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第一章:エヴァンジェ

 まだ一章、忙しくなくなってきました、また。

 忙しくなる前に筆を…キーボードを進めていかなくては、読んでる人がいなかったとしても。

 それからも馬車での旅は続いた。

 景色も変わり、大きな山が近づいては来ているのだけれども一向に整った道には入れず荷物とともに腰を傷めねばならない。

 行くだけで四日の旅である。先生は酷く退屈そうな真顔をこちらに向けてもはや生きてるのか死んでいるのかすらもはっきりとしない。ナナは終始眠りっぱなしだ。そして取り残された俺はというと馬車のおっさんとただ暇を潰す会話をするしかないのだ。

「兄ちゃんも先生のトコで手伝いしてんのか?」

「えぇ、まぁ」

 木の滑車がまた石を踏みつける。そのたびに積み上がった木箱が落ちてしまうのではないかと心配になる。

「大変だろ? 俺にはさっぱりだからな」

「今日が一番大変ですけどね」

「アッハッハッ! 皆そう言う」

 遠めに見えるおそらく目的の山を横目で仰ぎながらなぜこんなにもおっさんが元気でいられるのかを考えた、答えは思い浮かばなかったがもしかしたらおっさんは人間じゃないのかもしれない。

「先生にはまだ言ってねぇんだけどよ、よくわかんねぇ部品もこっちが運搬しようと思うわけよ」

「商売の話ですよね」

「当たり前よ」

「なら、そうしてください」

 むしろそれが一番良い、どうあがいても良い、こんなのはもううんざりだ。これは暖かい湯にでも使って三日三晩腰おろして休みたい、なによりメリットが一切ない。

 じんじんとしている腰をさすると古いベルトの金具がカチリと爪に当たった。あっちで見つけてそのまま着続けている生地のボトムスとコートにはまだあの廃屋まがいの家の匂いが残っている。

 訳も言えず隙間から空を見上げた。眩しい、あんなにも遠くにあった太陽は変わらず遠くで光っている、あっちより遠いはずなのにそんな気はしない。

「兄ちゃんはよォ、どっかから先生の手伝いに来たんだろ? 母親とか父親はどうしてんでぇ?」

「多分ですけど、小さい頃に…」

「……あぁ。悪い事聞いちまったかな?」

 覚えてないだけなのだ、朧ろげた記憶に残る白髪の男性は父親なのかそれとも爺なのか、それすらもはっきりとさせることができない。

「じゃあ別に帰りたいとかは思わない訳か?」

 見上げていた心にそんな話題がやってきた。

 点にも見えない故郷…果たして故郷なのだろうか…それは今どこにあるのかすらわかっていない。皆は別に心配せずとも元気だろう。

「帰りづらいんですよ」

 返事はなく、しばらくゴトゴトと木製の滑車が砂利を踏む音が響いた。二人はどうやら眠ることに慣れたらしく、ナナの寝顔が目に入り込む。

 自分の両親どころか少年期の思い出すら知りえないのに、ナナに何を教えれるのだろうか。そんなこと、先生だって教えてくれはしないだろう。

 でもどこに何があるとわかっているわけでもない、だから今はやろうと思った事をやればいいのだ。

「まぁ、兄ちゃんなら友人もいるだろ? たまには帰ってやんな、送れるなら乗せてやるぜ」

「それは……遠慮しておきます」

 荷馬車じゃ帰れないんだ。そう胸の中でつぶやいて目をつぶった。

 それからどれだけ眠ったろうか、途中で何回も目を覚まし遠くに見える山をもの欲しげに、時には妬ましげに眺めた。そうこしているうちにやっと関所らしきものが見えてきたのだ。



「なんだって、関所なんざ…」

 おじさんの言うことには前まではこんな物騒なものはなかったらしい。つい最近にできたらしいとのことだが、そこで荷馬車をとうせんぼしたのはまだ若い二人の青年だった。

「お前ら、何の用だ!」

「第一自由地区のモンでさ、聞いてないとは言わせないぜ?」

 青年たちはこそこそと小声をかわすと「少し待っていろ!」と言って奥に人を呼びに行った。残った一人は荷車の中を調べると行ってこちらへと乗り込んでくる。

 慣れていないのだろう、荷馬車で休んでいた三人を見るとまるで鬼の首を取ったかのように声を上げた。ちなみに鬼の首がうんたらというのは先生から教えてもらった言葉だが、どこの地区で鬼とやらが見れるのかは教えてくれなかった。

「お前らは何だ!」

 眠りなまこをこすりながら二人が目を覚まそうとしている。辛うじて起きていた俺が青年の目に合わせて話しを続ける。

「ここにいるエヴァンジェ…だったか…ソイツに用があって来た…んだよな? 何はともあれ伝えてあるはずだ」

 確かエヴァンジェと言った気がする、先生御用達の製鉄所の人らしいが正直くらくらしていてよくわからない。だが青年は言われておどおどし始める、きっと聞きに行った青年を待っているのだろう。一体全体なんでこんな急ごしらえの関所なんて作っているのだろうか。

 汗を流しながら戻ってきた青年が二つの要件を聞いてきたらしく、そのあとはすんなりと通れた。

「ったく……後で聞くことはいっぱいあんなぁ…」

「………そうですね…、まだ夕方ですか…」

 再びがらがらと動き出した荷馬車を憎ましいのか恥ずかしいのか細い目で彼らは見送っていた。おじさんはそんな彼を振り返ることもせずにキャラバンとしての目的を果たすために街の広場へと馬を引かせているのだが、彼もこんな事態は初めてらしい。

 半ば無理やり起こされた先生は不機嫌そうな声で時刻を確認した、腕に巻かれている何かで。先生が特別視される理由の一つであるのだが、良くわからないアイテムを使うことで有名なのだそうだ。

 アトリエにもその未知の文明の道具が保管されているのだが、先生はそれらをほとんど使わず計算などを行っている、本当に未知のテクノロジーはこの人自体なのかもしれない。

「別に、造作もないでしょう」

 ナナの頬を二三度つつき安らかな眠りの園からナナを引き吊り出す。長く辛い旅を終えた荷馬車が人の集まる広場で止まると我々は荷物と共に馬車を降り目的地であるエヴァンジェのいる製鉄所へと向かった。






「飛行機…? 飛行…空ぁ…?」

 どれだけ陽が動いたことか、彼はそれを睨みながら譫言を吐いていた。

 鬼の居ぬ間にとやらでアトリエの資料を読みあさっていた彼はついにそれを見つけることに成功したらしかった。しかしせっかく学んだ古代言語でも解読に非常に長い時間をかけてしまい思ったような情報を読み取ることができず終い、彼は何度も何度もその髪をくしゃくしゃと乱している。

 あれからというもの、彼は彼の生きる現代ではありえないみょうちくりんなデザインをしたものに囚われ続けていた。そしてついに一冊の本にそれと酷似したモノクロの絵を見つけ出したのだった。

「飛ぶぅ…ってのは間違いないッスね」

 彼は別に鳥に憧れているのだとか、遠くに見えるあの白いふわふわはなんだろうかだとかいう空への憧れはこれっぽっちもなく、ただただそれの形を気に入ったようで暗中模索も良いトコに資料をあさっているのだ。

 つまりそれが飛ぶなんてことは彼にとってどうでもいい通過点のうち一つであり、ついでに一緒に飛ぶことがもしできるのならそれもよしと思っている。

 きっと先生にしか使えないオーパーツの中ならきっともっと良好な情報があるのだろうなぁと彼は深い溜息を吐いた。

「鉄ぅ…なんスかねぇ…? 鉄ぅ?」

 少しずつ陽は暮れていった。






「遠路はるばるようこそ! みんな、先生の到着だ。俺はしばらく席を空けるが、サボるんじゃないぞ」

 製鉄所を取り仕切り活気良く俺らを迎えてくれたその好青年こそがエヴァンジェという男だった。

 事務室に入るなり前掛けと厚手の手袋を脱ぎ、三人分の座席を用意してくれる。

「話は聞いてますよ、三十経つ頃にはなんとかしてみせます」

 彼はすんなりとその大仕事を了承してくれた、数も良くわからないがそれがとんでもない量だということは察しが付く。

 それを表情一つ変えず頼む先生も先生だが、受け入れてくれるエヴァンジェもエヴァンジェだ。

「それで、お二人は助手さんですね? 羨ましい」

「こっちはナナ、俺はセプトだ、よろしく」

 求められた握手をする。彼とは仲良くなれそうだ、ナナももう最初に見た時ほど警戒はしていない。

「それでさ、よくこんな注文聞いてくれるよな」

 先生は無表情で窓の外へ視界を動かしたが、エヴァンジェはその背中をちらと見て返した。

「この地区は発展しているだろ?」

「あぁ、凄いな…」

 製鉄によって文明の力を得たこの地区は周りの地区とは比べ物にならないほど発展しているのはどこを見ても見て取れた。

 全ての民が平和に暮らしており自治も行き届いている。だが、その進歩の間には危険もあったのではなかろうか。

「医療・食糧・建築……そして鉄の道、それらを与えてくれた…いや、与え続けてくれているんだ…恩人なんだよ先生は」

 それから彼と先生の関係を聞かされることになった。


 鉄資源を採掘し鋭利な刃物を作っていた発展もしていなかったまだ未熟なこの地区に近隣の遺跡から出てきた先生が寄って来たそうだ。そうして豊富な鉄資源とそれを十分な段階まで加工できる施設を見て先生は尋ねた。

「なぜ、こんなものを作ってるのですか」

 眺めるように立てかけられた刃物を先生は眺め、ただ寡黙に加工所に通っていたエヴァンジェは答えた。

「鉄といえば刃物だろう、確かに需要はそんなにないがあるだけ作るしかない」

 そうすると先生はひどく呆れた息を吐き、どこか馬鹿にしていたであろう声を吐き捨てたそうだ。

「鉄じゃないものも採れてるんですがね…取引しましょう」

 こうして今の発展が始まったのだという。

 大量の鉱物資源を言われるがままに加工し何台もの馬車に分けて納品すると、先生のほうからは多くの食糧と見たこともない物が先生と共に運び込まれたという。

 それは建築に使える道具であったりはるかに進んだ技術を持った医療器具であったらしい、それらをできる限り精巧に模造することによってこの地区は新たな道を手にすることができた。

 たびたび先生も坑道に入り込みいろいろと物色し助言をしてくれているそうだ。先生曰く目当てのものはあるが未だ見つけていないらしい。


「そんなことが…」

 アトリエの未知のテクノロジーの中に謎の明かりが存在する。天井に完璧に固定されたその明かりは火を使わずに見事なまでに部屋を照らしている。

 ここの製鉄所にも町のどこにもいまだそんなものは見たことがない。与えられた医療器具なども特定の準備をしなければ使うことができないそうだ。

 先生曰く「動力源は危険なので、触れないでください」とのことだ。なんだろうな、動力源って。

 ともかく俺らがちんぷんかんぷんな謎に首をかしげているとその謎の正体が小首を傾げてこちらへ振り向いた。まだまだ未知を温存しているであろう先生はカーテンを閉め切りあくびを一つあげた。

「先生、宿の方は?」

 その後エヴァンジェの計らいによって手ごろな広い宿を準備してもらうこととなった。ナナも広いベッドでぼよんぼよんと跳ねる。構造体でもアトリエでもこんなに上質なベッドはなかった、来客用でもなければこんなことはない。

 豪華ではないが健康にもよさそうな刻んだベーコンを入れソースを搦めた辛い麺料理も無類だった。材料はどうやら先生側から仕入れた物らしいが、あの地区ではこんなもの食べたこともない。とにかく未経験の出来事ばかりがこの地区には溢れていた。

 部屋に早く戻る、計らいで二階で景色のいい部屋を用意してくれたのだがそこから見える日も暮れたというのに賑やかな町は余計に羨ましく見えた。この部屋には満足できるほどの果実と上質なベッド、どこの誰が描いたかわからない絵画なんてのも揃っているのに羨ましく思えるとは何事か。

 というよりあの賑やかさ…人の波はなんであろう。いや…そうだ方々の製鉄所がこれぐらいの時間で営業を終えるとエヴァンジェが言っていた…当然あそこで働いているのは血気盛ん豪傑剛腕の男達であるのは大方間違いなしだろう。そこに熱気を求める人々が集まるのも当然か。

 冷め切った室内で湿った溜息を吐く。曇った窓ガラスがさらに虚しい。ナナと先生は風呂場から戻ってこない、ただ洗うだけの俺は取り残される。おそらくあの二人はしばらく帰ってこないだろう。

 行ってみよう。

 書置きを残して下の喧騒の中に降りていく。しばらく着っぱなしだったジャケットが煌々と火に照らされ薄い橙色が見えた。目をやればどこかで必ず誰かが木製のジョッキで大樽の酒を掬い浴びるように口へ流し込んでいく。

 製鉄所から離れた市内の賑やかさに押され、少し鼓動が早くなった。

「お兄さん、どう?」

 肌色の多い服装のウェイトレスが道行く自分と誘ってくる。

 生憎酒類はまだNGらしく先生に釘を刺されているのだが、さらに生憎その先生は今いない。つまりは羽目を外したくなったという事だ。

 おとなしく案内されると酒と料理の用意されていた席に通される。この町は盛られた料理さえ無償で提供しているらしい、まぁ余談のようなものだが貨幣というのが存在しない現在では観光客でも労働力も大切なのだろう。

 この大きな肉も魚も他の地区から運ばれた物らしく、この地区がどれほど交易に大きな影響を出しているかがこんなところからも見て取れた。ちなみに海はアトリエの二階からギリギリ見える、屋根に上れば広い広い海の一頁が見れる。

 味が濃い料理を腹に収め酒を南無三とばかりに流し込むと詰め込んだ飯の感覚がなくなった。ぷはっと口から飛び出たアルコールの空気が静かに酒場へ溶けていく。

「やぁ、また会ったね」

 これから夜食としゃれ込もうとしていた背中に話しかけてきたのはエヴァンジェとその仕事仲間達であった。どうやら見かけたことのある背中を見つけ中まで入って来たらしい。

「どうだい、気に入ってくれたかな?」

「えぇ…ちょっとくらくらしますが、良い町ですね」

 エヴァンジェ達が同じ机に並び座り、ウェイトレスが料理の盛られた皿を並べる。

「酔ってるのか、良いね、このお酒は先生のとこから仕入れてるんだ。荷馬車の隊長さんもどこかで飲んでいる事だろう」

 男たちががつがつと料理を貪る中で二人落ち着いて会話を続ける。

「それで、今回は随分と多い発注だ。また先生は何かしでかすつもりなのかい?」

 しでかす? そんなやんちゃな人には見えないのだが…そう顔にだすと彼はすぐに説明を始めた。

 それは奇想天外というよりはこの世界の常識を逸脱した所業の羅列であった。

 まず噂だが先生はアトリエの地下に大量の電源を所有してアトリエ周辺で十分な活動ができるようにしていること、そしてその電源は半永久的に発電し続けるものだということ、さらにその電力を利用して太古の医療機器を動かし治らないとされていた病人達を薙ぐように治療してみせたこと、さらにさらに古代の兵器を使用して邪魔な岩を坑道ごと消し飛ばしたなど……先生は古代文明の甘い蜜をフル回転させて啜りまくっていたのだ。

「まぁともあれ、誰も頭が上がらないわけさ…悪い意味でも良い意味でも」

 そう締めくくるとエヴァンジェは喉に酒を流し込んだ。それに負けじとこちらも酒を流し込む。

 アハハッと笑うと先ほどまでの驚嘆驚愕納得も全てが淡いぐらぐらに溶けて消えた。アルコール臭さも料理のソースの濃い臭いももう何処にもなかった。

 ただわかっているのは……。

 ……気が付けば宿のベッドで横になっていたということだ。

 限りなくどうでもいいのですが、SIRENの漫画化という噂を聞きました。クトゥルフTRPGのPLでも須田恭也なんてつけちゃうぐらい好きなんですが、果たしてどうなることやら。それよりも新作を……。

 では、読者がいるかもわからないのですがやっていきたいと思います。また次章、卯月木目丸でした。

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