃん、この人が……お兄ちゃんなの?」

「うん、そうなの。これがいつも話している、出来の悪い兄よ」


 相変わらず俺に対して暴言を吐くアルナ。俺は黙って、二人に顔を見られないよう、前を歩く。


「その言い方は良くないよ……お兄さんは心配して迎えに来てくれたんだよ?」

「いいのよ。どうせ、わたしが帰らないと夕飯にならないからよ」

「アルナちゃん……」


 しばらく無言で歩いた後、私の家はこっちなので、とシェリーは律儀に俺に対してお辞儀をし、去って行った。俺たちは何も、言葉を交わさず歩いた。

 家に近づくたびに、アルナの表情が曇り、視線が足元へ下がっていくのを感じた。家に着けば、例の話を切り出すつもりなのだ。


「おかえりなさい! アルナ、今日は遅かったわね、学校で何かあったの?」

「……ううん、なんでもない! いいから、早くご飯にしよ!」


 まだ何も知らない、セリカの笑顔がまぶしい。

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