「……ならば、教えてやろう。君には酷なことだが、真実を」
顔に光を感じる。目を開けずとも、朝が来たとわかった。
ろくに眠れなかった俺は、一晩中いろいろと考えていた。
大火は事故だと聞いていた。油売りがいるところに、何の間違いか火が紛れ込み、街に広がったと。
だが、俺の記憶では、あの黒髪の男が炎を出し、母を、街を燃やしたように見えた。去年の春、シェリーに傷を負わせたときから、あのときの記憶は鮮明になりつつある。大火の再現ができることで、元となる思い出が存在感を増したということか。
歳をとらないあの男は、やはり不死者か? でも、なんで街を燃やすようなことを…?
無い知恵を絞って考えた結果、何もわからなかった。無から有は生まれない。
俺は覚醒していたが、起きる時間になっても妹たちの前に立つ気になれなかった。妹たちも起きだしたようで、彼女たちの声、身動ぎ、衣擦れの音が聞こえた。俺はまだ寝ていると思われているようだ。
姉妹の会話が聞こえる。アルナの学院でのこと、セリカの村についての近況…くすくすと笑いあう二人。
いい加減俺も起きなければ。アルナは、今日学院へ戻るのだ。俺にだって話したいことがある。そっと毛布を除け、二人のいるところへ顔を出す。
「……アルナ。昨日、慰霊祭でベラを見た?」
「そういえば見かけなかったわ」
姉妹の話題は尽きることなく、今度はベラの話をしていた。
「ベラが、どうかしたのか?」
俺が口を挟むと、セリカは兄さんに聞くのが一番ね、とひとりで納得していた。
「お兄ちゃん、昨日ベラといっしょだったんでしょう? 慰霊祭に行くって言ってなかった?」
「いいや? 慰霊祭まで俺たちの予定に合わせる必要はないだろ。ベラの事だから、朝までぐっすり寝てるんじゃないか? あれくらいの音で起きたりもしないだろうし」
俺の答えは妹たちの予想と違っていたらしい。姉妹は不思議そうに顔を見合わせた。
「そうじゃないわ。お兄ちゃん、まさか知らないの?」
「何をだ?」
「ベラの両親も大火で亡くなってるの」
その事実を妹たちに語った時、彼女は自分の両親の死も、世間話をするかのように明るく話したという。
ベラの事情について、俺は何も知らなかった。一言も大火のことを話してこなかったのだ。次に村へ来たとき聞いてみようと保留にして、俺たちは静かな食堂で朝食をいただいた。
それから、すぐにアルナが学院へ戻る時間になった。
「また、しばらく会えなくなるのね……」
「うん。行ってくる!」
アルナはシェリーの後を追って、学院へと戻る。休みはまだあるが、授業のために準備をしたいそうだ。俺たちとの時間も、長いようで一瞬だった。
「大丈夫よお姉ちゃん。学院にはシェリーも、友達もいっぱいいるわ。それでも、さみしくないなんて言えないけど……お姉ちゃんにお兄ちゃんのお世話は任せたから! お兄ちゃんも、あんまり狩りで無茶しないでね!」
昨夜のことはシェリーとアルナに聞けば、知恵を貸してくれるかもしれない。だけど……辛い大火の出来事を聞いたばかりのアルナに、余計な心配をさせたくなかった。俺もまだ混乱していたから、もう少し余裕ができたら、話そうと決めた。
「まったく、アルナは俺に厳しいな……今度帰って来る時には、大物を狩ってやるから期待して待ってろよ」
「兄さんも私もアルナを応援してるわ。学院で、必要な物があればすぐに言ってね。勉強が大変でも、無理しちゃダメよ?」
ありがとう、と潤ませた目を隠し、前を見て、進み出すアルナ。
荷物を抱えた末妹は、朝の市場の人混みに消えていった。
「それじゃ、私たちも帰り支度をしなくちゃ」
「ああ、そうだな。今度はそんな長くかからないはずだ」
宿屋の自室に戻ろうとするセリカ。その後に続こうとしたが、誰かが背後から俺の腕を引いた。
「……ごめん、ファルム。ちょっといい?」
もう見慣れた鳶色の髪、そばかすのある明るい顔。さっき噂をしていたベラ本人が、俺の背後に立っていた。
「なんだ? ベラ? どうしたんだ、おーい! セリカ待ってくれ、ベラが……」
「セリカには言わないで!今すぐ私と一緒に図書館に来て!!」
「……ああ、わかった」
それはあまりに切羽詰った声。いつも陽気なベラが、真剣な表情で共に来てくれと訴える。
図書館で何かあったのか? 俺たちが不死者について嗅ぎ回っていることを、あの館長に知られて、怒りをぶつけられたのか?
「兄さん私を呼んだ? 今、誰かいたの?」
宿屋に入ったセリカが戸口まで戻る。ベラは素早く見えないところに隠れた。
彼女からの、俺にすがるような強い視線は変わらず感じる。
「ああ、いや……ベラには世話になったから、やっぱり挨拶してこようかと」
「でも、また村で会うから行かないって……」
「悪い! すぐ戻るから!」
少々強引な理由であったが、セリカに有無を言わさず宿屋の扉を閉め、ベラを連れて走り出した。
図書館へ向かう道中もべラに何度も理由を聞いたが、彼女は泣きそうな顔で首を振り、答えなかった。図書館の高い塔が見え、最初に来たときと同じ裏口に案内される。館長室に連れて行くのか、それにしても一歩進むごとにベラの、俺の腕を握る力が強くなっている気がする。
再び古めかしい建物を進み、館長室の前に立つ。昨日訪れた時のように、ノックなしで突入する。
「館長! 約束通りファルムを連れてきました!! でも、私の話も聞いてください!」
「話を聞くのはベラの方だろ! だからさっきから俺に何の用が…!?」
「ファルムは、絶対にそんなことしません! 私の命の恩人なんです、誓って言えます。だから……!」
「ベラ!!」
館長が剣呑な空気を漂わせ言った。
「君の話はもう十分だ! さぁ、出たまえ。どうせその様子だと、彼に何も話さず連れてきたんだろう? こちらから彼に聞いておく。ベラは外で待っていなさい」
「でも、館長っ! ……わかりました」
ベラは館長の気迫に押されて、俺の弁明を諦め、部屋から出て行った。館長室には俺と館長の二人きり。
彼は昨日と同じく窓の前に立っていたが、後ろ手で厚手のカーテンを閉め、俺を視線で射すくめた。窓からの光が失われただけで、部屋はより暗く、重く感じる。
「俺に何か言いたいことでもあるのか!? もう家族と村へ戻らないといけないんだ! 馬車の時間まで…」
「あの本が盗まれた」
「はっ? ……えっ、あの本って不死者のか?」
ベラの手違いで借りた、不死者が書いたという本。それがあったから、昨日俺たちは彼に話を聞くためにやってきた。あいにくその期待は裏切られたが、よりにもよって盗まれただと?
こんな状況じゃ、これではまるで……
「俺が盗んだと思っているのか!?」
ぎらつく鋭い視線は、肯定を示している。館長は俺を犯人と疑って、ベラに連れてこさせたのか。
「ちょっと待ってくれ! 俺は一回あの本を借りてたんだぞ? 欲しかったんなら、普通に返したりしない!」
「どうだかな、私とベラからの情報だけでも、あの本が特別なものだと容易にわかる。価値のあるものだと知って、昨夜のうちに忍び込んだんじゃないのか?いずれにせよ、あの本の存在は、職員と君周辺の人間しか知らないはずだ」
「盗まれたのは昨夜だったんだな? 昨夜は俺と家族は慰霊祭に参加していた!俺の潔白はみんなが証明してくれる……」
「ああ、私が帰宅するまでは、確かにここにあった」
そうだ、慰霊祭だ。あの時、黒髪の男に少年が渡していたものは、あの本だった。
俺はあの本の存在を、見ず知らずの他人に教えてしまった。全ての始まりはあの少年だ。
「たぶん……本が盗まれたのは俺のせいだ」
俺は館長に、昨日会った少年のことを語った。
あの本のことを伝えた瞬間、態度が急変したこと。慰霊祭の夜に見かけたこと。そして、彼の仲間と思われる人物が……大火の日、炎越しに見た人影と同じ姿だったことも。
母を、父を……大火に巻き込んだのは、きっと……
「あいつは昨日まで、ここであの本を探していたんだ。きっと黒髪の男に渡すために。人々の目が慰霊祭に向いていることを知って、夜に忍び込んだんだ。最初からそれが目的で……」
「……黒髪の、男……あの本。そうか、来ていたのか"不死者"よ……!」
館長は腹立たしげに、整えられた髪を掻き毟った。悔しがり、机に拳を打ちつける。
痛みを気にする事なく、何度も何度も。
「不死者…? やはりあいつはそうなのか!? なあ、館長は何か知ってるんだろ? 教えてくれよ、不死者ってなんなんだ。どうして彼らが生まれたんだ?」
「君もか……君も、不死者に愛する者を奪われたのか……ならば、教えてやろう。君には酷なことだが、真実を」
薄暗い部屋の中、館長は幽鬼の形相で告げる。
「あの大火は、不死者が起こしたものだ」
二の句が告げない俺に、館長は追い打ちをかけるように、言葉を放つ。
「油の行商人の存在と、露店での火の不始末が原因と言われているが、当日、あの場所にそんな物はなかった。火種なら、人々が魔法で簡単に出せる。だが、あんな威力を保ち、広範囲を焼き尽くす燃料などどこにもない……あれは不死者同士の戦闘だったのだ」
「不死者が、あの時ふたりも……? そんな……それだってあんたの勝手な考えじゃないのか? どこにも根拠なんかない!」
館長はすっと右手をあげ、乱暴に袖を捲る。現れた肌には、激しい火傷の痕があった。
「嘘を、君に話す理由もないだろう。君と同じだ。私もその場にいたんだよ。ベラの親と、私の…愛する人といっしょにね」
「……え? ベラの」
老紳士は厳かに語る。過去、彼らは王宮で働く術士だった。
ベラの両親とは同僚で、あの日は図書館の視察を行うため街に訪れ、大火に遭遇したのだ。軍で戦闘訓練を受けていた分、突然の炎撃にも、とっさに対応できた。そして……
「私は見たのだ! 炎の中、平然と立つ二人の人影を!! 私たちは必死で、巻き込まれないように氷の障壁を張ったが、数百年分の魔力のぶつけ合いに敵うわけもない、後列の私だけが生き残った。ベラの親も……私の愛するベロニカも逝ってしまった!」
ベラも、館長も、俺と同じだった。
理不尽な攻撃のせいで、たくさんの人生が狂った。憤りをぶつけるかのように、館長は声を荒らげる。
「あの本は! 現場で私が直接拾ったものだ! ……激しい戦いだった、どっちが勝ったかもわからない。あれは……君も見たという、黒髪の不死者が持っていたものだ。戦いの後、探しに来る余裕もなかったのだろう」
「俺の家族が死んだのは……俺は……」
「君を、疑って悪かった。ファルム君、君も辛い思いをしてきたのだね。あの本を持っている限り、彼らはいつかここに現れる……愛するベロニカの仇だ。私の命を賭けても一矢報いたかったが……もう終わったことだ……」
あの本はもうここにない。不死者はこの街での用事を済ませた。戻ってくる事は、二度とない。
館長は自分の非を認め、俺に謝罪した。監視して募らせた、不死者への復讐心さえも、今日捨てたのだろう。
話が終わった後、駆け寄ってきたベラに素っ気なく別れを告げ、暗い顔で帰ってきた俺を心配するセリカにも、最後まで何も告げることなく、帰路についた。
馬車の中で、俺はひとり、館長が話した真実を受け止めようとしていた。
幌の破れた隙間から覗く夜空は、雲で埋め尽くされ、一点の光すらない。気を緩めると、すぐにあの館長の言葉を反芻してしまう。
俺が今涙を流しているのは、両親の死の真相を、思いがけず知らされたからでない。自分の追い求めていた不死者の、禍々しい本性に恐れているわけでもない。
その恐ろしい力が自分の中にあるということ。この事実が、俺を何よりも打ちのめした。
「俺は、一体"何"なんだ…?」
馬車に揺られながら呟いた問いは、夜闇に消えていった。




