将人の成長
今回からチェイサーのセリフは「(セリフ)」の形にさせて頂きます。
~~~~~~side on ヒューイ~~~~~~
……俺だって、マサトに対して悪い事をしたとは思っている。
だが、あの場を丸く収める為には必要な処置だった。
そもそも、こんな事態になったのだって、元を正せばマサトが不用意にサーラの料理を褒めた事が原因だ……。
だからこそ、サーラとの逢引位は付き合って然るべきだろう?
そう思っての提案だった。
事実、ラバートはこの提案を却下しなかった。
ラバートも内心では少なからず、俺と同様の事を考えていたからだろう……。
サーラの興奮が収まった後で、直接ラバートに確認を取ったから間違いない。
ともかく、サーラにした提案自体は俺に落ち度は無い。断言できる。
しかし、俺はその後の選択を誤った……。
提案を聞いたマサトが怒るのは予想していたので、俺は早々に食堂から避難した。
そう、この時は素直にマサトのほとぼりが冷めるのを待っているつもりだった。
そして、隙をみてラバートがマサトに事情を話して、キチンと納得させる予定になっていた。
だが、慌てた様子でサーラに弁解を始めるマサトの声を聞いて、俺の中で悪戯心が芽生えてしまった。
いつも損な役回りを引き受けているせいか、偶に立場が逆転するとついつい調子に乗ってしまう……悪い癖だ。
俺には今まで気楽に付き合える男友達はいなかった。
村に居た時からからそうだ……比較的小さな村だったせいか、同年代の男と言えばサーラの兄、そして俺の弟達位だろう。
サーラの兄は偏執的なサーラ愛を振りまく人で、俺はかなり苦手だった……村から出る際も、
「くれぐれも……くれぐれも妹を頼む。悪い虫が付いたら……どうなるかは分かっているよな?」
と、岩をも砕くかの様な握力で両肩をガッチリ掴まれた俺は、ただただ頷くしかなかった……もしサーラが死んだ事が伝わっていたら……ゾッとするな。
まぁ、もう俺達が死んでから50年は経つ。
恐らく、俺達が知る村人達はもう生きてはいまい……と、話が逸れたな……。
とにかく、村で男友達と呼べる存在は居なかった。
冒険者になってからもそうだ。
師匠夫婦と一緒になって依頼をこなし、時には叱られ、時には褒められながら、慌ただしい日々を過ごしていた。
師匠達のお墨付きを貰って独立した頃には、俺達は2人共高位ランクの冒険者になっていて、慕われたり、妬まれたりする事はあっても、友達として付き合える人間は居なかった。
しかし、そんな俺にもマサトはまるで友達の様に接してくれる。
過剰な尊敬も嫉妬も無い、俺を俺として扱ってくれる。
それが嬉しくて、ついつい構いたくなってしまう。
そして、結果がこれだ……。うん、調子に乗りすぎた……。
「さ、始めようぜ♪」
考え事をしていた俺を中庭の中程まで引きずると、3m程離れた位置で木剣を構えて実に良い笑顔で告げるマサト。
はぁ……仕方無い。
初めて出来た男友達の為だ、しっかり相手を務めるとしよう。
俺は闇箱から木剣を取り出して構えると、笑みを浮かべながらマサトに向かって告げる。
「来い……」
~~~~~~side on 将人~~~~~~
「来い……」
……何だ?急に雰囲気が変わりやがった。
まぁ良い、やる事は変わらない。
「チェイサー、巻き込まれないように少し離れて見てろ」
「(うん!御主人、頑張れ!)」
チェイサーは元気よく返事すると、俺達から距離を置く。
さて、これで心置きなく動けるな。
先ずは、通常の身体強化でどこまで出来るか……。
「行くぞ!!」
俺は一気に距離を詰めると、袈裟懸けに打ち掛かる。
ヒューイは軌道を読み、身体を半歩分横に移動させて躱すと、上段から木剣を振り下ろす。
俺は振り下ろした木剣を振り上げて、ヒューイの木剣を弾く。
……?軽い?
「ぐっ!!痛ぅ……」
疑問に思った時には遅かった……勢い良く弾いたことで、がら空きになった腹にヒューイの蹴りがめり込み、2m程吹っ飛ばされる。
ヒューイは木剣を弾かれることを計算に入れて、敢えて力を抜いて腕だけで木剣を振るった様だ……。
初めから重心を後ろに置くことで、弾かれてもバランスを崩さずに蹴りを放てたのだろう……。
「マサト、攻撃を見てから対処していては、どうしても反応が遅れる。経験が浅いうちは戦闘時には必ず出力を上げておけ」
「分かった。……その言葉、後悔するなよ!!」
俺はヒューイに言われた通りに出力を上げる。
今回はとりあえず通常時の2割増し位で様子を見よう。
「おらぁ!!」
再度間合いを一気に詰めて、横薙ぎに木剣を振るう。
ヒューイは木剣を立てる様に受けるが、出力が上がった俺の攻撃に耐えきれず、バックステップで距離を取る。
俺はここぞとばかりに一気に跳躍して間合いを詰めるが、着地点にはヒューイの突きが待っていた。
「がっ!!……ぐっ……ごほっ……」
空中で身動きが取れなかった俺は、身体強化を使った突進の勢いそのままに、思いっきり喉元に突きを喰らう。
俺の身体強化を逆手にとって利用するとは……下手したら今ので死んでたんじゃないか?
俺は何度か咳き込みながら呼吸を整える。
「間合いを詰めるのは構わんが、出来る限り跳躍はするな。空中では身動きが取れん。それに、身体を正面に向けて飛んでくる奴があるか。攻撃に晒される面を少なくする様に工夫しろ」
対するヒューイは、まだまだ余裕そうだ……。
何とか呼吸を整えた俺は短く返事をする。
「あぁ……」
「じゃあ、今度はこちらから仕掛ける。出力を上げて早くなった分、俺の動きを見る余裕が出来た筈だ。しっかりと攻撃を見極めて反撃を狙え」
言うが早いか、木剣を袈裟懸けに振るってくる。
俺はしっかりと軌道を見極め、それを左に躱す。
反撃に移ろうとした時には、横薙ぎの攻撃が迫っていた。
「大きく躱しすぎだ、それでは反撃の隙が無くなるぞ。最小の動きで躱して即座に反撃できるようにしろ」
「あぁ!!」
ヒューイはアドバイスを送りながらも、攻撃の手を緩めることなく攻め立ててくる。
俺も何とか攻撃を見極めて、躱し続ける。
初めは攻撃の恐怖から大きく避けていたが、徐々に小さい動きで躱せるようになっていく。
更に、反撃する為にどの様に躱せば、体勢が崩れないのかを考えられる様になってきた。
再度、ヒューイが袈裟懸けで木剣を振るってくる。
俺はヒューイが放つ軌道に沿わせる様にして、攻撃を木剣で受け流し、受け流された事で体勢が崩れたヒューイの背中目掛けて木剣を振り下ろす。
ガンッ!!
「ぐぅっ……」
小気味いい音を立てて、俺が放った攻撃は初めてヒューイに当たり、背中に攻撃を受けたヒューイが地面に崩れ落ちる。
「いよしゃぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
思わず飛びあがりながら大声を上げる。
「あぁ、実に良い攻撃だった。今の感覚を忘れるな」
ヒューイはむくっと起き上がると、服に付いた土を払いながら褒めてくれる。
「よし、次いこう、次!!」
ヒューイは俺の言葉に苦笑を浮かべながら頷くと、再度距離を取る。
「さぁ……来い」
ヒューイの合図に一気に間合いを詰める。
逆袈裟、切り上げ、打ち下ろし、横薙ぎ、どんどん攻撃を仕掛けていく。
木剣を振るう度に徐々に感覚が研ぎ澄まされていく。
もっと速く、もっとコンパクトに、もっと、もっと、もっと…………。
俺の攻撃は徐々にヒューイを圧倒していく。
初めは余裕で躱して反撃を入れてきたヒューイも、今では防御と回避に手一杯になっている。
「嘘でしょ……」
突然聞こえてきた声にヒューイの注意が逸れる。
……今だ!!
身体強化の出力を瞬間的に5割増しに引き上げてしゃがみ込む。
「……な!!!!??」
突然の縦の動きに付いて来れず、ヒューイは俺の姿を見失ったのだろう……。
驚愕の声を上げて、動きが一瞬固まる。
俺は木剣にも強化を使い、しゃがんだ体勢から横一文字に木剣を振り抜く。
「っがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
大きな叫び声と共にヒューイの身体が、ゆっくりと後ろに倒れていく。
ドサッ!!
という音と共に倒れこんだヒューイだったが……なんと、腰の辺りから下が切断されてしまっていた……。
切られた腰から下はその場に崩れ落ちる。
ズボンの陰から骨が見えていることから、人化が解けてしまっているのだろう……。
「ひぅ!!」
中庭の入口の方から小さな悲鳴の様な声が聞こえた気がしたが、正直それどころじゃない……。
「!!?……やっべ、やらかした……」
幾ら俺オリジナルの身体強化を掛けたとはいえ、まさか木剣で一刀両断にしてしまうとは……。
あまりの事態に、滝の様にどっと冷汗が吹き出す。
「ぐぅぅぅぅ……『解除』。ふぅぅぅ……いや、参った……。痛覚は切っておくべきだったな……まさかこれほどの成長を見せるとは……見込み以上だ。やるじゃないかマサト!」
痛みで呻いていたヒューイは、『解除』で痛覚を切ったのだろう……大きく息を吐くと、そう言って笑顔で褒めてくれる。
「あ、あぁ……ありがとう。それよりも……大丈夫なのか?」
俺は思わず心配になって声を掛ける。
「大丈夫に決まっているだろう?俺はアンデッドだぞ?……そんなに心配そうな顔をするな」
こんな事になったのにも関わらず、俺に対して笑顔を向けてくれるヒューイに、罪悪感が募る。
「朝の事が有ったとはいえやり過ぎた、すまない」
「いや、俺の方こそすまなかった……あれは俺が調子に乗ったのが悪い」
頭を下げた俺に対して、ヒューイも謝罪の言葉をくれる。
「ふむ、どうやら仲直りは出来た様だな……。話は後にして、先ずは身体を直そ…………チェイサー?何をしておる?」
いつの間にか傍に寄って来ていたラバートが声を掛けてくる。
俺達が互いに照れた様に頬を掻いていると、身体を直そうとしたラバートが、何かを見て固まる。
呆れを多分に含んだラバートの声に視線の先を追ってみると、ヒューイの斬れた下半身……腿の辺りの骨をズボンから引っ張り出して、ガジガジと噛んでいた。
「「は?」」
俺もヒューイも思ってもみなかった光景に、間の抜けた声を出してしまう。
「(御主人!!これ、欲しい♪)」
チェイサーは尻尾をブンブン振りながら、嬉しそうな声を出す。
「…………」
「マサト、チェイサーは何と?」
余りの発言に思わず絶句していると、ラバートが質問してくる。
あ……そっか、契約してないから俺以外は言葉が分からないのか……。
「……これ、欲しいって……」
仕方ないので、チェイサーの言葉を伝える。
「……ク……クク…ククク、アッハハハハハハハハハ♪」
「……プッ……ププッ…プフフ、フハハハハ!……いいぞ、くれてやれ。我が新しい身体を召喚すれば良いだけだ……ハハハハハ」
あんまりな発言に堪えきれなかったのか、ヒューイとラバートが大声を上げて笑い出す。
「……良いってよ。2人にお礼言えよ?」
「(うわぁ~~~~~~~~~~~~~~い!!……ありがとう♪)」
俺の言葉を聞いたチェイサーは、嬉しそうに走り回って一通りの喜びを表現すると、2人の傍に近寄ってお座りをした状態からペコリと頭を下げる。
「「どういたしまして♪」」
言葉は通じなくても意味は分かったのだろう……2人はチェイサーにそう返事をすると、再び笑い始めるのだった。




