第一章:落ちた二人と夢の紙屑
章ごとの一番初めのタイトルがメインタイトルです。つまり今章のタイトルが第一章のメーンタイトルですね。
言語の違いなんかを表現するために×××を使っていますが、自分で書いてくらっとしかけたので()にどんなことを喋っていたかを書いています。
頬にまだ青い草が撫でるように揺れている。
目が覚めると俺は黄緑色の世界に横たわっていた、となりには色白いナナも並んでいてそちらはまだ目を覚ましていないようだ。
体にはどこにも痛みがない。だがまだ頭がくらくらと揺さぶられているような感覚が続いている。
少しブレた視界で空を仰ぎ見る。そこには白い雲が広がり見えていた青の世界は引き裂かれたように散らかっていた。
降りるというより落ちていた。
暗がりに包まれた夜であったはずの構造体はもう見えず、うっすらと青の端から明かりが見えていた。風や空気がびゅうびゅうと体を切り裂こうとでもする。
ナナは必死に俺の背中にへばりつき目をつぶっているようだ。底はまだ見えず、体はどんどんと加速しているようだった。
つまり何かに背中を押されているのはいいのだが、結果はとことん見えないまんまなのである。
しかし加速しているおかげかついに周りが姿を変え始めた。
うっすらと靄のようなものが顔の脇を通り抜け、冷たさというより湿っぽさがあたりを包み始める。そして一つはその靄の親玉のような空間に深く突き刺さった。
そしてその靄の親玉が雲なのだとはすぐに察しがついた。そしてその中に点々と小さな影が浮かんでいる…浮かばされているのを見つけるのだった。
並んで落ちているのか、それとも加速が緩やかになっているのか…。
一つ近くを掠めた影、それは勢いよく真上に飛ぶように逃げていったが横目で何かの鋼材であることを悟った。直撃しないだけ運が良い。
他には見たことのある缶や、金属らしきもので造られた部品のようなもの、はてはまだ植えられている鉢なんかが浮いていた。
それらを見てわかるがはっきりと自分が減速しているのが見て取れた。ポケットにしまいこんだ小瓶のおかげなのかそれとも偶然なのか、浮遊物はすでに振り向くのも億劫になるぐらい背中を離れていき、そろそろこの靄の中も終わりかと思えた。
水分の膜を貫き、見えたのは青くも白くもない世界だった。
で、そこからの記憶がない。
いつの間にか二人でこの広大な草原で眠っていたのだ。
よろよろと起き上がり、着陸というか墜落というか……その瞬間を思い出そうとするが、曖昧さが治った頭でもそれは不可能のようである。遠目には集落のようなものが見え、心の中では不思議な新鮮味が満ち満ちていた。
どんなに歩いても落ちることのない地面だ。
ナナも寝起きの時と同じ顔で立ち上がり、足をたんたんと踏みそれを確かめている。
「××××××?」(「どうしたんだい?」)
がららと揺れた背後から突然声が投げかけられた……のだが、何と言ったかまったくわからない。見上げてみると構造体にもいたようなヒゲを揺らしているおじさんが馬車らしきものに乗ってこちらを見ていた。
これが馬車か、と関心している暇はない。相手は翻訳不明の言語でこちらに何かを尋ねているのだから。勝手に焦りを増幅させる自分と馬に興味津々なナナは傍から見れば非常に滑稽であったことだろうに。
「あの……ここの人でしょうか?」
そりゃそうだ、何を聞いているんだ。
「×××××××××、××××××」(「ちょっと待ってくれ、何て言ったんだ」)
以外に大きく後ろを布で覆っている馬車…後ろには荷物か何かが入っているのだろうか…その威圧感は非常に大きくそれを力強く引っ張るのであろう馬も今では疑いの目つきにしか見えない眼でこちらを見つめていた。
「違う、違う別に怪しい人とかじゃなくてですね」
「××××××」(「こりゃお手上げだ」)
相手はもうお手上げだというジェスチャーを繰り出した。初めて意思が伝わった瞬間である。
こちらもとにかくアクションを起こさなければならないので、必死に集落であろう見えた建造物群を指差す。それで何か汲み取ってくれれば結構だと、誠心誠意込めてジェスチャーを繰り出す。
「×××!」(「先生!」)
おじさんは荷台に顔を突っ込み何かを話し始めた。どうやらお相手がいるようだ。
「××××××」(「たのめますかぃ」)
次に荷台から降りてきたのは黒髪をふわりとたくわえた女性であった。軽そうだが立派な服を身に纏いこちらに目線を向ける。
「あ、いや…そうか通じないのか? じゃあどうすれば」
「大丈夫ですよ、知ってます」
彼女はいたって冷静にそう応えてくれた。
それから彼女はおじさんの耳元で何かを呟くと、荷台に乗り込むように手を招いてくれた。ナナはいつの間にか馬と仲良くなっていた。
木製の荷台の中は見たこともない機械が積み込まれていた。
その中の狭いスペースに三人が座り込み顔を向かい合わせている。
「えーと、アナタは?」
「ヴィヴィと呼んでください。これから向かう集落で『先生』をしています」
学舎の教師係みたいなものだろう。彼女は狭いスペースの中で手を伸ばし握手を求めてきた、当然それに応じどういう礼儀かもわからずに握手を交わすこととなった。
どうやら自分らの空中構造体で使われていた言語はこの世界では普及していないらしい。使えるのはごく一部だけらしく、完璧に使えるのは現在目の前にいるヴィヴィさんとその友人ぐらいであるという。
そしてこの積み込まれていた機械らしきものはこの世界で彼女とその友人だけが使い方をしっているということらしい。
「だから各地からこういうのが送られてきたり、学びに各地のお偉いさんもどきが来るのですよ」
「これが…動くんですか?」
「誰もがそう言います」
どうやら感性などなどはこっちの人とそう変わらないらしい。
目の前に置かれている立方体の物体がどういう役目を果たしてくれるのかは誰も想像できることはないだろう、この先生だけがそれを知っているというわけだ。
だが彼女は俺らに興味を持っていた。自分らは彼女に頼らなければ満足に生活することもできないのだろうからこのまま着いていくしかないのだ。
聞きたいことなら後でうんざりするほど聞けばいい、今はナナもあくびをしている程退屈で窮屈なのである。
こうして二人は彼女のアトリエに滑り込むこととなった。
「××、×××××××!」(「ども、モリって言うッス!」)
アトリエは集落からほんの少し外れた場所にあり、広い土地を使わせてもらっているようだった。畑があり、馬や何かしらの荷を止めて置ける場所もある。
入ると学舎の教室のような場所があり、そこでは日々集落からやってくる人々に何かしらを教えたり。送られてきた機械を調べまとめる作業をしているのだという。
そしてそのアトリエの中にいた同年代に見える油に汚れた青年、当然言葉が通じないため何を言っているのかわからないし、そのせいでナナは心底怯えている。
「彼はモリと言います。手伝ってくれている集落の青年ですよ」
こうして先生に通訳を挟んでもらわないとコミュニケーションは一切取れないというのは不便極まりないな、どうにかして早く言語を覚えなくてはいけない。
「なら、この本をあげます。少年期向けの言語教則本です」
「×××、××××××?」(「先生、何を話してるんで?」)
先生は振り向くとモリとここの言語でも会話に戻った。
両方を使い分けるのは至難の技であるはずなのだが、彼女はそれを非常に滑らかに使い分けていた。さすがは先生と呼ばれるだけの実力と信頼なのだろうか。
モリと呼ばれた青年は先生の話を大人しく首を縦に振りながら聞いている。
「×××××××××」(「そうなんですか」)
この本はナナと後でじっくり読むことにしよう。もしかしたらナナの方が早く言葉を覚えるかもしれないな、なんてことを考える余裕もこのアトリエのおかげで随分と出てきた。
「あなたがたが使っているこの言葉は、こっちでは古代言語とされています」
「古代言語?」
「遺跡などで発掘されたものですよ。十分に使えるのはほんの数名ぐらいでしたね」
どうやらこの世界では遺跡が数多く点在していて、多くの機械はその遺跡から発掘されるらしい。そしてその機械同様にこの言語も発掘され多くの人を悩ませているらしい。
それを完璧に使いこなせる先生が優位を築くのも当然という話なのだろう。
「まぁ、なるべく早く言葉を覚えてください」
「頑張ります」
立っているのもなんだからとつっ立っていた青年少女を大きな丸テーブルにそれぞれ座らせ、先生は飲み物を用意するとアトリエの奥へ下がっていった。
そうつまり言語の通じないモリと残されたわけである。
正面を見れば話題をふろうにもふれないもどかしい表情をしたモリが椅子の下で足を揺らしていた。落ち着きのないというか悪くて元気というか、油を落とすことすら忘れ緊張しているのは確かであった。
油……彼はこのアトリエに運び込まれた機械を先生指導のもとに整備点検を行っているそうだ。知識はほとんどないがみっちりと教え込めばやることはやるのだという。
湯気を揺らしながら先生が見たことのない飲み物を持ってくる。
「紅茶ですよ」
聞いたこともなかった。どうやら葉っぱからダシを取るというのだが、上では葉っぱすら本で書き込まれているものを見ただけである。
ナナも匂いを嗅いで不思議そうな顔をしたが勢いよく紅茶を喉に流し込もうとし、その熱さにむせたりしていた。
「××××××××××××」(「しかし古代人すか」)
紅茶の味を気に入り息を吹きかけながら飲んでいると、モリが口を開く。
「×××、××××」(「えぇ、適任です」)
一体何の話かと口を挟みたくなったが、教則本を流し回してもそれにふさわしい言葉を見つけることはできない。
「×××××××××××××××」(「ってことはあの言語読めるってことですもんね」)
やけに盛り上がっているな。
本は夜にでも読んでおくとしよう。
先生によるとこれから二人はこのアトリエで住み込みになるらしい。当然探索や整備の手伝いもするだろうし、色々習っておいても損ではないはずだ。モリはというと集落から通うこともあれば外にテントを張ることもあるらしい。
見たことのない自然が広がるこの世界での暮らしは楽しいものになりそうだった。
それから三日後。
整備や機械の扱いもすんなり手につき、早いもので機械の扱いならば先生にも追いつけるだろうというほどであった。
ナナは家事などの手伝いをしている。
共に整備をしているモリとも相当仲が良くなった。整備はモリ、扱いなら自分と言ったところだろう。
今日は自分らと一緒に運ばれてきた機械類を調べて整備をしての繰り返しをしている。繰り返せば繰り返すほど手について面白い作業だ。どうやら向いているらしい。
「×××××××××?」(「そっち頼めるッすか?」)
「それをお願いしたいそうです」
「わかった。数分待ってくれ」
「×××××××××」(「わかったそうです」)
「×××××××××」(「ありがとうッす」)
ただ言語の方はまだ通訳を入れてもらえないとからっきしだ。
少年向けと言っていたが相当複雑なようで、今だ理解できるようになったのは簡単な単語と単独詩ぐらいであろう。こっちは随分と長い時間が必要そうだ。
ナナも同じようで、この前見知らぬおばさまに話しかけられていたがしどろもどろしているだけであった。まぁ、話せたところで変わらないのだろうけども。
それにしても古代言語と呼ばれるこの言葉を先生は達者に使いこなしている。先生は機械などの研究の特位に扱われているらしいが、その身を遺跡にまで探索に赴くという。
きっとそれを繰り返して言語を目の当たりにしているうちに覚えたりしたのだろう。凄まじい吸収力と言える。
ずっとアトリエにこもりきりとはいかない、モリは集落で数日いないこともあるので買い出しなどはナナを留守番にこちらが引っ張り出されることもある。
することと言ったら荷物持ちなのだが、見知らぬ顔に飛び交う他言語、圧倒的な不安感の壁を持たされる野菜の薄ら仄かな香りで忘れるしかないのだ。
「×××××××××?」(「先生その若い子誰?」)
「××××××」(「住み込みで手伝いをしてくれているセプトです」)
自分の名前は聞き取れた、手伝いやくれているなどの断片的な意味もわかるようになった。確実に勉学が身についているという喜びと同時にまだまだ喋るには足りないなという反省なのかどうかもわかりづらい感情が混み合う。
簡単に言うと集落は新鮮でそれなりに楽しかった。
バザールというある程度の期間で開かれる大きな市場があったり、ナナの友人になってくれそうな小さな子も多く見かけた。集落は全体を小さな木製の柵で囲まれており出入り口となるゲートがいくつか開いている。それぞれのゲートからは道が伸び、今だ見たことのない別世界へと続いているのだろうと思わせてくれる。
「となりの生活地区もそんな変わりませんよ」
集落はどうやら生活地区というらしく、この集落の正式名称は第八生活地区。いくつかの生活地区が点在し、その周囲で狩りや農耕などをして生計を立てているのだという。
この集落から見渡せるあたりは広い広い農耕地帯となっていて、それに依存しているようだった。
空中構造体じゃぁこんなことできないな。あそこじゃこんな生活に憧れているやつもいるのだろうか、自分は憧れていたわけじゃないが存外畑と隣り合わせで生きるというのも悪くはないものだ。
俺が耕すわけじゃないが。
「収穫の時期では手伝いなどのお話も来ますよ」
広い大地を有している生活地区は農耕や放牧をしている、他には山に面していたり海に面していたりとそれぞれがそれぞれの手段で安全と生活を得ている。その中で学舎を開いたりしているのはごく一部らしく、手伝いの手を離れた子供たちはこぞって先生のアトリエへ学びに来るのだった。
「騒がしくて楽しいのですがね」
その中にまじっているナナはまだ余所余所しかったが何時かなれてくれるだろう。
飛び降りる際に用意した荷物はほとんど必要なくなってしまった。非常食はアトリエで小腹が空いた時に食べてしまったし、毛布は寝ていて寒い時に使うようにしている。
そしていくつか案内の役に立つかもしれないと思い持ってきた本を先生に見せたところ非常に興味を示してくれた。
「状態が良いですね」
「上から持ってきたんです」
「上…ですか…」
先生でもまだ上というか空中構造体のことは曖昧だったのでできる限り細かく説明すると「あぁ」と納得した声を吐いた。
モリも本をしげしげと眺めてみたが読むことができず諦めていた。古い言葉の書籍ということになるのだろう、かなり珍しい物なんじゃなかろうか。
「これほど良い物はここにもあるかわかりません。もういくつかあるようですね」
興味本位だというが半ば強制的に持って行かれたのだった。
後日それらの本はアトリエの中でも目立つ本棚に入れられ、訪れた学士だとかそういう人が譲ってくれだとかと交渉している姿がよく見られるようになった。学士は誰も俺がそれの持ち主だとは気づかなかったし、先生から「話すならこっちの言葉にしなさい」と釘を刺されていたので空中構造体から出てきたということも悟られることはなかった。
季節というものはほとんどないが少し肌寒くなってきた頃にはこっちの言語もよたよたとしているが話せるようになっていた。ナナも二人で眠るときに嬉しそうに「話せるようになりました」と報告してくれたのでもう心配いらないだろう。
落ちた二人は変わらないような足取りで緑の世界を歩き続けている。
こんこんとこちらはアイディアが湧きますね。5thは元々やったセッションを崩さないようにアレンジをしなければならないのでそれに時間を取られています。だってメタいこととかするんだもの。
前回登場していたイリサなどもまた後で登場します。
まぁ…また次章お会いしましょう、卯月木目丸でした。