50音表と数字
ラバートが人化を解いたことで、ようやく落ち着きを取り戻した俺は、文字の練習の再開をする。
「ラバート、教えて欲しい字があるんだが良いか?それと、書いたものが消えない様に紙とペンが欲しいんだが…あるか?」
「ふむ…また何か面白いことを考えている様だな。さて、ペンと紙を用意するのは構わぬのだが…マサトが一体何を考えているのか興味が湧いてきた。勿論教えて貰えるのだろうな?」
「あぁ、だが…やって見せたほうが早いだろう?」
「ふむ…道理だな。では早速用意しよう」
ラバートは席を立つと足早に食堂を出て行く。
ラバートを待っている間、俺は再度勇者の物語を音読する。
繰り返し読んでいたおかげだろうか?先程詰まっていたところも、今回は問題無く読めた。
こういう所で自分の上達を実感出来るのは嬉しいものだ。
俺が喜びを噛み締めていると、ラバートが羊皮紙の様な紙の束と万年筆の様なペン、インクの瓶を持ってくる。
ラバートが俺の隣に腰を下ろしながら、それらを俺に渡してくれる。
「これで良かろう?」
「あぁ、ありがとう」
俺はラバートに一言礼を言うと、早速紙の上に、砂が入った額縁の縁の部分を定規代わりにしながら、大きめにマス目を書いていく。
初めの1枚はインクが乾かないうちに続けて書いていったせいで、額縁の底部分や俺の手で線が擦れ真っ黒になってしまった…。
教訓を生かし、少しずつ乾かしながら書くことで、今回は綺麗にマス目が書けた。今度は平仮名で50音を書いていく。こちらも、1字ずつ乾かしながら丁寧に書き込んでいく。
各文字の左のマスは1つずつ空けてあるので、これなら対応する文字が直ぐに分かるだろう。
「よし、出来た!じゃ、早速…『あ』という文字を教えてくれ」
正直『ま』も『さ』も子音は『あ』なので予想は付いているのだが、確認の意味も込めてラバートに質問する。
「待て待て!!マサト…これは一体何を作ったのだ?」
突然作業を始めた俺の様子を黙って見ていたラバートではあったが、俺の「出来た」の声に完成したと思ったのだろう…作っていた物の説明を俺に求めてくる。
「まだ完成はしてないぞ?今出来る作業が終わっただけだ。ちなみに、これは50音表と言って、話す時に発する音を一音ずつ文字に表したものだ。例えば、さっきラバートが教えてくれた『マサト』を一音ずつ区切って当て嵌めると『まさと』になる」
俺は50音表で三つの文字を順に指で示しながらラバートに説明する。
「!?な、なんと……。とすると、こちらの様々な形のものがマサトの世界の文字なのだな?」
「ん~俺の世界の文字って訳じゃなく、俺が住んでいた国で使われている文字の一種で平仮名っていう文字だ。まぁそれは今は横に置いておくとして……とにかく、こうやって一音ずつ区切って対応する文字を当て嵌めていけば、俺の名前みたいに音を繋げるだけのものは書けるようになるだろ?」
「うむ、素晴らしい発想だ!……ん?とすると、これを使えば我らもマサト居た国の『ひらがな』…だったか?が書けるようになるのではないか?」
「あぁ、確かに書ける様になるだろうな。もっとも…言葉の意味を理解しないと思った通りの事を書くことは出来ないだろうけどな…」
「そこは互いに教えあえば問題無かろう?」
何故か覚える気満々である。
とりあえず…一音ずつ区切って、ラバートに質問していき、ようやく50音表を全て埋めることが出来た。
俺が試しに『ラバート』と砂に書き、合っているか?とラバートに確認を取ると、うんうん頷いて喜んでくれた。
「と、まぁこんな感じで…音の繋がりだけで出来ている言葉なら、簡単に書けるようになる」
「ふむ、確かに便利な表だな。後で我ら用にもう一つ作っておこう」
どうやら、サーラ達にも教えるつもりの様だ。
「さて、じゃあ…次は数字を教えてくれないか?そうだな…とりあえず、50位まで頼もうかな」
「うむ、ではゆくぞ?『1』、『2』、『3』、『4』、『5』…」
「ちょ、ちょっと待った!!…何で数字は一緒なんだ!?」
そう、ラバートが書いていたのは紛れもなく普段俺たちの世界で使われているアラビア数字だった。
俺の言葉にラバート自身驚いていた様だが、「あぁ」と、一つ頷くと説明してくれる。
「実はこの数字、1000年位前に勇者によって広まった。とされている数字なのだ。どうやら、恐らくはその勇者もマサトと同郷の者なのだろう」
俺はラバートの言葉に納得しかけて……違和感を覚える。
1000年前に日本でアラビア数字が定着している筈がないのだ。
確か…漢字文化圏の日本にアラビア数字が定着したのは近年になってからだった筈だ。
だとすると…だが、時折現れる謎の勇者の特徴は『黒髪』と『偶に話す分からない言葉』ってだけで、日本人とは限らない。もしかしたらその数字を広めたのはヨーロッパ圏からこちらに来たのかもしれない…いや、しかし……。
どの位考え込んでいたのだろう…ラバートに身体を揺すられて思考を止めるころにはすっかり日が暮れていた。
「いつまで考え事をしている。全く………」
延々と続いたラバートの説明によると、突然黙り込んで真剣な様子で考え込む俺をそっとしておいてくれたらしい。
まだ俺の服が少し湿っぽいからと、狩りにもラバートが1人で行き、狩りから戻っても未だに微動だにせず、考え込む俺に流石に声を掛けようと肩を揺すったそうだ。
「すまなかった。色々ありがとな…ラバート。あぁ、それと、サーラ達はまだ戻らないのか?夕方には戻る筈だっただろ?」
「うむ、まだ戻らん。あの2人に怪我等の心配は無いが…何かの事件に巻き込まれたのもしれんな…」
俺とラバートが心配していると
バンッ!!!
と、食堂のドアが開け放たれ、サーラが駆け込んでくる。
「ラバート、大変なの!!!」
サーラの告げる危急の言葉が食堂に木霊した。
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