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「バカか、あんたは」

「バカか、あんたは」



「何が"最高記録"だ。あんたが数えているものは実験の数値なんかじゃない、人の魂の数だ! どんなに非道なことをしたかわかっているのか!? あいつらは俺の観客であり、俺と同じ世界に立つ共演者だ! 一人として同じものはないんだよ! それを消し飛ばすだと? そんなことさせてたまるか!」


「あんたにはその長い人生をかけても絶対に理解できないだろうが、俺にとってのこれは究極の課題なんだよ。人の心こそ、この世界で最も輝く迷宮だ。だからこそ、この長い時を生きていけた。そして、これからもそうだ。人の感情……その全てを理解し、自分のものにできるまで」



「さぁ、あんたの物語はもうおしまいだ。俺が今、幕を引いてやる……」




◇ ◇ ◇




 見上げた空は、どこまでも青く澄んでいた。

 視界の端に見えた雲が、頭上をゆっくりと通過する頃……やっと俺は手元に視線を戻す。


 春風が俺の座っている池のほとりを撫でていく。めぼしい動きといえばそれくらいだ。さっきから手に持っている釣竿などピクリともしない。おそらく魚を誘う餌など、もう付いていないんだろう。


 これ以上、間抜けのように待ち続けるのはもうたくさんだ。俺は釣道具を引き上げ、地面に置いた。俺を注意した妹たちには悪いが、これもあいつらを食わせて行くため……



 釣りは終了だ。こんな道具を使わずとも、この世にはもっと効率の良い方法がある。それは"魔法"だ。


 俺は人差し指を水に浸した。指先にほんの少しだけ魔力を灯す。

 そっと、ごく小さく。あまりこの池は大きくはない。気をつけて加減しなくては……





 予想した通り、家の前では末妹のアルナが頬を膨らませ、待ち構えていた。俺が帰ってくるのに気づくと勢いよく走り寄ってくる。

 二つ結びの明るい茶髪が、動きに合わせて奔放に跳ねた。


「もう! お兄ちゃんたら、またやらかしたの!?」


「悪かったって、アルナ。でもこんなに魚とれたんだぞ。大漁だ」


 今日こそうまくいくと信じて放った爆破魔法は、池の水の半分を宙に飛ばした。水中に衝撃を与え、浮いてくる魚を取るつもりだったが、その結果がこのざまだ。

 打ち上げられた魚はたくさん拾えたが、もれなく俺は大量の水をかぶった。


 落雷を思わせる衝撃音と閃光は、家で待つ妹たちの目にも届いたらしい。収穫した魚を見せてもアルナの機嫌は直らない。


「そんな軽率に魔法使っちゃダメじゃない! 約束したでしょ? 誰が見てるかわからないのよ!」

「はいはい。わかったから、早く家に入れてくれよ。こっちはびしょ濡れなんだ……」

「ダメ! ちょっとくらい寝込んで反省してよ!」

「えー」


 濡れた服の感触は気持ち悪くって仕方ない。春が来たとはいえ、こんな状態で浴びる風は冷たいに決まっている。けれど濡れた手でアルナを退かすわけにいかず、俺は困って戸口を見た。


 中に入りたいという気持ちが通じたのか、何もしなくとも扉は開く。顔を覗かせるのは、俺のすぐ下の妹、セリカだ。

 彼女は料理の途中だったらしい。いつもは下ろしている長い栗色の髪はひとつにまとめられており、白いエプロンを身につけている。俺たちの様子を見て、瞬時に状況を理解し、困ったような笑みを浮かべた。


「アルナったら、ファルム兄さんを入れてあげなさい。兄さんが私たちのためにしたことでしょう? 許してあげないと……」

「お姉ちゃんたら! いつもそうやってお兄ちゃんを甘やかして!」

「やっぱり、セリカは俺のことわかってるな。どこぞのちび助と違って心が広い!」


 なによっ! と、殴りかかるアルナを適当にいなしながら、昼飯はあとで食うとセリカに伝え、俺は湯をもらって体を拭くことにした。




 両親を街の大火で失ってから、俺たち兄妹は元の家を手放し、今の一軒家に移り住んだ。山奥にある辺鄙な村は、人の往来も少なくのどかなもの。親のない俺たちは他の住民と助け合いながら成長した。


「それにしても、上手くいかないもんだな……」


 体を拭っていた手を止め、じっと自身の掌を見る。同世代のやつらと見た目は何ら変わらない俺。だが、保有する魔力は彼らと比べ物にならないほど膨大だった。


 この世界では、魔力量は年齢と比例する。生きる者全てに、等しく魔力が与えられるのだ。


 毎年、誕生日を迎えるたびに総量は増え、扱える魔法も強力になっていく。具体的には、ガキのころ小さな火花を出すのみだった者が、壮年を迎える頃には自分の背丈を超える火柱を扱えるようになる。

 しかし、それは普通の人の話だ。



 俺はまだ十六年しか生きていない。だが、この歳にして辺りを包むほどの炎を出すことができる。今日のように池ひとつ吹き飛ばしかけ、真夏にもかかわらず、見渡す一面を雪景色に変えることもできた。

 そんな魔法は九十越えの老人でも可能か怪しい。治癒魔法をかけ続けてたとしても延命は困難だ。


 どうあがとうと肉体の劣化は止められず、身体機能は失われ、体力は低下する。この国の最高齢はいくつだったろうか。隣国には百二十歳を超える年寄りがいるとかいないとか……なんにせよ、みんな二百を越えないうちに逝く。それが天に定められた寿命というものだ。



 俺は明らかに世の法則から逸脱した存在。秘密が知り渡れば、きっと大変なことになる。どこぞの研究施設に連れて行かれ、実験体として扱われるに決まっている。妹たちにも魔の手が伸びるかもしれない。


「ちょっと、お兄ちゃん遅い! お昼の準備できたわよ!」

「……ああ! 悪い、すぐに行く!!」


 アルナの声で我に返った俺は、急いで服を着、妹たちのところへ向かう。




「なんだよ、まだ食べてなかったのか?」

「ええ、やっぱりみんなで一緒にお昼にしたかったの」

「お兄ちゃん遅いよ! もうわたし我慢の限界!」

「だからごめんって。ちょっと俺、考え事してて……」

「なによ……そんな暗い顔しちゃって」


「アルナは、もうすぐ街の学院に入学するけどさ……やっぱり、家族に俺みたいなのがいたら、迷惑だよな……」


 村の学び舎で優秀な成績を誇るアルナは、大都市にある魔法学院に進学することが決まっていた。そこは俺たちが生まれ、幼少期を過ごした場所だが、ここからは馬車で一晩かかるほどの距離がある。


「そんなことないもん! 迷惑なんて思ったことない! わっ、わたしは成績優秀だからね……その……」

「兄さん。アルナは、兄さんとずっと一緒にいたいと思っているの、私も同じ気持ち……どんなに他の人と変わっていても、私たちは兄さんのことが大好きなのよ。だから、気にしないで、そばにいて」


「……アルナ、セリカ。ありがとう。じゃあ、その……これからも、よろしくな?」

「やだお兄ちゃん、急に変なこと言わないでよ!」

「アルナが責めすぎたから、兄さんだって困っているのよ」

「わたしのせいじゃないもん!」


 妹たちの笑い声を聞くうちに、こっちも自然と笑顔になった。

 そうだ。ここで二人と暮らしていられるのなら他に何もいらない。このまま存在を知られず、静かに過ごしていけば……



 その時、大きな音をたてて、家の扉が開かれた。


 妹たちの楽しいおしゃべりがピタリと止まる。平和な昼の食卓に侵入してきたのは、一人の武装した偉丈夫だ。彼は周囲を威圧し、仁王立ちの姿勢で告げる。




「空から魚が降ってきたんだが、おまえのせいか?」

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