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プロローグ:空中構造体

 ファンタジーなんでしょうか、冒険なんでしょうか。どっちでもあると思います。

 長くお付き合いくだされば、嬉しいです。

 肌寒い風が毛布からはみ出た腕をなぞっていく。少しばかり気を悪くしながら毛布を払い除けて目を開ける。コンクリートがむき出しの部屋で毛布を丁寧にたたみ、自分が寝ていた隣にあるもうひとつの毛布の丸まりを横目に見ながらボロボロになった部屋のドアを開ける。

 そこで目に入ったのは陽の光を直に受けて真っ白に光るコンクリートの床と一面に広がる青い空だった、下にも上にも広がる青い世界の中にまるで風船のように浮かんでいるコンクリート作りの建物が浮いているのも見える。

 僕らが住んでいるこの建物もこの青い空に浮いている構造物の内一つなのだ。

 なんで浮いているか、いつから浮いているのか、それさえ誰も知らない。そんな奇妙な世界で僕らは暮らしている。

 隣に見える浮いた建物と繋がるワイヤーをがらがらと大きな籠が滑ってくる。

「セプト、今日の分だ」

 籠の中に入っていたのは男性とたくさんの大きな袋、そのうち一つを手渡してもらうと手を振って男はワイヤーをまたがらがらと戻っていった。

 ワイヤーの先は屋内の壁に頑丈に固定されていて外れにくくなっている、屋内で固定する理由は籠から降りても安全なよう。当然か。

 僕はセプト、セプト・マーディネア。セプトが名前でマーディネアが姪、そのままセプトと呼ぶ人が多いがマーディやマーデと変わった愛称で呼ぶ人も居たりする。

 身長は同じ年代の平均よりちょっと大きい、スタイルにはちょっと自信があるがこの街…という構造体の中ではルックスは大事な事じゃない。どっちかっていうと腕っ節に自信があったり、働き先がもう決まっているようなしっかりした奴がモテる。僕は別に興味はないけど。

 いつもこの建物…親父の親父…いや、もっと前から住んでいたらしいこのビルにあったジャケットとシャツ、そしてしっかりとした脚着をつけている。これらの着衣についての詳細はどこにも載ってなかったが、それにも興味はない、着れればいい。

 この街では生活の保証がされているから、欲がなければ生活になんて困らないしちょっとの余裕だって与えられる。僕もそんな自堕落に分類されている一人だ。

 今日の分と言って渡された袋の中には生活品と多めの食料が入れられている。三四人分はある食料をさっさと保存用の蔵に置いてワイヤーの部屋まで戻ってくる。

 このワイヤーで籠を走らせればあっちの広い建物まで行ける、たまにあっちへ行って手伝いなどをして報酬を得る時がある。今日は気分じゃないけど。

 ワイヤーが張っているのは勿論青い空の上だ。

 もしもワイヤーの上に走らせた車輪が滑り落ちてしまっても引っかかるように金具があるが、もしあの青に落ちてしまったとしたら何処まで行ってしまうのか見当もつかない。

 何せ、誰も戻って来てはいないから。

 この構造体が何故浮いているかは一切不明、だが飛び降りようものならゆっくりと下へ向かって落ちていくのだ。そう、ゆっくりと。

 そしてある一定の低さへ達すると急速な落下が始まる。限界低度とでも言おうか、下に限界があるんだ。限界低度までの空気は何かが違うらしいが、行って確かめる事もできないから、考えるだけ無駄なのだろう。

 時たま青に白い靄のようなものがある時がある、それは雲と言って僕ら同様浮いているものらしいと言われている。だが遥か下に点のように見えるだけ、一面に広がる青の中ではすぐに溶けて消えてしまう。

 ずっと昔から今までにもたくさんの人が下の限界へと挑戦して行方不明になっていった。

 食料庫から選んで食材を取り出し、鉄の鍋に入れ料理を始める。

 空中にある大きな集落のため、物資は回収され再利用される。勿論水は貴重品なのだが、この塊のさらに上に点々と浮く氷があり、それを回収している。

 広べったく土を敷いた構造物もあり、そこで大半の食物を育てている。ここがなければこの構造体はもっと昔に滅んでいたのだろう。

 食べやすい簡易的な芋スープを木の皿に盛り付ける。肌寒いここでは湯気が出ているだけで美味しそうに見えるものだ。

「ナナ、ナナ! そろそろ起きてくれ」

 隣の部屋の小さく丸まった毛布がふるふると小さく動く。そしてもぞりと毛布から抜け出してきたのが、ナナ。ナナ・リニデーナ、この浮遊物に一緒に住む少女だ。

 この構造体では共生なんて別に珍しい話じゃない、血縁関係がなくても部屋が空いている分に他人を住まわせることに問題を感じないのだ。

「うー…」

 短い黒髪の彼女は自分の胸あたりまでの大きさしかない小さな体を気だるそうに起こす。

 そうしてすぐに木造りの古びた椅子に座ると味の薄い芋スープに手をつけた。自分でも素晴らしく美味しいとは思っていないが、味気なく食べる様を見ていても何も嬉しくないので、自分も食べ始めることにした。

 やっぱりそんな美味しくない。

 この浮遊物は少し密集した場所から離れていて、行き来が不便だ。だからあまりあちらに行きたくない、それが理由で働く機会も多くしたくないのだ。

「ナナ。体調はどうだ」

「…ねむぃ…」

 ふと太陽に照らされ真っ白だった室内が暗くなる。ナナは気づかず眠い目を擦ってスープを掬っている。どうしたことかと席を離れ窓の成れの果てから顔を出すと上空で黒い大きな塊が動いているのが見えた。

 この構造体や周りの浮遊物も止まっているわけではなく、一部は自由気ままといった雰囲気で流れているらしい。上空を通り過ぎていくあの黒い塊もその一部なのだろう。

 そこから青い下へ目をやると動いていく黒い影のさらに下にまた何か別の物が動いているのが見える、あれもさっきの塊と同じ一部なのだろう、ここより低いところをゆっくりと流れていく影を見ながら顔が少しずつ白い光に照らされていく。

「食べ終わった」

 食事を済ませたナナが後ろに寄ってくる。

「食器は?」

「片付ける」

 済ました食器を取りに行くナナと一緒に席に戻る。冷めてはいないが味気ないスープを黙々と運びながら片付けをするナナの背中をゆったりと見守り、また今日もこんな感じかと思いふけるのだ。

 とくにやることもなく、やる気もなく。そんな事ばかりのココじゃ、今日みたいな朝が毎日続く。

 そんな朝に限って厄介事は起きる。まぁ、初めての事態だったけど。

 来客の無い日のはずなのにワイヤーがまたぎぃぎぃと鳴り出したのだ。目をやるとまたおじさんが必死にカゴを動かしていた。

「どうしたんですか、そんな急いで」

 仕事が多い日は手の空いている若者を呼ぶのだが、そういうのは全部断ってきた、当然相手もセプトは何が何でも動かない日は動かないと知ってるはずなのに今日はわざわざこっちにまで来ようとしている。

「おぉ、おぉ!ナナちゃん、おはよう」

「おはよう」

「っとっと…そんな暇ねぇや。アジスんとこのが沈みそうなんだ、手ェ貸してくれよ」

 沈む。

 沈む…沈下というのは想像しやすい通り浮遊している家やその近くにあり利用している物が高度を下げ始めることをさす。

 流石に内容はいつもの仕事と大差ないとしてもこればっかりは手を貸さないと白い目で見られることになる……まぁもうとうの昔に見られてるかもしれないけどさ。

「わかりました。ナナ、ここで待ってろよ」

「うん、待ってる」

 どうせナナは二度寝でもしてるだろう。

 カゴに相乗りさせてもらい、二人分の力で素早く元の大きく広い浮遊物に乗り移る。そこからはもうすでに沈みかけている小さな建物が見えていた。

 建物の方には破損や劣化が見られないことからまた原因不明の沈下だろう。

「避難はすんでるからよ、ワイヤー飛ばして中ァ見てきてくれねぇか?」

「長くは無理そうですね」

「おう、じゃあ済ませるぜ」

 下がりかけた建物の窓の少し上に向けてワイヤーが飛ばし打ち込まれる。それにカゴのハンガーをかけ足を踏み込みすぐに建物の窓へとカゴをつける。 

 建物が下がっている分行くのは楽だが、荷物が増えたり上りになる分帰りが辛いのだ。

「元々何の建物だったんですか!」

 乗り込む前にアジスさんへ声が通るよう張り上げて聞いてみる。

 聞こえたらしくアジスさんが口に手を寄せ同じように大声を張り上げる。

「それがだな!そこは倉庫なんだ!預かり物があるはずだからそれを回収してくれよ!」

「わかりました!」

 窓を慎重に開けて狭い中を一周見渡す。すぐに預かり物らしき白い包を見つけ、カゴにそれをぽいと投げ入れた。

 他には小瓶の乗った棚、積み重ねられた本、空の麻袋、使われて土や錆がついたスコップ……どれが必要かをなるべく短時間で判断する必要がある。

 棚の小瓶を服の内ポケットへ入れ、積み重ねられた一番上の本をすぐさま開く。

 読んだことのある本やどうでもいい手記がほとんどでそれらを麻袋に入れカゴへ投げる。その時、緩くなっていたのだろうか、麻袋の口から本が一冊ぽろりと零れた。

 まだ建物が沈む様子もなく、何気なくその本を手に取り適当に開いた一文を目に入れてみた。

『シグ、僕らが居るこの足元であの大鳥が鳴いているのだ。』

「手記…? ファンタジーものの小説じゃないのか」

 手は止まらず、次のページへとまるで勝手に捲れたかのようにその大げさな書記に目を釘づけた。

『僕はあの大鳥に行かなくちゃいけない。最後に、君に会えなかったのは残念だ。

 君と君の息子によろしくとカミィに伝えておいたよ。』

 カミィ…? あぁ、確かいつも来てくれるおじさんの名前がそんなだったな。

 じゃあこれはおじさんの知り合い? シグって誰だ?

 下がっていく建物と元を繋ぐワイヤーが少し軽い音を立てる、だがもう一ページと捲る手に時間も現状も何も、無関係でいるしかなかった。

『ナナをよろしく。    ハルト・リニデーナ』

 その名前を読み終えた後、実感よりも早くその衝撃は訪れた。

 沈む浮遊物に自由に流れている小さな岩が衝突したのだろう。生活圏ではありえないことだが、それほどに下がったこの建物はセプトの胴ほどもある岩にぶつかり中程からめきめきと崩れ始めていった。

 その揺れに足のバランスを失い手記を落とし腰をついてやっと現状を理解することができた。

 ぶつかった岩も統制を失い建物の下半身に転がりそれがゆったりと落ちていく建物をも巻き込もうとしている、すばやく手記を取り戻そうとするが坂になった床を滑り自分の手から逃げていってしまう。

 カゴの端を掴み滑る手記を捕まえようとするが、手記はそんな揺らぐ物に必死に捕まるセプトを馬鹿にするかのような素早さで青い足元に身を投げ出した。

 落ちていく建物から外れるワイヤーへと建物を蹴り掴みかかる。カゴのハンガーを必死に抑えながら落ちていく建物の残骸から小さな小さな手記を見つけ出す。

 それはページを…きっと大事な何かが書き込まれていただろうそのページをばたばたと広げ他の石屑と同じように何処かへ落ちて行ってしまう。

 大鳥、シグ、最後、カミィそしてナナ…。まだ知りたいことがあるというのに、そいつは止まることもなく青の中の点となっていく。

 何もできずに揺られるカゴをセプトを見てきっと上の人々は驚いたことだろう。

「セプト! 無事らしいな、引き上げるぞ」




「これで………全部です」

「あぁ、ありがとう。よく無事だったな、カミィの旦那なら落ちてるとこだったろう」

 カゴと一緒に引き上げられ早すぎて何が起こったか判別のつかないカミィ達とのやりとりを済ませる。

 あの手記の事を彼は知っているのか。

 これからもよろしくとカミィが背中に声をかける。

 まだあの手記が頭に張り付いたように消えないが、戻らなくてはナナを独りにしたままだ。ゆっくりとカゴを家へ滑らせる。

 家へ戻るとナナは椅子に座り足をブラブラさせていた。

 退屈な様子で何かのリズムにのっていたナナはワイヤーを滑る音に気づいてこちらまで出迎えに来てくれる。

 そうだ、ナナ・リニデーナだったような。心で一つ噛み砕くように思い出し、手記で見たことを繋いでいく。

 じゃあ、俺の親父の名前はシグ。シグ・マーディアスなのだろうか。

 そして親父と仲の良かったハルトとかいうのがナナの肉親?

「おかえり」

「ただいま、今日は大変だったよ」

「今日は…何しようか」

 休ませてくれないかな。考え事もしたいのだと、見てもその景色に慣れてしまった青白い空を仰ぎ見る。

 あぁ、本当にもう一度なんとかしてあの手記を見ることはできないものか。あれからずっとそのことばかりを考えてしまっている。

 上を向けた首をそのまま下に動かし、青い下の景色を見る。雲なのだろうか、その青い球にいくつか白い小さな埃のようなものが混じっている。

 特に大きな雲を一点に見つめていた時だった。

 本当に今日は何かの始まりだったのかもしれない。それは唐突で、でも誰かを待っていたのかのように、小さな雲を裂き、まるで羽ばたくかのように両翼に見えるそれを広げ大きな球の小さな靄の中に姿を現した。

 いつもなら見向きもしない白の中の黒。

 でも今日は違った、何かが始まった。だからあれの名前をきっと呼ぶこともできる。

 ……大鳥と。

 すんっと鼻から息を吸い、優しく吐き出す。そしてナナへと振り返った。

「なぁ、ナナ。大鳥って知ってるか?」

 5thを書いてる最中に思いつき、どんどんと構想が膨らんでしまい書かずにはいられませんでした。自分はこういうストーリーもすきです。

 もしかしたら自分が書く中で一番真面目な小説になるのかもしれません、もはやこの構想が5thを邪魔しているようにも思います。

 それなら吐き出してしまわないとと書いてみました。

 それではまた次章、お会いいたしましょう。卯月木目丸でした。

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